客観
「餡条の悪口大会、開催しません?」
「よし乗った」
愉快な催しに誘われてしまい、悠堂游は反射的に了承の返答を返した。
室内なのに何故かキャスケットを被っている少女、飴沼憂歌。精神干渉系の異能を持つS-3配属。名前だけは知っていたのだが、外任務組である彼女とは面識がなかった。が、今回たまたま外任務組の帰宅時間と悠堂の不規則な食事時間が重なったらしい。
向こうから声をかけられて、少しばかり立ち話をしていた時。奇しくも某ヘッドセット常備の野郎についての話題になったのだ。
「わかりますわかります!餡条ってそうですよね!」
「だよな」
と、盛り上がってしまった結果催しが開催されてしまった訳である。
その際がっしりとお互い反射的に固い握手を交わしてしまい、一瞬後年頃の少女と手を繋いだという事実にさしもの悠堂とはいえ動揺したのだが、相手側が特に何も思っていなかったので疑問に思い異能を使──いかけて後悔した。未だ清い身には些か刺激的すぎた。
「餡条サンS3でめちゃくちゃ面倒かけてるよな?その辺大丈夫なのか?あ、俺は缶コーヒーで」
「大丈夫ですよ、悠堂さんが思う以上にS3はカオスの極めですんで。あたしはほうじ茶ラテで」
自販機の前で二人揃って餡条について語りながら、硬貨を投入せずボタンを押していく。それだけでがこんがこんと缶やらペットボトルやらが出てくるのだから。この外とはまるで違う歪さとそれに慣れてしまった現状は、自分がここまで外の常識から乖離しているのだと言われるようであまり良い気持ちにはならない。
自販機で各々得たドリンクを抱えて、ラウンジにつく。がやがやとSとN混在──のように見えて実は微妙なスペース分けがあるのだが。左側にS配属は集中しているので、飴沼と共にそちらへ向かっていく。幸運なことに席もすんなりと確保出来た。
「餡条はなんか、自分は常識人だしーってぶってるじゃないすか。でも実際全くそんなことないですよね」
「だよな。比較対象がここだとバグるだけで、アイツ1人を中等にぶち込んだら絶対浮くだろ」
「特に今S3配属ってのがでかいと思うんですよ。餡条を常識人枠にぶち込めるんですからね?」
「儚屋が死んで夜宮が薄氷のカリスマで張ってるウチとか、もはや存在が厄い最近のIとか、安定の人外魔境N17よりやばいのか?」
「多分それよりやばいっすね。……Iの厄いのはあたし接点無いんでよく知らないんですけど。何か知ってます?」
「あー……なんか、もう、とにかくやばいぞ、としか。それはそれとしてS3にまで放り込まないと奴は常識人にならない辺りをやばいと思うべきか、むしろ餡条サンを常識人にさせるS3がやばいと言うべきか」
一瞬脳裏に二ッ葉から聞きかじった話と、不可抗力で見てしまった諸々が過ぎったがシャットアウトした。
「なんたって愉快犯と厨二病女とヤンデレサイコストーカーと中身ショタですよ?特に愉快犯がなんかもうどうしようもないっすけど。この前とかジェットエンジン噴射して飛んでいきましたし。あの時の餡条の反応は見ものでしたよ?写メ撮っておくべきでしたね」
「すまん、ちょっと異能を使ってそれを覚らせてもらってもいいか?見たい」
「あー悠堂さんそういや信仰偶像化でしたっけ。どぞどぞ、愉快なものは共有したい質ですので」
断りを入れてから、前髪をかきあげる。晒された不気味な赤眼に若干びびったらしいが、その瞳に見つめられてもそこまで酷い反応を見せないあたりなかなか肝の据わった少女のようだ。
『ちょっとー!?音無ちゃんなーにジェットエンジンに新機能搭載しちゃってんのっ!?この前加速装置搭載した時も俺駄目って言ったよねー!?』
『ぷっあはははははははは!』
『ほう、これまた愉快な……わらわもやりたいのう』
『彩華ちゃんステイッ!』
『俺もあれを使えば楽に愛を伝えることが……』
『はーいそこ冗談か本気かわかりにくい発言しなーい!俺もうツッコミきれなくなるからねー!?俺だってキャパオーバーするんだからね!?……待って彩華ちゃんどこ行ったー?』
『研究員にカチコミ掛けに行ったよ』
『ねえ憂歌ちゃん止めようよー!?』
『その方が愉快かなって』
『俺も行くか』
『行かないでッ!止まって!ねえほんと音無ちゃんもドヤってないで降りてきて!?一くんぶつけるよ!?』
「ぶふっ」
「ね?ね?最高でしょ?」
「これは……周りの反応もやばいな?」
「それがS3のカオスです、平常運転です」
礼儀として前髪を戻し、悠堂は思う。胸を張っている飴沼には悪いが、悠堂は気がついてしまった。こいつ、たしかにツッコミはしきれていないし場の収集はつけられていないが、余裕は一片たりとも失われていないのである。大体の人間が対岸の火事として笑うか場に圧倒されるかしかできないその場所で、至極冷静にツッコミを入れ、ろくでもないことをする奴を引き留めようとしているのだ。……なんかムカついてきた。
「餡条サンの顔面ぶっ飛ばしたいな」
「え、何でですか突然。」
「アイツのお綺麗なイケメン面って時々ぼこぼこにしたり剥ぎ取ったりしたくならないか?」
「物騒っすねーてかえ、あの人ってイケメンなんです?」
「見たことないのか、聖棺並だぞ」
「えっあの性癖が歪みまくってる王子様並ですか!?うっわーマジすか、ノーマークだったわー」
「お前面食いなのか?」
「いやー、流石にここでは食いませんよ。観賞用です観賞用。あと単純に、顔の良さで普段のアレへの恨みが収まんないかなって」
「……そうか」
そういった事に疎い奴にその手の話題を振るのはやめて欲しい。死ぬから。
「てか悠堂さん餡条の素顔、なんで見た事あるんです?」
「あー……」
「なんですか、言い難いことですか?」
餡条のことを監獄以前から知っているから、と答えるのと。度々餡条のガス抜きに付き合う関係で見るから、と答えるのと。どちらが悠堂にリスクが無いのか天秤にかける。
「いや、ここに来る前から面識あるんだよ。向こうは忘れてたけどな」
……どちらにせよ詳細を問い詰められたらアウトだが、まだマシということで前者を選択した。癪に障るが向こうが悠堂を忘れていたことを強調しておいた方が良さそうだ。
思案するような飴沼の目。ちらりと覚った心情は、悠堂に疑念を向けている。
「珍しいですねー。まあ真内兄妹とかもいますし、ありえない話じゃないんでしょうけど。ちなみにどういったご関係で?」
クソが、と叫びたい気持ちを年下の異性の前という現実で押さえつける。一番聞かれたくないことを聞いてくれやがった。本当にこいつ、何を考えて──
「え、あの、え?」
「……あ」
信仰偶像化の異能者の悪癖としてよく語られるものその一、息をするように異能を使う。久々にやってしまった、と慌てて前髪を降ろした。だが、お陰で飴沼が何を知りたがっているかが、この邂逅の目的がはっきりとした。
「お前、餡条が最近元気なのがありがたくて、これからも継続してくれるように頼みこもうとしてんな?」
「あーあはは……そういえことですねー……これだから知覚系とはやり合いたくないんですよ寝ても解決しないし」
苦笑いと共に、尻すぼみになって行った最後の方は彼女の個人的な愚痴か。悠堂は突っ込まない、絶対に突っ込まない。
「あたし達にはあの人をどうこうすることははっきり言って不可能ですからねー。知覚系に知覚系が対処してくれんなら万々歳なんすよ。それも、餡条のことをどうにかさせられんなら、なおさら有能な人材ってわけです……まああたしの女の勘が首突っ込んだらやべーって言ってんので、餡条との関係性はもう追及しませんよ」
「……やばくなさそうなら追及するつもりだったんじゃねえか」
「まーほらそこは?知的コーキシンってやつですよ。で、本題に戻りますけど。あたし的には餡条がぶっ壊れるのは出来れば避けて欲しいんですよ。後があんまりにも怖いんで」
「お前が対処すればいいんじゃないか?それこそ、儚屋が死んだ後の夜宮と水伐みたいに。つか、それこそ始番号に任せとけよ」
「うちの始番号のこと知ってますよね?あれに任せられるわけないじゃないですか。……あいつを止めるって意味ではまとめられるのかもとは思いますが、そう促す誰かは確実に必要なんすよ……」
ぐじゃあ、と飴沼がうなだれる。……悠堂は避けられている為そこまで細かなことを知っている訳では無いが、ジェットエンジンで飛んで行くような奴が始番号など世も末だろう。しかし。
「促すぐらいはやれるだろ」
「あたしは外任務組ですし、それに……ぶっちゃけ、面倒なんすよ。あたしは傍で冷やかしてるのが楽しいのであって、あんなカオスの渦中に巻き込まれるのはごめんです。子守りなんて、本気で向いてない」
「そりゃあ、そうだろな」
「だから、平和的に解決してくれんならあたしとしては大歓迎なんすよ。んで、やってもらえます?」
「……」
この女は、先程餡条と悠堂の関係性について首を突っ込みたくない、と言っていた。それでも餡条を悠堂に任せようとするその心理とは。彼女は一体何を思ったのか?何に感づき、何に対して傍観を決めたのだ。薄ら寒い恐怖と、羞恥が湧き上がる。気になるが確かめるのが怖い。
「ああ……そりゃあ、気になりますよね。まあ、流して余計なことまで知られたくないですし」
飴沼は苦笑している。その苦笑の意図が読めない。余計なことまで知られたくないという心理はわかる、だが、どこで、読まれた。
「悠堂さんって、餡条のこと心の底から嫌いだけど……同じくらい、好きなんでしょ?」
思考が瞬間的に凍りつく。おい、誰が誰を好きだと?こいつは何を言っているんだ意味がわからないもしかして頭が薬でイカれ──
「好きには種類がありますけど、憧れ、恋、親愛、友愛、性愛……どれもが等しく尊くて、どれもが等しく醜いです。まあ悠堂さんの場合憧れこじらせまくった結果なんでしょうけど。まさにアイゾウってやつですよねー」
「……」
「わかりますよ、憧れの人が意外と大したこと無かったり、むしろクズだったり、そういうことってありま」
「あいつは大したこと無かった訳じゃねえ、むしろありすぎたんだ」
「え」
今この場で客観視することができたら、年下の少女の前でまくし立てる、少女より小柄だが年上の少年という酷い絵面を見て冷静を取り戻すことができたのだろうが。まあそんなことは現実的に不可能なので起こりえない。つまり何が起こったか、簡単な話である。
「あんなにも美しくて綺麗で素晴らしくて心揺さぶられるものを奏でるのに、その上クソみたいに誰に対してもシビアで毒舌吐きで。それでどれだけのやつが傷ついて、妬んだかわかんねえってシラフで言ってのけるんだよ、嘘みたいだろ?あまりにも高潔であるが故に近づく奴ら全員殺してくんだぜ?それでもアイツの生み出すものが素晴らしいものであるのは変わりないし、むしろ生で見たからこそ──」
座った目付きでまくし立てる悠堂に、飴沼はあくまで穏やかに、それこそ聖母のように残酷な言の葉を紡ぐ。
「ほら、そういうとこですよ。そこら辺が拗れてるんです。てゆーか毒舌吐きな餡条って何?普通に気になるんすけど」
「……お前……人のトラウマを軽率に抉るなよ……」
「いやああまりにも鮮やかに拗れてたから、つい」
てへぺろ、という効果音がついてそうな軽い口振りに、思わず悠堂は脱力した。こいつそんな理由で人のマジのトラウマ抉っていいと思ってんのか。こいつこそ真の危険人物では?いや菫色とやらのが危険人物か。そんな思考が現実逃避代わりに巡る。
「俺、お前のこと苦手になりそうなんだが」
「交渉なんて精神干渉系の十八番ですよ?その程度でへばられちゃ……それよりも知覚系のがやばいと思うんですけどねー?」
「現状対人間知覚系としては最高峰らしい俺を動揺させた時点で誇っていいぞ」
「いやそれは餡条が切り札すぎただけであたしは……で、とにかく。餡条のこと引き受けてくれますよね?」
「元よりそのつもりだ、その辺は既に俺と餡条サンの間で取引されてるからな。破る気もないぞ」
「ならいいんですよ。駄賃がわりにあたしも餡条の愚痴とか聞きますし。あっS1の内部事情についてでもいいですよ?」
「それはお前が愚痴りたいだけだろ。……まあ、愚痴を聞いてくれる分には俺もありがたい。」
「よっし、それなら交渉成立ってことでー!」
飴沼は嬉しそうに笑っている。その笑みは思いのほか無邪気だった。




