恋話
「ねえ、アリスちゃん?」
「猫撫で声で呼んでくるあーちゃんとか、嫌な予感しかしないのですけど」
フードの下から有栖にじとりと見られたが。ロシア帽を被ったツインテールの少女、阿ヶ野睦望はその程度で懲りることなど無い。瞳をらんらんと輝かせ、口を開くのだ。
「芥島さんと付き合ってるんでしょ?」
「違うのですよ!?」
形式上は休み時間であるが故に喧騒に支配されていたはずの教室に、有栖の叫びが響き、少々の静寂が発生する。が原因が阿ヶ野だと察したらしい、すぐにクラスメイト達は会話へと戻っていく。
「だめじゃない、アリスちゃん。始番号であるあなたが突然叫んだりしたら。何事かと思われちゃうでしょう」
「いやあーちゃんがわたしを叫ばせたのですよ!?何責任転嫁してるのです!?」
「で、実際どうなの?手はつないだ?キスはした?」
「わたしがあいつと付き合ってないって選択肢とかないのです!?」
「アリスちゃん落ち着いて」
「誰のせいだと思ってるのです……」
「それで、付き合ってるの?」
「無限ループって怖くね?なのですよー!」
べしょ、と有栖が机の上に潰れる。それ程有栖は付き合ってないと言いたいらしい。そう恥かしがらなくてもよいと思うのだが。
「あーちゃん。常識的に考えて欲しいのですよ。わたしは女、あいつは性別不詳なのですよ。恋愛関係にならないのですよ」
「恋に性別なんて関係ないでしょう。人間がいるだけで恋におちる可能性はいつだって存在しているのよ」
「相変わらず極論すぎるのですよ〜!」
人間は存在するだけで恋が発生する、いやしなくてはおかしい。それが阿ヶ野のかかげる思想である。性別なんて些細な事だ。障害?古来より人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえというありがたい言葉がある。つまりそういうことだ。
「逆に聞くのですけど、なんでわたしと芥島が付き合ってると思うのです?たしかにわたしも芥島も始番号ですけど、それだけなのですよ?」
「あら~アリスちゃんが言うの~?あんなにイチャイチャしてたのに」
まだ認めたくないらしい有栖が首をひねっているが。阿ヶ野は見たのだ、藤色の髪をした幼子と、ごてごてとしたジャケットのフードまで被ったおさげ髪の少女が和やかに談笑している様を!
「中央棟、M31実験室」
「……あー?たしかになんか、業務連絡とかしてた気がするのですよ」
「ほら」
「業務連絡がイチャイチャに含まれるなら始番号やってる人は所構わずイチャついて事になるのですけど?」
「だからそう言っているじゃない」
「マジで言ってるのです?」
「ええ……」
ついに有柄が黙りこくってしまった。しかし阿ヶ野にとっては、有栖と芥島が付き合っているのは最早確定事項だったのだが。全否定するということは、つまり。
「わかってるわよ、アリスちゃん。恥ずかしくって言えないのね」
「何故わたしはありもしない事実に理解を示されているのです!?」
「ひどいじゃない、芥島さんがかわいそうよ?」
「いーや芥島は絶対にわたしの側につくのですよ一緒に幻覚に立ち向かっててくれるのですよー!」
「あの…どうしたの?有栖さん」
流石に我らが始番号の奇行が気になったのか、有栖とはまた違う方向性でごてごてとしたファッションから尾のようにコンセントを垂らすその姿とは対照的に、気弱な言動を取る豊川がこちらを伺ってきた。彼に助けを求めるように、有栖が彼の腕を引く。
「あめー!あーちゃんがわたしと芥島が付き合ってるとか、おかしなこと言うのですよー!」
「えっ、ええ!?有栖さんって芥島さんと付き合ってるの!?」
「なわけないじゃないのですか!あめまで何言ってるです?」
「だ、だよね!...よ、よかったぁ」
「何か言ったです?」
「な、ななな何も言ってないよ」
有栖の否定に露骨に焦り、追及に頬を赤らめる豊川に、彼女はまるで気がつかない。豊川といい芥島といい、罪作りな女だ。
「またなんかあーちゃんの中で誤解が加速してる気がするのですよー!?」
「誤解じゃないわ。アリスちゃんがまだ気がつけていない真実に想いを馳せていただけよ」
「それを誤解と言うのですよー!ほらっあめ!あめも何か言うのですよ!」
「えっ、い、いや、お、俺は」
女同士の戯れに巻き込まれて右往左往する豊川に、わざとらしく微笑みなどをきめてみる。それだけで豊川はうっと怯んだ。全く、ヘタレ如きが阿ヶ野に敵う訳が無いのに。
「もー!あめ、使えないのですよ!」
「つ、使えない……」
作戦失敗を責められ、豊川が落ち込んでいるがさもありなん。そのヘタレ度合を悔いるがよい。
「あ、有栖さんは本当に芥島さんと付き合ってないんだよね?」
「だっからさっきからそう言ってるのですよ!なんでみんなわたしと芥島をくっつけようとしてるのです!?」
「い……いやそれはない!ないから!」
「そ、そう……なら、いいのですけど」
思わず強く否定してしまった豊川の熱量に、若干気圧されたらしい有栖。そしてそれをにまにまと眺める阿ヶ野。
「あーちゃん!またいらんこと考えてるのです!?」
「ふふふ、なんでもないわよお?恋愛は、すべからく尊いものなのだから」
「れんあッ?!」
「も一あめがおかしくなっちゃったのですよ!?どうするのです!?」
ほんの少しつつくだけで慌てふためく二人は、阿ヶ野の大好物に他ならない。有栖の周囲には芥島もいるが……どちらに転ぼうとも、阿ヶ野は楽しい為問題は無い。
そうして騒ぐ二人を眺めている阿ヶ野の目の前に、二人とは別の、ごつごつとした手が差し出された。指がつまんでいるのは小さなチョコレートで、迷わず阿ヶ野は口を近づけ、食んだ。
「あら、かなり甘さがひかえめなのね」
「でしょ?俺も好きだから阿ヶ野も好きかなってことでおすそわけ」
「えぇ。メーカー覚えてる?」
「勿論。取り寄せたから今度食べようぜ」
「ありがとう。後で金額教えて?半分払うから」
「了解」
この後実験があるのだろう、会話もそこそこに去っていく、ションキングピンクに変色した髪を持つ少年を見送る。何かこちらからその場であげられるものでもあれはよかったのだが、無いものは仕方が無い。等と考えていたのだが。
「……」
「……」
「どうかしたの?二人共」
いつの間にか会話を止めていたらしい二人が、阿ヶ野に物言いたげな視線を向けている。
「いやあ…その」
「……わたし、あんまりこういうことは言いたくないのですけど……一般的にあーちゃんと綺槍のがよっぽど……」
言葉尻を濁して、口もごる。一体何を言いたいのだろうか。
「よっぽど?」
「あ、あーちゃんと綺槍の方が付き合ってるように見えるのですよ?!」
意を決して、といった様子で有栖が叫ぶ。と同時に教室内にいた面々が一斉にこちらを見た。しかしそれでも何ヶ野はきょとんとした顔のまま言う。どういういことなのか、心の底から理解できないのだから。
「何言ってるの?糸はただの友達よ」
「あーちゃんの正真正銘友達なわたしが証言するのですけど、あーちゃんは男のことを下の名前で呼び捨てしないのですよ綺槍以外!」
「昔の癖が抜けないだけよ」
「たっ、多分それ漫画でありがちのやつだよ!?」
「そうねえ。でも、私と糸よ?何も無いわよ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするのですよー!」
「まあ、照れちゃって」
「だからなんでそういう流れになるのですー!?」
有栖が騒ぎ、豊川が控えめながらも疑問を呈する様子を眺める。ほら、こういうのが恋なのだ、と。阿ヶ野は恋愛は見る専なのだ、自分でやるものではない。それに糸だって似たようなものなのだから迷惑だろう。
阿ヶ野自身は、彼が望むのならばそれでも構わないけれど。迷惑をかけたいとは思わないのだから。




