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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
3 禍福

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付合

「やっぱ1度でいいからちゃんとしたチキンナゲット食べてみてえよなー」

『チキンナゲットの時点で何もちゃんとしてないからね?そこわかってる?』

「チキンナゲット……もう何十年も食べてないわね、懐かしいわ」

「初は食べたことあるのかー!?」


 松太郎と静と初が三人で話し込んでいて、湖上の付近の席で眠りこける樹懸といった状態となると。存外、ゆったりとした時間が流れることとなる。まあ一番の理由は、桐子とあげはが不在であることなのだが。

 ゆえにのんびりと、教室備え付けの端末で資料を閲覧していたのだが。ふと顔を上げた時、少し不思議なものが視界に入ったのだ。


 暗之雲が、筆から手を離しキャンバスをぽとりと床に置いたのだ。それも、いつも作業場として占拠しているブルーシートの一角ではない場所へ。なんとなく気になって異能を使って見てみると、キャンバスに描かれていたのは床だった。それも、継ぎ目までピタリと合うようにされている。しかしひとつ不思議な点として、真ん中には黒い丸がぽつんとあった。床の継ぎ目に合うように絵を描く、という意図そのものはわからなくもないが、黒い丸の意味はまるでわからない。何をするのだろうと引き続き眺めていると、件のキャンバスから暗之雲が少し離れていく。


「……えっ」


 そして、再びキャンバスへと近づいていき──キャンバスを踏んづける、という所ですとん、と暗之雲が黒い丸の中へと落ちていった。それこそ、落とし穴に落ちるかのように。

 いや原理はわかる、キャンバスを踏んづけるという行為で絵画に触れ、異能を発動したのだろう。問題は何故、暗之雲がそのようなことをしたのかであり。と、湖上が一人混乱していると、先程の落とし穴から暗之雲がひょっこりと顔を出す。そして……無骨なガスマスク越しに、目が合った気がした。


「いや、ちょ、まっ」


 いつになく素早く湖上の腕を掴み、ぐいぐいと例のキャンバスへと引っ張っていく。明らかに運動なんてしていなさそうな格好やらなんやらのくせに、意外と力が強く逃げ出すのが難しい。なりふり構わず振り払うのならば出来るだろうが、流石にそこまでやるわけにもいかない。


「……!」


 暗之雲は変わらず湖上を絵画の中へと招こうとしている。態度から推察するに、落とし穴に落ちるところを見てしまったのがいけなかったのだろうか。


「た、たすむぐっ!?」


 助けを求めようとすると、暗之雲のビニール手袋に包まれたもう片手が湖上の口を塞ぐ。逃がしてくれる気は無いらしい。これは最早、諦めた方が良いのでは。


「って、あっ」


 ぐるり、と視界が回る。そういえば、暗之雲の異能は同意を前提に発動するのだっけ。なるほどこの程度でも同意になるのか、という妙に冷静な思考を他所に、湖上は暗之雲と共に絵画の中に描かれた穴に落ちていった。


「ひぎゃっうっわ待って暗之雲待ってスカート!スカートめくれるから!」


 いくらドロワーズを履いているとはいえ、なんとなく嫌なものは嫌なのである。必死に指定制服の裾を掴み、どうにかこうにか隠そうとするが、あまり意味は無いかもしれない。


「ていうかこれ大丈夫なの!?底に激突したりしない!?」


 そう、そこなのだ。いくら暗之雲とはいえ、異能空間内での死亡を完全になかったことにするのは難しいのだろう。つまりこの状況は過程に比べ割とシャレにならない物なのである。そう湖上が叫び、一緒に落下しているはずの暗之雲に視線を向けると。


「大丈夫大丈夫ー!アタシがちゃーんとどうにかするから!」

「る、ルナサン!?」


 いつの間に入れ替わっていたのか、そこにいたのは暗之雲ではなくあの少……女?ことルナサンであった。彼女はいつも通りの調子でニコニコと笑っている。


「それじゃ、行っくよ~!」

「うわっ」


 ルナサンの掛け声と同時に、湖上を浮遊感が襲う。それは静の異能のような頼りないものではなく、たしかに浮遊という現象をもたらす。そして、嘘みたいに衝撃を殺し切って、存在していたらしい地面に足をつけた。


「な、ななな何でこんなことするの!?危ないよ!?」


 当然ビビっている湖上は膝から崩れ落ち、地面にぺたりと座り込んだのだが。


「いやーごめんごめん。ほら?創造主さま(まえすとろ)の創作はすべからく尊いから?まあそういう事だよね~!」

「本当にそう思ってるなら俺を巻き込まないでよ!」

「まあどう考えてもあれは見られたのが恥ずか……もー創造主さまー!」


 どうやら暗之雲から何らかの干渉を受けたらしい、虚空に向かってぶつくさと、自らの生みの親に対し文句を言っている。ルナサンから視線を外し、周囲を眺めてみるも辺りは暗闇で、不自然に湖上と暗之雲がいる場所だけが明るいという不可解さだ。そうして湖上が状況を把握しつつ、ルナサンの方へ再び視線を向けると、彼女の服装が変わっていた。

 いつも通りの指定制服にエプロン姿ではなく、燕尾服に兎の耳のついたストローハット、胸元のポケットからは金色の鎖が覗いている。それに合わせてか髪型もツインテールからポニーテールへと変化していた。


「おっ、気がついた~?じゃあ、自分のも見てみなよ」


 目を見開く湖上に気がついたのか、ルナサンがいたずらっ子のような笑みを浮かべて促す。おそるおそる、といったように湖上が自身の体に視線を落とせば、身につけている衣服が指定制服のそれではなくなっていた。

 水色の可愛らしいワンピースに、純白のエプロンを添えたフリルたっぷりのエプロンドレスに。足元も普段履いているブーツではなく、黒いエナメルのストラップシューズへと変貌していた。……この辺りで湖上は反射的に自身の頭をとてつもない勢いで探り始めた。そして、よくある不思議の国的なうさみみリボンになっていることを把握して湖上はルナサンに掴みかかる。


「お、俺のリボンどこやった!?」


 当然と言われてしまえば当然なのだが。四六時中身につけているはずのあの暗い赤色のリボンが姿を消していたのだ。しかし湖上からすればたまったものではないのだ。それこそ、反射的に実力行使に出てしまう程には。


「んぇっ、あ~あれ?大丈夫だよーその服も髪飾りもあくまで創造主さま(まえすとろ)の絵画だから……えーっとね、幻覚だから実際は着替えてないよ!」


 対するルナサンは、少々の動揺を見せた後、説明する時間も惜しいと思ったのか端的に状況を口にする。それでひとまず、湖上はルナサンから手を離す。いや視覚・触覚的に確認できないこの状況はかなり、いやとても落ち着かないものなのだが。


「……ごめん」

「いや~大切なものに無断で手を出しちゃったのはマズかったっしょ?こっちこそごめんごめん!」


 からからとルナサンが笑う。この判断がルナサン独自のものなのか、暗之雲のものなのな定かではないが。というかいまいちシステムが分からない為そのどちらでもないのかもしれないが。……このように言わせられる辺り、暗之雲はそれなりには真っ当な人物なのかもしれない。まあ、コミニュケーション拒絶具合はともかく。


「……で、これって、アリスだよね?」

「そうだよ~!アタシの格好は帽子屋と白ウサギがモチーフで、湖上のがアリス!でねー、ちょっと歩けばわかるんだけど……ほら!」


 そう言ってどこかへと歩いていくルナサンについていけば、景色が一変する。暗く不可解な場所から、ランプが室内を照らし、無数の扉が存在する部屋へと。


「俺結構うろ覚えなんだけどさ。アリスってこんな感じの始まりなんだっけ?」

「そうなの!創造主さま(まえすとろ)も久々に読み返して作ったってさ〜!」

「それで穴に落ちてみようとして、俺に見られたから俺も道連れにしようと」

「そゆことだね~!って、ありゃ、創造主さま(まえすとろ)から怒られちゃった」


 下をほんの少しだけ出して、悪びれているのか微妙な仕草でルナサンは言う。しかし物語の世界を再現するなど、相変わらずと言うべきか、末恐ろしいと言うべきか。


「でもなんで急にアリス?」

「なんかねー、創造主さま(まえすとろ)が前会った人の名前が有栖だったの!そこからそういえばこういうのできるのかなーって思って、検証してたんだって」

「なるほど」

「良かったら体験してみる?まだあんまりできてないから、小さくなる薬とのっぽになる薬とかしかないけど」

「その小さくなるやつって、服を着替えさせるのと同じ原理?」

「勿論!アタシと創造主さま(まえすとろ)が、本当の意味で誰かに危害を与えることはできないからね」


 暗之雲の異能は、irregularの申し子と言っていいような物である。それを安全に体験できるというのならば……。


「…………体験、する」

「すんごくため長かったけど、本当にいいの?」

「いい、やる。薬ってどこにあるの?」

「こっちだよ~!いやーやっぱり、作ったものを見てもらえるのは嬉しいからね~!」


 途端に表情が明るくなったルナサンが、きゃっきゃと先導し奥へと歩いていく。その様子は、とても楽しそうだった。


「やっぱり作品って見てほしいものなんだ?」

「……あっ」


 湖上としては何気ない、雑談のつもりだったのだが。ルナサンの表情が一瞬しまった、とでも言いたげな物に変わり、取り繕うかのように笑顔へと戻った。


「まあ、創造主さま(まえすとろ)だって人間だからね~。作品を他人に見せて、承認欲求を満たしたいって感情ぐらいあるよ」

「そっか。だったら、自分から見せに行けば」

「──だめだよ」


 再び、口を塞がれる。朱色の瞳が少しだけ寂しげに、歪められて。少女は告げる。



創造主さま(まえすとろ)は怖がりだから。もう、他人と関わりたくないんだって」



 それはある意味、至極真っ当な理由であった。真っ当すぎて、この正気とは言えぬ場所では浮いてしまう程に。

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