平坦
「ねーおねーちゃーん」
授業中、当たり前のように湖上の隣に座る桐子が、このような声音でこちらに話しかけてくる時は。大抵なんらかのお願いであることに湖上は薄々気が付き始めていた。難しい要望でなければ良いのだが。
「どうしたの?桐子ちゃん」
「あのねー、桐子ちゃん、これやってみたいのー!」
そう言って桐子が差し出してきた端末に表示されていたのは、『双子コーデ』という見出しのWebサイトだった。ページをスクロールしていけば、その名の通り友人同士で同じ服を着たり色違いを着てみたりするコーデのようだった。
「へえ、こんなのあるんだ」
「ねーねーいいでしょー!」
「まあ……いいけど」
湖上としては着る服は、露出度が上がると女装が厳しくなってくる関係上、露出度が低ければ他はそこまで気にしている訳では無い。この条件に関してはおそらく桐子も似たようなものだろうし、という訳である。まあ着て欲しい服、としてはやはりクラシカルなワンピースなどになってくるのだが。それはそれとして、桐子は大きな問題を見落としている。
「でも桐子ちゃん、俺と桐子ちゃんが着れる似たようなデザインの服ってあるの?それこそ制服ぐらいしかなくない?」
「……あっ」
やはり気がついていなかったらしい。指摘された桐子は間抜けな声を上げて、考え込む。
「むー、楽しそうだなーって思ったのにー」
「まあ、仕方ないよ」
そもそも双子コーデとは似たような体格の同性同士でやることを前提としているのだろうから、性別も身長も異なる
桐子と湖上では無理がある。桐子は落ち込んでいるが、どうしようもないことだ。
「ここだと、かわいい服着てお出かけーってなってもつまんないから、桐子ちゃんすごい!ナイスアイデア!って思ってたのにー」
「この場所、娯楽施設っぽい娯楽施設は無いから休日もお出かけっぽくはならないよね」
たしかにメニューの充実した食堂やテレビや飲み物、茶菓子を完備したラウンジなど無くはない。が、それらは娯楽とは少し違うと感じるのは湖上だけだろうか。一般的な休日はショッピングだとか、映画だとか、色々あるだろうに。
「あー……」
「おねーちゃん?」
「いや、暗之雲に頼んだらショッピングモールとか映画館とか行けるのかなって思ったんだけど、桐子ちゃん無理だよなあって」
「そうなの無理なのー!1回ぐらいは行ってみたいのにー!」
やはり湖上の予想通りだったらしい。異能と名のつくものならば、ありとあらゆるものを無効化できるらしいのだから。当然暗之雲の異能の適用範囲外だろう。
「おねーちゃんは絵の中に入ったことあるんでしょー?たしかルナサン?って子がいるんだっけ?」
「そうそう。俺が入った時は花畑だったなー」
「いいなー!桐子ちゃんお花畑なんて一回も行ったことないのにー!あっ、今暗之雲は何描いてるのかな」
気になったのか、桐子が立ち上がってブルーシートの一角、今日も今日とて暗之雲が筆を奮っている場所へと歩いていく。キャンバスを覗き込むと、またとてとてと歩いてこちらへと戻ってきた。
「港描いてたー!むう、桐子ちゃんがこんなのじゃなければ……」
「港……海かあ。もう何年も行ってないや」
「桐子ちゃんなんか行ったことないのにー!」
逆に何なら行ったことがあるのだろう、と口にしかけて。ろくでもない回答しか返されないだろうと湖上は疑問を飲み込んだ。聞いても誰も得しない。
「むー、研究員の人達は桐子ちゃんのことすごいすごいって言うけど、楽しいことも出来ないのになにがすごいのー!?桐子ちゃんだって絵の中に入ってみたいよー!」
「……そうだね。人によって、価値なんて変わるのに」
「だよねー?すごいって言うなら桐子ちゃんをもうちょっとどうにかしてよー」
「どうにか、って?」
「せめて、包帯なくても異能を封じれないのかなーって。ほら、静のマスクみたいな」
包帯まみれの小さな手を見つめて、桐子が言う。それは、切実な願いだった。だからこそ湖上は、真正面から返す言葉を持ち合わせてはいない。
「そうだね。でも、お風呂に入る時とかは包帯取るんじゃないの?」
だからこそ疑問を、適当な方向へとずらしていく。
「桐子ちゃんも詳しくないんだけど、桐子ちゃんのお部屋はなんか、えーと……すごいやつ?で抑えてる?んだっけ?だから大丈夫なはずー」
「すごいやつ?」
「AMFよ。自分に関わることぐらい覚えときなさいよ」
「あ、あげはだ」
いつの間にか、呆れたように口を開くあげはがそこにいた。その両手には生クリームの暴力のような飲料が握られている。これが噂のフラペチーノ、とやらだろうか。
「あげは何それー!?そんなのあったっけー!?」
「第一食堂の日替わりデザートの一種らしいわよ。初がN17の子達と一緒に貰ってきたのをおすそ分けーってもらったのよ」
「もう一個、桐子ちゃんの分でしょ!?」
「は?なわけないでしょ湖上のよ」
「いや無理なのわかってるでしょなんでそんなひどいこと言うの!?」
何故かこちらにフラペチーノ(仮称)を押し付けてくるあげはに対し叫ぶ。そんな構成物質の半分程が生クリームで占められていそうな甘味の塊を、湖上が口にできるわけが無い。身振り手振りを駆使して、全力で拒絶の意を示す。
「お、おねーちゃんもフラペチーノ食べたいもんね……」
「納得しないで俺いらないから!桐子ちゃんが食べて!」
「冗談よ。ほら、あんたのは初が生クリームマシマシにしといてくれたらしいから」
「わーい!」
あげはからフラペチーノ(確定)を受け取り、桐子が満面の笑みを浮かべる。見た目が良いという意味では湖上にも理解出来るところではあるが、実際に飲みたいとはまるで思わない。普通にコーヒーでいいと思う。
「本当におねーちゃんいらないのー?おいしいよー?」
「いらない」
「むー」
「ら、ラウンジにコーヒー取りに行ってこようかな」
「今授業中だからやめた方がいいわよ」
「さっき初がフラペチーノ貰ってきてたんでしょ……?」
「あれ実験終わりに行ってきたらしいから、また別よ。授業中に外に出るの、任務とかでも無い限り微妙に面倒くさくなんのよ」
「……何がしたいの?妙なところで学校っぽくして」
「多分それここにいる全異能者が思ってるわよ」
つくづく、この場所は不可解だ。まあ……そんなものなのかもしれないけれど。
本編に入りきらなかった補足
AMF。正式名称はAntiMutantField:prototype。異能薬物を湯水のごとく使用する代わりに、包帯を半分ほど解いた桐子の異能を半径10メートルほどに抑えられる技術。半分ほどでこれの為、完全に解く実験は行われていない。なお桐子もあげはも仕組みは全く知らない。




