相関
「オレ、こんなに君のことが好きなのに……だめ、かな?」
「だめっつってんだろ俺はホモじゃねえええええええええ!」
「視野が狭いなあ。男女とか気にしてたら恋愛できなくない?」
「それは!お前が!勝手に守備範囲狭めてるからだろ!」
「何言ってるの?死体であることは好みのタイプじゃなくて前提条件だよ」
よくN配属の女子からキャーキャーと黄色い悲鳴を浴びている銀髪のイケメンが、「幽」と書かれたいかにもな顔布で顔の片方を覆った足の先がほろほろと半透明に崩れている少年を口説いている。
「あなたが保護者なんですから、どうにかしてくださいよ」
「いや保護者じゃないんだけど……そんなこと言うなら聖棺を止めてよ、クラスメイトでしょ」
そんな地獄絵図を、さも他人事かのように止めろと指図してくる夜宮に。どうして己はこんなカオス状況に立ち会わねばならないのだろう、と有明灯乃は思った。
しかし、事の発端は最悪なまでに単純だ。ラウンジで灯乃と化野がぐだぐだしていた所に聖棺が通りかかり、流れるように化野を口説き始める。そして聖棺がいるという事は七割方そばに夜宮がいるか、夜宮が聖棺を探知してやってくる。さらに言えば化野の異能上灯乃と化野が一緒にいた方が都合が良い、それだけなのだ。つまり逃げられない。
「うがー!灯乃ー!助けてくれー!」
「助けてあげたいけど、無理」
「オレ何もひどいことなんてしてないのに」
「興味のない対象に口説かれんのは普通に苦痛だと思うぜ俺!」
化野が灯乃の方へ飛んでくる。が、化野には実体がない為庇うのは難しいのだ。ズレた返答をする聖棺に、化野が至極真っ当な発言を返しているが。そんなものは意味をなさないだろう。
「オレは興味があるよ?」
「そーかよ!でもお前の誘いに乗ったら俺マジで死んじゃうじゃねーかー!」
「だってお化けだと触れないでしょ。セックスできなかったら本末転倒だよ」
「!?っげほっ、ちょ、勇希!?」
異能【幽霊】。既に死者である化野を動かす原動力。つまり化野は異能を発動しなければ、ただの物言わぬ死体が残るだけなのだ。聖棺が狙っているのはそれであり、化野が根本的に聖棺を拒絶する理由である。誰だって進んで死にたくはない。いやまあ化野は既に死んでいるのだが。
「どうしたの?ほおずき」
「そのあの、せ、なんてその」
「何の話?」
一人夜宮が慌て、聖棺が何故夜宮が動揺しているかわからずに首をひねっている。つくづく謎なのだが、こんなにも間近で聖棺の嫌なところを見続けて、幻滅したりしないのだろうか。
「灯乃ー!」
「はいはい」
化野がこちらにべそをかくふりをしてくる。いつも生年から計算した年齢を主張しているくせに、こういう時は見た目年齢以上に幼ぶるのだから現金なものだ。まあ、こうして受け入れている時点で灯乃も甘いのだろうけど。
「化野くん、そんなにオレの事、嫌い?」
「いやお前が嫌いっていう訳じゃなくて……俺は!灯乃が好きだから無理!」
そう言って化野が灯乃の肩に手を回す振りをする。当然だがすり抜けるが故に、さしたる意味は無いのだが。……相変わらず、あけすけに物を言う。しかし、この場では悪手だろう。
「は?勇希を振るとか正気?」
「ヒイッ!?」
「めんっどくさいわねあんた」
聖棺が絡んだ際の面倒くささに定評のある夜宮が、当然の如く意味不明なキレ方をするのだから。自分の男アピールをしたいくせに自分の男が評価されなくてはキレる、というのは色々矛盾してるだろうに。
「そんなこと言ってないで、早く落としたら?」
「それが出来たら苦労しないって言ってんですよ!」
「ほおずき、頑張ってね」
「え、えぇ!勿論よ!」
「いやなんで景品?敵?が応援してんだ……?」
「あの子たちに関してはそんな感じで論じる方が疲れるの、知ってるでしょ」
「だよなあ」
相手に好意を伝え、無理だと返されてしまった上で、どうにかこうにか振り向かせようと振る舞う夜宮とそれをのほほんと眺める聖棺、という内情は実の所周りには知られているようでそうでもない。S配属の中では余程監獄内情勢に興味のないものでもなければ知っているだろう、というレベルの情報だと言うのに。
「聖棺……俺なんかより、夜宮の方が百倍いいと思うぜ……?」
「ちょっ、馬鹿っ」
「うーん、たしかにほおずきも貧血気味だからいい感じに顔色は青白いんだけど、でもやっぱり人肌並には温かいし。てもほら、その点君は文句無しに死人でしょ?これで動かなければ最高なんだけどなあ」
「──ッ」
「ちっ」
瞳孔をかっと開いて反射的に血液で槍を形作った夜宮が、こちらに槍を投擲しかけた。全く、こちらが一応戦闘要員だからと言って気が緩みすぎだろう。こちらは武器らしい武器を所持していないのに、夜宮側は輸血パックという弾数制限があるとはいえ、己の肉体そのものを武器とできるのだから。それに。
「もおーっ!」
「あーもう、こうなるから嫌だったのよ!」
「うっげえ、すまん灯乃」
「謝るぐらいならどうにかしてよ!」
化野が謝罪をしているが、謝罪ごときでどうにかなったら苦労はしない。なにせ被害を受けるのは化野ではなく、灯乃なのだから!どうしたらそうなるのか、と聞きたくなるような轟音をたてながら、凄まじい速度で灯乃に迫ってくる少女の声が聞こえた。速度由来の衝撃を一切感じさせずに、少女は灯乃に抱きつく。
「何してくれてるのぉ!?灯乃ちゃんはわたしが殺すんだから!夜宮さん如きが邪魔しないでくれる!?」
少女の夢想を濃縮還元したような、可愛らしいという形容詞がピタリと当てはまるはずの外見で。とてもじゃないがそんなことはほざけない態度を取る少女、蓮萄狼紅がやって来てしまった。
「……は?」
どうやら狼紅の存在は知らなかったらしい夜宮の動きが止まる。そりゃあ、突然殺害権利を主張されたら誰だってそうなるだろう。灯乃だって唖然とする側でいたかった。狼紅の勢いに圧されたのか、夜宮が槍を消し去る。
「ええ、と。君は、なんで有明さんを殺したいの?」
「愛しているからです!わたしは想い人を殺すのが好きなのですぅ!」
「そっかあ。お仲間かと思ってたのに」
「わたしは死体には興味ないですもの」
「へえ、殺したいとは思うのに、そうなるんだ。不思議だなあ」
「愛し方は人それぞれですもの。他者から見たそれが理解できないことだって不思議じゃないですわ」
「そこなんかちょっと良い話風にするなら死人出さないでくれる!?」
そして何故か聖棺と狼紅が物騒な恋愛話に花を咲かせ始めた。どうしてこう、収集がつかなくなるタイプの人間しかやって来ないのだ。狂人と狂人で意気投合し始めないで欲しい。
「……有明さん、あなたの周りろくなのいませんね」
「あんただって大概だと思うのだけど?そのろくでもない、の一端を担ってるのあんたの想い人でしょ」
「……」
夜宮がついに黙り込んでしまった。逃げるな。
「おい狼紅!灯乃は俺のだかんなー!?」
「はぁ?何を世迷言を言ってるの?灯乃ちゃんはわたしのだよ?」
「はいはい私は私のものであって誰のものでもないわよー」
狼紅の所に化野が行ってしまった為、いよいよどうしようもない。灯乃にできることは精々、雑に二人を宥めることぐらいだ。なんだったらこのままこの場から逃げてしまいたい。
「ちっ、逆ハーレム楽しそうですね?」
「これが楽しく見えるなら、あんたの目を疑うけどね」
「灯乃ー!灯乃は俺の事好きだよなー!?」
「何言ってるのわたしのことが好きでしょお!?」
嫌味を受け流していると、化野と狼紅がある意味お決まりの言葉をなげかけてきた。だから、言ってやったのだ。
「愛してるわよ」
「……っ!?」
「灯乃ちゃん……!」
化野が息を飲み、狼紅が頬を紅潮させる。
「どっちも」
「ど、どっちか一人に絞ってよぉ!」
「そーだそーだ!」
いつも通りの調子を崩さず、さらりと。睦言でも囁いてみれば効果倍増なのだろうけど、あいにく灯乃にはそこまでのボギャブラリーやら演技力はない。ならば平静を装った方が余程破壊力がある、ということを灯乃は化野と狼紅のせいで学んでしまった。
「やっぱり、好きな人がいる子を口説き落とすのは難しいなあ」
「でしょう!?やっぱり私が」
「でもほおずき死体じゃないじゃん」
「そうだけど!そうじゃないのよ!」
「そのまま諦めてくれよ……」
「はっ……!化野が聖棺くんとくっついてくれたらぁ、わたし、大勝利?」
「やめなさい狼紅」
夜宮の絶叫に紛れて、化野が切実な言葉をこぼす。そして行き着いてはいけなかった思考に辿り着いた狼紅の頭を、ぺしりとはたいた。
「つか、結局灯乃は誰が好きなんだよー」
「そうよ!どうなの!?」
「さあねえ」
二人の追及を、素知らぬ顔で交わす。心中で、思考をめぐらして。
……そもそも、外の記憶も朧気な女に、恋愛感情を解せと言う方が無理がある。こんな場所でまともに恋をできるような情緒をどう育めというのか。それに、狼紅はまだしも化野は。灯乃に──彼を選ぶ、資格など無い。




