少年祈りて嘲笑す
「まっ、君のことだから予測出来てただろうけどね~。お上は件の正体不明なS-2-6について聞きたくて聞きたくてたまらないらしい。ってことでお話し合いだよ。安心して、私が駆り出されてるってことは多分お上もダメ元だから。だってマジのガチの尋問なら私より先に絶対S-1-3が召集されてるもーん」
いつも通りの調子で、観数はぺらぺらと話している。確実に尋問向きの人材か、異能者がやってくると思っていたので、この状況は些か拍子抜けではあった。というかそれよりも、湖上には不可解な事がある。
「ふっふーん。桐子ちゃんもいるよー!」
「いやほんとなんで?」
「なんでかなー……なんか気が付いたら着いてきてたんだよなあ……」
観数の横に、桐子がちょこんと座っているのだ。そしてそれを観数も積極的に排除しようとしていない。その時点でこの尋問会……最早尋問とも言えない何かは、ひどく茶番じみていた。
「そんなとこだから、気楽に行こうよ」
「いや上に伝わるってわかっててそんな気楽に行けるほど俺の心は強くないんですけど」
「えー?あんなこと監視カメラの前で言っといてそんなこと言うー?」
「あの場では言った方がリターンが多いと判断した迄です」
「そっかーまあ私はどうでもいいけど。あくまで私は単なる雇われ社畜だしねー」
心にも無いことをわざとらしく告げて、観数は湖上を見る。──話せ、と。
「はっきり言ってここの運営者に取って有益な情報なんて、あの場で話した以上の物はありませんよ」
「それは君が思っているだけかもしれない、我々にとっての有益と君にとっての有益は違うかもしれない、とお上は言いたいらしいよ?」
溜息をつきたくなる気持ちを押し殺して、湖上が率直な意見を述べる。が、取り合ってくれないということは予測の範囲内ではあった。
「……おそらくは、S-2-6に割り込む形で現出することが出来るような何かがあると思われます。詳細は不明です」
「ああ、それはS-2-1が言っていたね。まあ、異能の一種と考えるのが妥当だろう。それで?」
観数は淡々と、こちらを追及する。ああ全く、とんだ茶番だ。予想以上だ。どれだけ問い詰められても湖上は口を開く気は無く、相手側も問い詰める以上の強硬手段を用いることは出来ない。延々とただ平行線が続くだけだ。そんなことは少し考えればすぐに分かることだと言うのに。何故こんなものが開催されてしまったのか。
「ねーおねーちゃん、あの佐藤って子を作った人の話は?」
「え?あー」
湖上がこの茶番から逃げ出す方法に頭を悩ませていると、、桐子が話題の転換を図ってきた。
「そういえば後輩って言ってたね。てか、あの語り口的に絶対女の子でしょー?ま、さ、か、湖上君のコレ?」
「ち、違うでしょ!?違うよねおねーちゃん!?」
観数のハンドサインの段階では湖上には何を示しているのかはよくわからなかったが、桐子の反応で気がついた。だから本当に、何がしたいのだ?確実にこれは彼女の言うお上に聞かれているというのに!
「そんなわけないでしょ?本当にただの後輩だって」
「……おねーちゃんってただの後輩が造った子を、知り合った初日にお部屋に泊めちゃうぐらい人見知りしないっけ?」
「……」
痛いところを突かれた。そうだ、湖上麗という人間を客観的に判断すればそうなるのだ。実際相手が凍乃莉でなければこのような対応にはならない。躊躇せずに拒絶していただろう。もちろんその理由には、彼女のかあさまが関わってくる。
「恋バナめっちゃ楽しいってのを抜きにしても、こちらとしてはS-2-6を生み出した異能者は気になる。存在を完全に抹消しちゃうなんて中々無いからね」
「だから恋バナじゃないんですけど!?」
「ほーん。じゃ、どういう関係性?桐子曰く、ただの後輩なら君は自室に泊めることはありえないらしいけど?」
「本当に、ただの後輩ですよ」
ああ、これは引き下がってはくれないのだろう。本当に言いたくないのに。どうして皆、そんな事ばかり聞いてくるのだろうか。「言えない」ことにはまだ理屈がある。しかし「言いたくない」ことには理屈がない。ただ感情的に嫌なだけなのだ。
湖上の感情に気がついているのかいないのか、観数も桐子と黙りを決め込んだままである。沈黙を破る気は無いのだろうことは想像に難くない。
「……たしかに、ただの後輩と言い切るには微妙な関係性でしたよ」
「ほらあ。おねーさんに何をしたのか言ってみなさいな」
観数は変わらず笑っている。だから、言ってやった。
「俺は、たまたま駅のホームで前に並んでいた彼女が、線路内に飛び込むのを止めたんですよ。勿論、足を滑らせたとかそんな平和なものじゃないです。彼女は、紛れもない彼女自身の意思で、その身を投げようとしていましたよ。とにかく、俺と彼女にあった特筆すべきことはそれだけです」
場の空気が完全に凍りつく。お前らが言えと言ったんだろう?己の存在を抹消してしまった少女が、明るい理由であの異能を使ったわけがないというのに。少し頭を使えば簡単にわかる事を、たかが16歳のガキに聞いてしまうなど、己の知能を疑いたくならないのだろうか?だとしたら随分とおめでたい頭をしているらしい。関わらないでくれ。
「そう。それで止めた後、どうなったんだい?」
厚顔無恥とはこの事を言うのだろう。一切の躊躇を見せずに、質問を続ける。こうなってしまえば、沈黙したまま戻らない桐子が可愛く見えてくる。
「どうして止めたんだ、私は死にたかったのにって怒られましたよ。わざわざ校門で待ち構えてまで俺の事見つけて、そんなこと言ったんですよ?どれだけ恨まれてるんだって話です」
「うっわあすっごいねえ流石は女の恨み。怖いこわーい。で、どうなったの?」
「……それだけです。恨まれて、怒られて。ここに来て、あの子が死んだことを知りました」
「なーるほど。私が録音データ聞いてもわかんなかったってことは、マジで覚悟決めちゃってたんだろうしそりゃあそうなるよねー」
あっけらかんと、湖上の事情などまるでどうでも良いと全面的に押し出して観数は言う。……わかっている、彼女に対して怒るだけ無駄だ。彼女はただ知的好奇心を満たしている側面も否定できないが、職務を全うしている事もまた事実なのだから。例え、湖上が机の下で拳に爪を立てていようとも。
「まー私でも何も分からない、っていうのを言えばお上は納得してくれるだろうし、今日は──」
「七世さん」
折角観数がこの茶番を終わらそうとしているのに。黙りを決め込んだままだった桐子が口を開いてしまう。早くしてくれという湖上の苛立ちが伝わったのかはわからないが、桐子は間を開けずに続けた。
「桐子ちゃん達は人間だよ」
「?そうだね」
「 ──人間は、好きでも嫌いでも、知ってる人が死んだって聞いたら嫌な気持ちになるんだよ。面倒くさいから、そこに自分の死を見て怖くなっちゃう」
それは遠回しながらも。明らかに湖上を庇った、観数に対して文句を言う言葉だった。
湖上含め、観数までもが目を丸くして桐子を見る。が、桐子はいつもの調子で座っているだけだった。
「……それを、君が言うんだ」
「桐子ちゃんが言っちゃだめなのー?」
観数の呆れたような言葉の真意は、湖上にはわからない。妙に平静を装った桐子を見るに、何かしら裏の意図があるのだろうけど。
「いやなるほど、面倒くさいってのはそういう意味か」
「桐子ちゃんは面倒くさくないよー?」
「はいはい。まー、桐子に怒られちゃったからねー、謝っておくよ。ごめんね、湖上君」
「はあ」
湖上としては謝られたところで、となる。心情的にも実利的にも、至極どうでも良いのだから。
「ほらーそうなるの目に見えてたから。……じゃ、これならどう?私はいつでも君の質問に一つだけ答えよう。もちろん嘘なんて無粋なものはつかないよ。観数の女の名にかけて、ね」
「わかった」
「うっわ即答じゃん。現金だなー」
現金に決まっている。利益など取れるところで取っておくに越したことはない。謝罪なんかより余程有用だ。
「まっ、納得してくれたならそれでいいよ。はーいはいお開きお開きー」
仕事が終わればそれ以上のことはどうでもよい、と言いたげに観数が手を叩いて退出を促す。逆らう意味もないので、湖上は今度こそ従い、席を立つ。
「意外と君も人間なんだねー」
「……なんか、ここに来てからよく言ってる気がしますけど。皆俺の事なんだと思ってるんですか?」
「まあここの人間からすればそりゃあそうなるよ。私も意外って思ってるぐらいなんだから」
去り際にまた余計な一言を言われた。観数にまでそんな風に思われているのは心外である。
「おねーちゃん教室行こー!」
「そうだね。行こう」
桐子がいつもの様に笑っていることに逆に安心感を覚えてしまう。それ程までに自分にとって、この場所は下手な尋問よりストレスを与えるものだったのだろう。素直に頷いて、桐子が扉を開けようとする前に。
「桐子ちゃん」
「どうしたのー?」
「……ありがと」
感謝を伝えないのは伝えないので、どうかと思ったので。諸々と戦いつつ感謝の言葉を告げてみただけなのだが。桐子は、一瞬大きな赤い瞳を見開いて。……唇を、噛んで。そして。
「どういたしましてー!」
次の瞬間には、いつも通りの子供っぽい笑顔を浮かべていた。
「……おねーちゃん。聞いてもいい?」
「どうしたの?」
人気の無い廊下にて。桐子がそう、湖上に問いをなげかける。
「おねーちゃん、本当にあれだけだったの?」
「あれだけって」
「……言いたくないならいいよ。でも、桐子ちゃんはおねーちゃんのことを知ってるから。おねーちゃんは悪くないって、絶対に言うから」
「そっか」
どこまで分かっているのか、桐子はそんな発言をする。全く、やりづらいことこの上ない。
勿論、湖上はことの全てを語ったわけでは無い。実際には、彼女が一方的に文句を言っただけで事が終わってはいないのだから。
その後もなんとなく縁が続き、湖上も彼女に対して色々と愚痴を吐いたりと、友人と呼べるかは微妙だが少なくとも知り合いよりは上の関係程度にはなっていたのだ。つまり彼女は何故湖上がこうなっているかなども知っているのだが──そんなことは最早関係がない。
湖上の最大の後悔は、彼女の異能を聞いて、気づいて、言ってしまった事なのだから。
あの時湖上麗は、あの己の存在を消したがっていた少女に、■■■■に異能を使えば存在を抹消できると教えてしまったのだ。そうして湖上は、彼女に哲学上二度目の死と呼ばれる、存在の忘却、その引き金を引かせてしまった。
勝手に命を救っておいて、結局、最後は湖上が殺したようなものなのだ。




