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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
2 救済

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少女願いて曰く-8

「かあさまー!おはようです!」

「おはよう」

「……えっ、なんで起きてるです?」

「できる限り他人にすっぴんを見られたくないんだよ」


 現在時刻、朝の六時前。なんだかとても疲れているが、朝は朝である。これ以上遅く起きてしまった場合、化粧中を目撃される気がしたので、とっとと化粧を済ませてベッドの上で端末を弄っていたところ、案の定凍乃莉は早く目を覚ましていた。


「ワテクシ相手なら別にいいと思うです」

「たしかに君のかあさまならいいけどさ。君と君のかあさまは別人でしょう?だからだめ」


 と、特に深い意味も無く湖上は否定したのだが。


「──かあさま。ワテクシは、()()()にとって、名前も知らないワテクシを造った人(かあさま)と別の人、です?」


 湖上の何気ない一言は、少女にとっては重い物であったらしい。どこぞの思考実験じみた発言を、努めて普段通りに口にする。


「……本当は、そうなるはずだったんだろうけど。使い方的に単性生殖に近くなってるというか。限定的な記憶喪失っていうのを考えると、変成とも言えてしまう状況になってて。多分、学術的には別人って断言できないんじゃないかな。専門じゃないからそこまで詳しいこと言えないけど、DNAとか下手したら完全一致しちゃいそう」


 あえて、名付けるのなら。あの少女が目覚めてしまった異能は【人造】とでも呼ぶべきものであろう。

 己の命を代償に、生殖以外の方法で人間を生み出す異能。その本質は、それによって生まれた人間がその時誕生したのでは無く、何年も前から存在していたことにできてしてしまう事。

 おそらく■■■■は自分がこうなりたいと願った自分を生み出したのだろう。それを彼女本人とするか、彼女の被造物と扱うかは哲学的な話になってくる。


「そう、ですか」

「まあ哲学的に考えればこれは否定できるんだけどね。君の身体はあの子の経験をしていないから、君とあの子は別人だって。それで俺は、立場的に学術よりも哲学を尊重する身だから君はあの子とは別人って定義するよ」


 言っておいてなんだが、湖上が尊重すべき哲学とやらは哲学と呼んでいいのか?という疑問は無くはない。が、少女の問いに答えるのにそんなものは必要ないのだから。そんなくだらない面倒ごとは後々思考すれば良い。


「ワテクシ自身は、定義ができないです。ワテクシはかあさまの事を何も知らないです。ならば気にすべきことでは無いです。それでも、気になるものは気になるです。でも、かあさまがワテクシを別人であると言ってくれるです。ならそれで、いいかもしれない、です」


 少女が、不出来な笑みを浮かべる。彼女は健気なことを言っているが、実際湖上の発言だけで完全に納得できたわけでもないのだろう。

 ──知性を持つ生命体である人間にとって、アイデンティティーは重要な物である。自分自身が誰かと同一人物とみなされてもおかしくない彼女からすれば、殊更重大な物であろう。

 ところで、この世にはおあつらえ向きにアイデンティティーの確立に至極便利な物が存在している。何せこの国では古来から、モノは名付けられることによって成立するという概念もあるわけであり。


凍乃莉(いのり)

「……っ」


 自分の創造主にして元ネタかもしれない人物を知る者に、明確に違うという定義を示してもらう手段として、■■とは違う名を望んだのだろう。それが無意識なのか意識的な物かまではわからないが。少なくとも湖上は、その願いを聞き届けた。呆けたように水色の瞳を見開いた、少女に名を贈る。


「……」

「あっ、もしかしてダサかった?き、気に入らないなら全然却下しちゃっていいからね?正直ネーミングセンスとか全然自信無いし」

「……」

「な、なんか言って」

「~~~嬉しいですっ!」


 動きを止めていた少女が、急に動けることを思い出したかのような勢いで湖上に抱き着く。


「凍乃莉……ワテクシは、凍乃莉、です!」


 心の底から幸福だ、と全身で訴えているかのように。幸せそうな笑みを浮かべて凍乃莉は授けられた音を口内で転がす。

 ■■が祈りの果てに逃避し、生み出した少女。おねえさま以外の唯一の同族であった彼女の被造物。湖上が凍乃莉に目をかける理由は、言ってしまえばその程度の理由でしかない。それでもこうして、笑ってくれるのなら。それは、良いことなのかもしれない。


「かあさまー!凍乃莉ってお名前はどんな字です?!」

「えっとね……こう書くんだよ」

「きれーな字です!」


 湖上が端末に彼女の名を打ち込んでみせれば、凍乃莉は更にはしゃぐ。


「ありがとうです、かあさま!」


 そして、彼女はとびきりの笑顔を浮かべながら、賛辞を述べる。幸福で幸福で仕方がない、と。


「そういえば、苗字はどうするの?」

「うーん、佐藤ってあだ名、なんか苗字っぽいです。苗字聞かれたら佐藤ってことにしとくです!」

「そっか」


 凍乃莉が笑っている中。湖上は、口を開いた。自身の推測が、間違っていないのならば。


「■■」

「?もしかしてかあさまの名前を言ったです?」

「あー、まあ、うん」


 やはり聞こえないのか、凍乃莉は首を傾げている。が、それでいいと湖上は思う。これは、なんと言うか。然るべきところに報告した方が良いかもしれない案件なので。彼女が知っていても特に始まらないし、証人も湖上しか存在しないのだから。なにせ、と湖上は内心呟く。


 佐藤ってつまり、■■なんだよなあ……と。


 偶然なのか、必然なのか。死者、つまり過去の存在である化野が発言者な辺り、必然という可能性が高くなってしまうのだが。それこそ推測に過ぎないこの考えに、妙な信憑性を持たせてしまう程に。







 凍乃莉を帰して、湖上も教室に向かおうと廊下を歩いていたその時。端末が一通のメッセージを受信する。その内容は、ある意味予想通りのものであった。


 送信者はこの場所。内容は形式上の1時限目に所定の部屋への呼び出し。──なんて、言葉を取り繕っているが、とどのつまり凍乃莉に関する尋問会だろう。

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