休日
さて、休日である。いくらどう考えてもかなりアレな人体実験をやってる研究所とはいえ、体裁上は学校であるためか休日は用意されている。だからと言って現在の湖上は特に予定が無い。厳密にはあったがもう終わらせてしまった為、湖上は現在暇なのである。故に。
「きーかーけ。あっそびーましょー」
樹懸の部屋のインターホンを連打している。
以前静の部屋を探した時と同じ要領で部屋を探した。なお管理番号とやらは事前に当たり障りなく聞き出し済みである。かの高名なピンポンダッシュもやってみようかと思ったのだが、ワンピース姿のこちらではいささか分が悪い。故にピンポン連打という形で落ち着いた。
「どいつもこいつもうっるせえええええよ!?!?おい休日でも女装してやがるクソ野郎!」
若干よれ、褪せた茶髪の少年がキレながら出てきた。私服姿だが、白手袋はそのままらしい。
「ピンポン連打するの初めてやったんだけど楽しいね!」
心の底から湧き上がった楽しいという感情を全力で表現してみたのだが、いつも刻まれている眉間のシワが更に深くなっただけだった。つまらない。
「そういうことじゃねえんだよ。普通にやめろっつってるんだよ」
「あれーまたお客さん?樹懸くんったらお友達多くてお兄さん嬉しいよー」
「海漣センパイって俺らと情哉以外の友達いたんすね!」
「うっせーよ自称客!住人に対する礼儀がなってねーんだよ!」
樹懸を押し潰す勢いで、バタバタと複数人が出てくる。一人は背が高く目元と耳を厳つい機械で覆った青年で、樹懸の兄貴面をしている。もう一人はおそらく湖上よりも年下かつ小柄な垢抜けた少年で、しれっと樹懸をディスっている。最後の一人は無言でじいっとこちらを伺っている、罰印を模した髪飾りを身につけた少女だった。
「しかも女の子じゃーん。もしかしてー樹懸くんのコ・レ?」
「お前今ヘッドセット付けてるだろだったらさっきのも聞こえてるよな?こいつは男だ」
「えー!こんなにかわいいのに!?すごいっすね!あ、俺は榊皇彦、この無口なのは菫色音無って言うんすけど。名前聞いても?」
「……こ、湖上麗」
圧倒的に明るい榊に若干押されつつも、湖上は何とか自分の名前を述べる。すると皇彦の後ろで音無と言うらしい少女もぺこりと頭を下げた。
「もー樹懸くんにもやっと春が来たと思ったのになー。湖上くん、樹懸くんと仲良いなら知ってるでしょー?この子I配属だから他配属の子と関わりがなくてさー」
「お前は俺の母親か何かか?」
「まあたしかに、I配属の女の子って……」
初(推定年齢三桁)と桐子(外見幼女実年齢17歳)と……比較的まともそうなのはあげはぐらいか。なお暗之雲は性別不明なので除く。そう考えれば樹懸に女っ気がないことも致し方ないと頷けるだろう。こんな場で彼女作るとか正気か?という常識的な思考はとりあえず見なかったことにした上での考えだが。
「あれ、I配属と面識があるってことは君ってもしかしてI配属ー?」
「え、あ、はい」
「めっずらしー!超レアじゃーん!」
「俺海漣センパイ以外のI配属とか初めて会ったっす!」
「そ、そんなに……?」
「そんなにだよー。てか、何時までも立ち話するのもなんだし、入って入ってー」
「だから客が何住人面してんだっつーの!」
「あつ言い忘れてたけど俺は餡条械、音無ちゃん共々S3所属だよー。よろしくねー」
「俺はN4所属っす」
「お、おじゃまします」
「おい女装野郎」
樹懸の静止も構わず彼の部屋に上がり込む。S3、N4とはおそらくSuperiority-3とNormal-4だろうか?I配属は現状1クラスのみな為そのようには名乗らないようなので、少し新鮮だった。
どうやらゲーム中だったらしく、ゲーム機がテレビに繋がれている。そしてそこにいくつかのおかしが開封した状態で散乱していた。一応足の踏み場はあるとはいえ、結構酷い状態である。
「汚くってごめんねー」
「元凶が言うな」
「あはははー!」
「湖上センパイもポテチ食います?」
「もらえるなら」
「あ、ネムもあげるからねーってちょ、取るな」
榊からポテチをもらっていると、榊の横にべったりとつく菫色がポテチを榊から奪い取っている。どうやらかなり仲が良いらしい。……ところで、榊は湖上や樹懸を先輩扱いして敬語で話しかけるが。湖上より明らか年上である餡条に、敬語を使った方が良いのだろうか。I配属内ではみなそのようなことは気にせず、全員互いにタメ口を聞くようなのでよくわからない。
「今レースゲーやってたんだけどさー、湖上くん操作わかるー?」
「わかんないです」
「こんなやつに敬語なんて使わなくていいぞ」
「こんなやつってどゆことー?ひどいよー樹懸くーん。まあでも真面目な話、I配属は年功序列対象外らしいからねー。別に使わなくていいよー?」
「……そうなんだ。そう聞くとIって、やっぱりなんというか、特殊だね」
「まあIrregularって言うくらいだしな」
相変わらずI配属がそのイレギュラーっぷりを発揮している間にも、榊と菫色がガチャガチャとゲーム機をいじっている。
「本当はなんちゃらパーティー系でもあればよかったんすけど、流石にあーゆーのは買ってないんすよねー。さっき上げたレースゲー以外はイカしかないし、やっぱレースゲーじゃないっすか?ネムもあんまこういうの持ってないって言ってるし。あ、餡条センパイ他になんか持ってません?」
「いやー俺もほとんど1人用のやつしか持ってないからさー。他の子に聞けばまた話は別だと思うけど面倒くさいでしょー?」
「そうっすね。それじゃ湖上センパイ、操作教えるんでやりません?」
「うん、やってみる」
こくりと頷きながら言う。そうすればまた、榊と菫色がゲーム機を操作し始めた。
先程から終始菫色は無言なのだが、それでも榊相手には会話が成り立っているらしい。ちらりと榊が視界に入った時、彼の瞳が橙色に輝いていた為、なんらかの異能由来なのかもしれない。もしかしたら単に常時発動している止められないタイプの異能なのかもしれないが。それこそ、初のように。
「んじゃ海漣センパイよろしくっすー」
「いやなんで俺だよ」
「だってセンパイこん中で一番手加減とかそういう小細工できないじゃないっすか。操作わかんないのに全力でこられたらさすがに可哀想ですよ」
「そうだねー樹懸くんそういうの苦手だもんねー。んじゃ、樹懸くん指導頼んだよー!」
「クソが」
「あはは……」
悪態を着いた後、どさりと湖上の横に座り込んだ。どうやら座れということらしい。散乱したお菓子を隅に追いやりながら、湖上も座った。テレビ画面には色鮮やかなキャラクター達が映っており、どうやらキャラを選択する画面らしい。
「何選んでもいいんだよね?」
「好きにしろ。あーでもその後のカート選ぶ時、バイクはやめた方がいいぞ。初心者向きじゃない」
「そっか」
「あーネム!それやばくない?それめっちゃ曲がりにくくない?」
「テンテンかわいいよーテンテン」
好き勝手騒ぎながら、カスタムとやらを進めていく。湖上はこの手のゲームは全くやった事がない為、樹懸のアドバイスを聞きつつなんとなく見た目だけで選ぶ。カラフルなキャラクター達が、同じくカラフルなバイクやらレーシングカーに乗り込んでレースをするらしい。
「んでこっちがアクセル、こっちがブレーキ。リモコンを傾けると曲がる」
「へー、リモコン全体がハンドルみたいな感じなんだ」
「ああ。あー後ここを押すとアイテムが使える」
「……?」
「やればわかる」
「おーし開始だー!」
餡条の楽しげな言葉と共に、テレビの中でカウントダウンが始まる。……このようなことには本当に疎い湖上に、まともな運転ができるのだろうか。その答えは一瞬で出た。
「うわあ何これ!?動かないんだけど!?あとなにこの黄色いの!」
「おい馬鹿!逆走してんだよ冷静にハンドル切れ!」
「ひゃっはー!いっけー!」
「ちょっまっ皇彦くんその物騒なものを今すぐ手放うぎゃあっ」
「あっネム!?いつの間に1位になってんだよ!?」
「許さない……青甲羅許さないから俺ー」
湖上操る白地に赤の斑点を持ったキャラクターは、スタート地点からほど近いカーブでじたばたしている。どうすれば前に進めるか、というか先程から湖上の画面内に現れる雲に乗った黄色い生命体は何者なのか。
先頭の方では榊が投げたらしい何やら刺々しい青色の甲羅に餡条が吹っ飛ばされ、その隙に菫色が追い越して1位になったようだ。湖上とは完全に別次元である。
「えっ俺のキャラ虹色に光ってるけど大丈夫なの。こう、病気とか」
「んなわけあるかそれは無敵になるやつだ。そこら走ってるやつにぶつかってみろ、吹っ飛んでくから」
「誰だこんないやらしい位置にバナナ置いたやつ!ネムかよ!」
「すごい!吹っ飛んだ!面白いねこれ!」
「ネムドヤ顔めっちゃムカつくんだけど!?」
「やっぱり信頼すべきは甲羅だよねー」
「ネム──!?」
「元の色に戻っちゃった……」
「時間制限あるに決まってんだろ」
菫色が餡条の投げたらしい甲羅によって吹っ飛んでいく。その遥か後方で、湖上は虹色に光っていた。一見明らかにやばそうな外見だと言うのに、コンピューターが操作するキャラクターがぽんぽん吹っ飛んでいくのが楽しい。
「1位げっちゅー!」
「年上のくせに!ちょっとは後輩相手に手加減とかないんすか!?」
「ふーはははー!ないよそんなものー!勝ったもん勝ちってやつー」
「なにこの連続で来る黒いの……俺の白赤いのが黒くなったまんま戻らないんだけど……」
「早くゴールしろ最下位ってことだ」
「もー、樹懸くん言い方きっついよー?」
湖上が怪訝な顔で見つめる黒く炎を吐き出すミサイル?のようなものは確かにとんでもない速度でコースを爆走している。周囲にもキャラクターは見当たらず、順位が動かないことからコンピューター含む他のキャラクターはとっくの昔にゴールしてしまったのだろう。やはり餡条や榊、菫色の上位争いには到底まじれない。
「あ、ゴールした」
「お前本っ当に下手だな……」
「しみじみ言わないでよ。初めてなんだから仕方ないじゃん」
「そーだそーだ!」
「うるせえ1位。叩き潰してやろうか?」
「大丈夫っす海漣センパイ!俺とネムで叩き潰すんで!」
榊と菫色が揃ってファイティングポーズをとる。それに対抗するように餡条がリモコンを構えた。
「音無ちゃんも皇彦くんもかかってきなよー、俺がまーた1位取っちゃうからー」
「そうはさせませんよ!ほら、湖上センパイも!」
「えっ、俺は次はちょっと見てようかな……」
「海漣センパイはやるっすよね?」
「俺もパス。ばってん女と腰巾着が叩き潰した後にメカ野郎を改めてぶっ潰す」
「了解でーす!でも俺の事腰巾着呼ばわりはひでえと思いまーす!」
樹懸がひらひらと手を振ると、榊が元気よく苦情を呈しながら了承する。そしてそのままテレビは次の試合に移っていった。先程と同じようにわいわいと会話が続く。
「おい、イミフ野郎」
「……名前で呼んでくれない?」
「いちいち覚えらんねえんだよ」
またもや雑に漏れた会話相手の闇に、ツッコミを入れる間もなく。怪訝そうな表情で、樹懸は口を開いた。
「お前、大分人見知りする癖に、俺に対しては対応雑だよな。何でだ?」
「うーん」
へえ、わかるんだ。そんな真っ黒の本音は飲み込んで、湖上は人の良さそうな笑みを浮かべて答えを返す。
「I配属の中で、樹懸がいちばん普通っぽく見えたから、かな?」
「そうか」
嘘だ。あの面子の中でいちばん普通なのは間違いなくあげはであろう。年相応につっけんどっけんな態度をとり、こちらを睨む彼女こそが。
別に本当の理由を述べても良かったのだが、流石にどうかと思ったのだ。なんとなく同類の気配がしたから、という物騒かつ意味不明な理由など。言わぬが花というものだろう。
監獄というあだ名には似つかわしくない、あまりにもありふれたティーンエイジャーの休日の中、Irregular-1-8、湖上麗はそう思った。




