少女願いて曰く-2
「ほんっとうにごめんなさい。うちのがかなり混乱させたみたいで。ほらあんたも謝って」
暫くして。今湖上の目の前では、突然突撃してきた少女や、突如現れたお化けを追ってやってきたS2始番号──有明灯乃と名乗った、シニヨンキャップに長い黒髪をまとめた、紫の瞳を彼女が、謝罪を口にしていた。
チャイナ服風に改造され、肩が露出している指定制服のゆったりとした袖から、有明が細い手を出して少女の頭を掴んで下げさせる。
「灯乃なんで謝ってるです?ワテクシも何で謝らなきゃです?」
「あんたがやらかしたからよ……」
『有明さん、松太郎が怖がって話せなくなっちゃってるから、代わりに俺が応対するね……うん、本当に大混乱だったよ』
「いやそっちの始番号は単にビビりなだけでしょ」
「おばけ……おばけ……なんか……うしろにいる……」
有明が至極冷静に対応している反対側で、未だ松太郎が静にひっついている。まあ松太郎の発言から察するに、まだ有明の背後にそのお化けとやらはいるらしいし。あそこまで怖がっていたのだから、無理も無いだろう。
「……事情説明を頼んでも?」
一応当事者ということで、湖上も静の隣に腰かけていた。なおこちらも未だ引っ付いたままの少女については見なかったことにしている。桐子の視線が痛いので早くやめて欲しいのだが。
「申し訳ないんだけど、こっちもよくわかんないの。中央棟を歩いてたら突然かあさま!って言い出して走ってって。あいつ、見ての通りこんなんだから心配でしょ?だからとりあえず私より早いってことで、化野に追わせたんだけど」
『お化けを使いっ走りにしないでよ』
「それは別に良くない?手っ取り早いし」
「てか、結局なんなのそれ。マジモンの心霊現象?それとも幻想生命化?」
外野として突っ立っていたあげはが、至極当然の問いを投げかける。……まあ、十中八九幻想生命化な気もするが。本当に心霊現象だったら湖上は絶叫する自信がある。色々な意味で。
「幻想生命化よ。死んだ後に発動するタイプのやつ」
『そっかあ。お化け、ずっとここにいる必要ある?』
「私のそばに居た方が良いのよ、色々と。……あなたのご主人サマが大切なのはわかったから、いい加減その態度やめてくれる?ウザイし」
『^^』
相変わらずの鉄面皮に、心無しか怒気が滲んでいる気がする。再三言うが罰印がプリントされたマスクを常に身につけ、ピアスをこれでもかと開けた長身の少年がそんなことをするのは普通に怖い。頼むからやめて欲しい。
「……静くん。幻想生命化絡みなら、私が聞くから。松太郎ちゃんを連れて、ラウンジにでも行ってらっしゃい」
『……わかった』
「おばけ……」
流石に見兼ねたらしい初が、静と松太郎に退出を促す。静がどこまで自分の行為に非があったことを認めているのか定かではないが、松太郎をお化けから離す方が優先と考えたのかもしれない。素直に静が立ち上がり、未だ怯え続ける松太郎を連れ教室を出て行く。
「初さん。もしかして化野に喋らせた方がいいですか?」
「そうねえ……その方が、混乱も少ないかしら。ええ、そうしましょう」
「だってよ、化野」
そう言って有明は、手帳とペンを取り出した。何をするのだろう、と湖上が眺めていると。有明が机に置いたペンが突然持ち上がり、手帳がパラパラと風も無いのにめくれていく。都合よく開いているページで止まると、ペンが文字を書き始める、という唐突な怪奇現象がナチュラルに発生した。
「うっわなんか文字滲んでるし」
「……か、帰っていいか?」
「すごーい!」
「程々にするのよ。灯乃ちゃんに迷惑かけちゃうから」
「こっわ……」
I配属の面々が好き勝手化野と呼ばれたお化けが引き起こした怪奇現象に反応する。そして、ペンがひとりでに書き出した文章は、以下の通りである。なおそれら全て、なんかおどろおどろしい感じに滲んだり掠れたりしていて、いかにもホラーなものとする。
『俺は化野っつー幻想生命化【幽霊】をやってるやつだぜ☆くれぐれもそこの白い子は俺に触らないでくれよな!多分跡形もなく消滅するから!ついでに佐藤も触んない方がいいぜー多分なんかやばい事になる。よくわかんねえけど。まあ触らないに越したことはないな!で、そこのアホは』
死んだ後に発動する、というのならば。発動をやめてしまったら最後、単なる死体になってしまうのだろう。そんな彼が桐子に触れてしまったとしたら……想像に難くない。
「アホじゃないです。ワテクシは普通です!」
「こいつは佐藤って化野が勝手に読んでて、それが定着してるだけ」
「痛いです!暴力反対です!」
ぺし、と少女の肩を有明が軽くはたく。少女が大袈裟に痛がって見せるあたり、単なるコミニュケーションの一貫なのだろう。
「名前は無いらしいわ……で、こいつ、マジで意味わかんないの。なんか突然ここにいたり、そもそも」
告げられた言葉は、おそらくI配属の面々にとっては予想外のものであっただろう。無論、湖上だって例に漏れない。
「ここの研究員曰く、異能者じゃないらしいのよ、こいつ」
それは、異能を持った者達が集められるこの場所に置いて。明確に少女が異端であるという証左に他ならない。まあ当の本人は周囲の視線をものともせず、湖上にくっつくのを堪能しているようだったが。
「……突然ここにいたって、どういうこと?」
「文字通りの意味よ。ある日気がついたら唐突に、S-2-6はこいつになってたの。それこそ、監獄の記録まで書き変わってたらしいわよ。しかも……思い出せないのよ。こいつがS-2-6になる前、誰がS-2-6だったのか。そもそも、S-2-6が存在していたかすらわかんないの」
ひとまずぶつけてみた湖上の問いに対し、有明が深刻そうに件の少女について語っているが。湖上は、有明とはまた違う方向性でそれについて捉えていた。
「どうしたです?かあさま」
「……」
……ある日気がついたらそこにいた、正体不明の異能者ではない少女。なお、桐子に触れるのは避けた方がいいと他者が言う。
少女の顔を、改めてまじまじと見てみた。水色と青色が入り交じった髪や、同じく水色の瞳の印象が強く、表情の作り方も相まって分かりにくいが。よくよく見ればわかる程度には、あまり目付きが良くない顔立ち。
「えーっと……ちょっと、有明さんと話したいことがあって。君にとっては、退屈で、しかもかなり長い話になっちゃうと思うから、ラウンジで待っててもらっていいかな?後で行くから」
「本当です?逃げないです?」
「勿論」
「やったーです!かあさまと二人きりです!」
単純で助かった。湖上が明言していない部分についても狙い通りに誤解してくれたようだし。先程までが嘘のように、少女が湖上から手を放す。……やっと、解放された。
「絶対来てです!」
「わかってるって」
一度だけ振り返ってそう言った少女は、それ以降は特に躊躇する素振りは見せず、教室から出ていった。
「……何、やっぱあなたの方がなんかあったの?」
「おねーちゃん!?」
有明が据わった目つきでこちらを見て、桐子が驚きの声を上げる。
返す言葉もない。言い訳をしていいのなら、これを初手で気がつけと言う方が無理があると思う。湖上はそんなに鋭い人間観察眼など持ち合わせていない。後再三言うがかあさまと呼び慕ってくる理由は、正体が判明したところまるで分からない。
「俺の……予測が間違ってなければ、そうなる」
「そう。それで?」
面倒くさそうに急かされつつも、湖上は口にする。自分自身にとっても割と予想外であった、真実を。
「多分俺……あの子流に言うなら、あの子のかあさまに。ここに来る前、会ったことあるんだよね」




