無知
「兄弟って、どんな感じなんだー?」
『どうなんだろうねー』
今日も今日とて、授業中に松太郎が会話の発端を口にする。それに対して、静が真っ先に相槌を返すという意味でもある意味いつも通りの光景であった。
「いや静には聞いてないぜ。あんま参考になんないし」
『…………だよねー』
「いやなんでそんな沈黙長いんだよ」
『松太郎の役に立てないの、悲しいでしょ』
「は?」
「ほっときなさい樹懸、静はこういうやつだから」
『事実を言ってるだけなのになー(๑ ー̀εー́ ๑)』
あげはの辛辣な物言いに、静が顔文字を表示させる。とはいえ、本気でむくれているようには見えなかった。
「役に立てないってことは、お前兄弟いねえの?」
『いや、兄がいるっちゃあいるんだけど……あんまり兄弟らしい育ち方してないっていうか』
「はあ」
『聞いてきておいて死ぬほど興味無さそうだね!?』
「いやなんか面倒くせえなって」
「たしかに面倒だよなー」
『ちょっと!?』
どうやら松太郎は静の家庭事情をある程度把握しているらしい。呑気な声に、静が抗議の意を示しているが誰も取り合おうとはしなかった。
「大変なのね、静くん。私、一人っ子だからそういうことはよくわからなくて」
「俺も多分一人っ子」
「多分ってなによ多分って」
「正直もうあんま覚えてねえんだよ」
『あー……』
「あんた、ほんとそういうところだから」
「樹懸ちゃん、無理しなくて良いのよ?」
「いや無理なんかしてねえけど」
樹懸が覚えていないだけで、兄弟姉妹がいたかもしれない。そんな現実そのものに、他の面々も流石に口を開きにくいようだった。勿論樹懸は、周りが何故そのような空気になっているのか一ミリも理解していないようだが。
「つか、あげははどーなんだよ」
「たしかに、聞いたことねーな」
「中々こういう話ってしないものね。デリケートな部分も多いし」
「……あたしの話なんて、なんも面白くないわよ」
「それ、つまりいるってことだよな!?」
「いないわよ。今いないことになった」
『いやそれいるよね!?』
見事なまでの棒読みで、完全に視線を逸らしながらあげはが語る。そこまでして話すことを拒む程に、あげはにとって己のその手の話はしたくないものらしい。ここまで露骨に拒絶しているあげはは、なかなかお目にかかれないだろう。
「……仮に、いたとしても」
『いやいるでしょそれは』
「仮よ仮。ここに来てるような奴が、まともな関係構築できるわけないでしょ」
「それを言われてしまっては、おしまいよね」
「そうなのか?」
「いやなんであんた知らないのよ」
「だから外での記憶とかもう」
「聞いたあたしが悪かったから黙って」
とにかく兄弟の存在についてあげはは肯定したくないようだ。よほど、何かあるのかもしれない。
「幻想生命化に顕著なのだけれど。異能者とそうではない人って、なんだかとっても相性が悪いみたいなの。一親等以内に複数異能者がいること自体が珍しいのもあって、尚更そうみたい」
「初がなんか綺麗事っぽく言ってるけど、要は人間扱いされな──」
『あげは!今松太郎とか桐子とかいるから!流石にそれはまずいから!』
「?」
「うっざ」
ある意味残酷な真実は、伝えるのを躊躇ったらしい静によって押し止められる。この時点で、わかる人ならわかってしまうだろうから、あまり意味はなさそうだが。無事松太郎は首をひねっている。
「で、結局あげはは兄弟いるのかー?いないのかー?」
「だからいないっていってるでしょ。この話終わりにしてくれない?」
「ちぇー。あっそういえば、桐子は?」
「……んぇ、桐子ちゃん?」
珍しく一人端末を眺めていた桐子に、松太郎が会話の矛先を向ける。どうやら、話を聞いていなかったらしい。
「お前、兄弟いるのかー?」
「桐子ちゃんの、兄弟?……おにーちゃんがいるよー」
「あら」
「初めて聞いたなー!どんなやつなんだー?」
一瞬、目を伏せて。桐子は、いつもの調子で話し始める。
「かっこよくて、とっても頭が良い人だよー!」
「すっげえ兄ちゃんだな!」
『桐子にお兄さんがいるとか初めて聞いたよ』
「あんまりお話する機会がないもん」
「そうね。さっきも言ったけど、場合によっては、トラウマみたいになってしまった子もいるもの」
『あー……まあ、仕方ないよね』
桐子の兄の存在は、この場の面々のほぼほぼに置いて初耳と呼べるものであったらしい。意外そうな表情が各々に浮かんでいた。
「……てか、なんでこんなこと聞いてくんのよ」
「だって俺兄弟いねーからわかんねーんだよ!なんか気になるだろ!」
「たしかに、自分が一人っ子だと気になってしまうわね」
「そういうもんなのか」
『俺も世間一般の兄弟は気になるかなあ』
「お前なんなの?」
兄弟がいないからいる人が気になる、というのは一般的な思考なのだろう。静の家庭事情が世間一般に含まれるかどうかは置いておくとして。
「本当は暗之雲にも聞きてえけど……多分無理だろうなあ」
「あいつに個人情報尋ねるだけ無駄よ」
『兄弟とかいるのかなあ』
「いなそうだよな」
好き勝手な推論を並べ立てる。が、結局暗之雲が口を割る気配を見せないので答え合わせは不可能なのだが。
「あっ!そういえば湖上はどうなんだろうな?」
「えー……あいつ?」
「なんでそんなに嫌そうなんだパツキン」
『そういえばまだ聞いてなかったね』
「よし!聞いてみようぜー!」
わざとらしく備え付けの端末の操作に熱中するフリをしていた湖上の元に、松太郎が駆け寄って肩をとんとんと叩く。──関わりたくなかったから、盗み聞きをしていたのに。巻き込まないで欲しいのだが。
「湖上は兄弟っているのかー?」
無邪気に、松太郎はこちらに問いをなげかけてくる。だから湖上は、腹いせのように言葉を口にしたのだ。
「うん。……おねえさまが、いるよ」
虚ろな笑みを、浮かべながら。
本編に出てこなそうなやつ
恵が異能の変質を監獄に伝えた場合、問答無用でIに転属となる。なんだったら兄妹ということで一も転属になる。が、貴重な一親等以内に複数異能者が存在するケースという時点で一般的な身体強化系異能者よりは優遇されている為、恵は口にするつもりはない。というか恵自身が異能に恐怖を覚えており監獄側に伝えたくないのもある。仮に言った場合容赦なく兄と接触することになり、恵のメンタルが死ぬので言わなくて正解なのだが。




