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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
2 救済

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心配

「のう……真内。貴様、何をしようとしておるのだ?」


 あからさまにN配属の居住棟へと足を向けた、長身の青年の眼前に。迷うことなく赤神彩華は炎を舞わせた。


「……彩華ちゃんには関係ないでしょ」

「そうかもしれぬ。しかし、わらわは愚か者を救う程度の慈悲は持ち合わせているのじゃ。なにせ、わらわは赤き神の巫女──」

「放っておいてよ!」

「本当にそうして欲しいのならば、今この場で何をしようとしたのか、言え」


 青年──真内(まうち)(はじめ)は一瞬赤く染まった瞳を歪め、口を噤む。この時点で、赤神が彼を通す理由はなくなった。


「言えぬのだろう?それならば、ここを通す訳にはいかない」

「……恵に、会いに行くだけだよ」


 観念したように、真内が何をするのかを口にする。それは、赤神にとって愚かな行為そのものであった。ラウンジの机にわざとらしく腰掛けながら、赤神は真内を咎める。


「愚か者が。貴様が今妹を尋ねたところで、彼女は救われまい。むしろ」

「そんな、ことない!だって恵は、ジサツヤサンに巻き込まれちゃったんだってよ!?おれ、お兄ちゃんだからわかるもん、恵絶対怖がってるって!だから、助けに行かないと」


 真内は心の底から信じ込んでいるらしく、真剣に赤神を糾弾する。その様子は、あまりにも哀れであった。しかし、赤神にはどうすることもできない話である。


「妹君の事など、我ら天上人が手を煩わせる事など無い。下々の者に任せておけば良いのだ」

「そんなひどいこと言わないでよ!S配属もN配属もみんな同じだよ!?」


 冷徹すぎるほどにきつい物言いで、真内に対峙する。それすらも額面通りの受け取り方を本心からしてしまうのだから。赤神程度の演技を見抜けない時点で、彼が妹に会う日は一生来ないだろう。


「……わらわ達が関与するよりも、より近しい者達に任せる方が賢明だと言っておるのだ」

「おれがいちばん近いよ!」


 ここ一年近くまともに会話したことも無いくせに、何を言っておるのだ。そう返したかったが、すんでのところで飲み込む。それよりももっと、わかりやすく。この男には、伝えた方が良い。


「そんなに真実を突きつけて絶望したいのか?愚者よ」

「……?ゼツボウ?」

「──むしろ貴様が会いに行く方が、妹君は傷つくぞ」


 言葉の意味すらまともに理解できない真内に、仕方なく直接的に真実を告げる。それを聞いた彼の表情は、明らかに悲しげに歪んだ。

 ……だから、言ったのに。クラスメイトの表情を不用意に曇らせることなど、赤神はしたくなかったのだ。故にわざと、高圧的な態度を取ったのに。ままならない。


「ちが、恵、は」

「赤き神の巫女は、英雄よりも姫君を尊ぶ。故にわらわは、貴様ではなく妹君の味方なのだ」

「そんなこと、恵は、思ってな」

「貴様が妹君と最後にまともに会話をしたのはいつだ?」

「……」

「答えられぬ時点で、貴様は最早妹君の兄とは言えぬ」

「だって、恵が!」

「本当に妹のことを想うのならば、妹の拒絶を受け入れるべきだろう。少なくともわらわは、そう思うのじゃが?」


 真内一。異能の効力を上げる為、精神を破壊された異能者。幼児退行と精神年齢の固定を引き起こす異能薬物を継続的に投与され、芽すら摘まれた哀れな青年。それを見た彼の妹が何を思ったのかは──想像に難くない。彼をこうして、拒絶したのだから。


「でもおれ、恵に会いたいんだよ!」

「ここまで言っても分からないからこそ、貴様の妹君は貴様に会いたくないのだろうよ」

「……そんなこと、知らない!」


 真内の瞳が、今度こそ明確に赤く染まる。それは赤神の燃える炎のような赤とは違い、熱血な、エネルギーに満ち満ちた赤をしていた。──こうなってしまっては、彼を止めるのは些か手間と言えよう。

 異能【英雄願望】。異能者当人が持ちうるヒーロー像を、そのまま自身の肉体に反映する身体強化系の異能の最高峰。物理法則を凌駕した動きを可能とする、異能らしい異能。その真価は、本人がヒーローを信じれば信じる程強くなっていく所らしい。


「だっておれ、好きでこうなったんじゃないんだよ!?なんか大人が、薬飲めーって言うから!おれ、嫌がった気がするけど、でも気がついたら飲んでて……!」

「わかっておる。貴様は、根本的には何も悪くない」


 真内が絶叫する。それも、無理のない事だろう。真内本人には一切の責任は存在しない。責任を問えるのは監獄だけだ。故に、真内が妹に会いたいという感情のまま行動すること自体も咎めるべきではないという見方も否定はできない。

 だとしても、社会とは理不尽なもので。自分に一切非が無くとも咎められることはあるし、心に傷を負うこともある。ある意味、諦めるしか無いのだ。


「先程も言ったが、わらわは貴様の妹の味方じゃ。故に、完全なる贔屓目をもってわらわは貴様を止める」


 なにせ赤神彩華からすれば、真内の立ち場より彼の妹の立場の方が共感できるのだから。贔屓を自覚した上で、赤神はそう宣言する。


「それに、貴様だって貴様自身の味方ではなく、妹君の味方なのだろう?」

「……味方、だよ」


 混乱したように、目を瞬かせて。彼は、言葉を紡ぐ。これを引き出せただけ、勝利と言えるだろう。


「ならば、妹君のことは放っておくことだ。それこそが、今の妹君にとっての幸せじゃ」

「でも……会いたいよ」

「今は我慢しろ、としか言えぬ。いずれ妹君も割り切れる時が来るかもしれないからな」


 ……まあ、この部分については赤神の本心とは言い難いが。世間一般的な返しではあるだろう。赤神ごときの意見になぞ、大した価値は無いのだから。

 暗い話が終わり、気が抜けたのか。ふとなんて事の無いように今更な疑問を真内が口にする。


「そういえば……彩華ちゃん。なんで机の上に乗ってるの?怒られちゃうよ?」


 無論、赤神が返す言葉は決まっている。


「ふん!わらわは赤き神に愛されしもの、この程度は許されるに決まっておるだろう!」


 このあと普通に菫色に無言で怒られた。非常に解せない。

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