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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
1 贈物

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絵画

 Iの教室の一角には、ブルーシートを敷かれた場所が存在している。そこには筆やら絵の具やらキャンバスやらが散乱しており、いつもガスマスクとモッズコートを身につけた謎の人物が一心不乱に絵を描いているのだ。暗之雲と名乗っているらしいが、どう考えても偽名であると他の面々が口を揃えて言っていた。ちなみに今まで湖上は一言も会話を交わしたことは無いし、そもそも声を出しているところを見た事がない。


「おーいお前、異能使え」


 謎の人物に、会話をしかけにいった樹懸がいた。しかもその言葉を受けた暗之雲は、いそいそと何かを準備している。


「えっ!?き、樹懸ってこの人と仲良いの!?」

「うるっせえな耳元で大声出すな。いや別に仲良い訳じゃねえけどこれぐらいは応答してくれるぞ」


 思わず樹懸を引っ掴んで問いかければ、嫌そうな顔をしながらも答えてくれた。なるほど事務連絡ならば反応はしてくれるのか。明らかに他人との交流を拒絶していたから、それすらも応答しないのかと思っていた。

 湖上と樹懸がひそひそと話している間に、暗之雲は1枚の絵画を手にしていた。見事な花畑が描かれたそれは、優美でこそあったが、見た目自体は一般的な絵画と変わりなかった。


「それ……どうするの?」

「あ?入るんだよ」

「……あー……」


 そういえば、絵の中に入れるだとかなんとか、眉唾物の話を初日に聞かされていた気がする。いやさすがにそれは無いだろう、誇張表現だろう、と思っていたのだが……真実なのだろうか。異能とは、そんなになんでもありなものなのだろうか。


「それ、俺もついてっていい?」

「まーいいんじゃね?つか、怒られるとしたら俺じゃなくて女装野郎だろうし」

「うっ……ま、まあ大丈夫でしょー多分」

「んなら行くか。おら、あいつが持ってる絵に触れろ」

「うん」


 既に手を伸ばしていた樹懸に合わせそっと触れると、固まった絵の具のつるつるとした不思議な感触が指に伝わる。そしてそのまま、視界がぐるりと回った。


「いぎゃあっ!?」

「うっせえな、そんなに驚くことか?」


 そのままの勢いで地面から伝わる感触が、硬いリノリウムからやわらかなものへと変わり、体勢を崩しかける、がなんとか踏みとどまれた。隣で樹懸が冷たい視線を投げかけてくるが、今はそれどころでは無いのだ。

 冷たい灰色の無機質な空間から一転して、花々が咲き乱れ、風に合わせてそよぐ。その光景は正しく、先程暗之雲が手にし、湖上と樹懸が触れていた絵画そのものだった。


「うっわすご。えっ……えっ!?」


 しゃがんで触れてみれば、生花の感触がする。なんだったら花の良い匂いもする。ついでに気温もほんのりと暖かく、明らかに春の陽気だ。間違っても全館空調とかではない。絵の中に入れる、誇張表現が一切無いとは、全く恐れ入った。


「すっげえ花触れるし匂いするし」

「そんなにか?」

「そんなにだよ!だって絵の中に入れるって謳い文句だけど、これってつまり」

「喜んでもらえて歓迎だわ~」


 湖上が1人舞い上がっていると、いつのまにか花畑に見知らぬ少女が佇んでいた。鮮やかな黄緑色の長髪にはこれまた鮮やかなメッシュが混じり、高い位置で二つに結われている。指定制服の上からエプロンを身につけた彼女は、人当たりの良い笑みを浮かべた。


「きみが例の新人くん?アタシはルナサン。この世界の案内役だよ~」

「あ、案内役っ!?ってことは君はここに住んでるの!?」

「住んでる、というか。いるって設定かな~。ほら、創造主さま(まえすとろ)は人と関わるのが苦手じゃん?だから代理人ってことで、アタシが創られたの。本当は創造主さま(まえすとろ)も出てこれるんだけどね~」

「おい派手ツインテ。俺は実験のためにここに来てんだよ」

「もお~海漣(みれん)ったら相変わらずアタシの名前覚えてくれないんだから。てっきり新人くんをアタシに紹介してくれるのかと思ったのに」

「で、実験はやっていいのか」

「いいよぉ。でねでね、新人くん……湖上、であってる?創造主さま(まえすとろ)がちゃんと聞き取ってなかったみたいで」

「あってるよ。湖上麗、よろしく」


 ルナサンとそうしてにこやかに会話をしていると、徐に樹懸がいつも身につけている白手袋を外し、かがんで足元の花に触れた。彼の虹彩が毒々しい紫に染まると、それが始まった。

 瞬間、あれほど瑞々しく咲いていた花が生気を失う。異様な速さで萎れ、乾き、やがてはらりと跡形もなく花弁を散らしてしまった。そしてそれは隣に咲いていた花にも伝播しているようで、徐々に枯れ落ちる花々が増えていく。そんな状況下でも冷静に、樹懸は手袋を再度身につけた上で、何らかの機械を土に突き刺し操作している。


「……これが前言ってた、樹懸の異能?」

「ああ。これは多分、人間に使ったら一瞬で体内の水分が蒸発して風化するんじゃね?」


【触毒】。素手で触れた生物の体内に毒物をランダムで生成する異能。ランダムであるが故に、遅効性か即効性か、致死性かそうではないかなど効力に差はあるようだが。強力な毒を引いてしまえばどうなるか、が現在の光景なのだろう。これが人間でも同じことを起こせるなれば、たしかにぞっとするものがある。


「えっぐ。てか、止めなくていいの?」

「検査結果が出たらツインテ女に止めてもらう」

「それぐらいならお安いものよ~」

「そんなこともできるんだ」

「なんたってここはアタシと創造主さま(まえすとろ)のテリトリーだからね!」


 えっへん!と豊かな胸を張るルナサン。そんな彼女を他所に樹懸は機械をじっと眺めている。と、ピーっと明らか電子音が響いた。それを合図に樹懸が機械を取り外せば、枯れ果て土壌すら露出していた場所に花々が再び芽吹いた。……いくら自分のテリトリー限定とはいえ、中々滅茶苦茶な異能では?


「それにしてもさ、湖上ってすごいよね~」

「?」

「こいつになんかすごいとこあったか?」


 湖上と樹懸が疑問を呈すも、ルナサンは言葉を続ける。


「だってこ~んなにかわいいのに、男の子なんでしょ!すごいよね~アタシみたい!」

「アタシみたい……って……」


 待って欲しい、ひょっとしてこの少女は同類とか言い出したりやしないだろうか。いやさすがにそれは無い、それは無い、と思いたいのだが。自分を全力で棚上げした思想ではあるが、こんなにかわいい女の子が男とは認識したくないのだが。

 無論、樹懸もフリーズしていた。しかしそんな彼らの様子も、ルナサンは勘案してくれないらしい。


「アタシ、見た目はだいたい女の子だけど~、女の子のとこも男の子のとこも、両方あるんだ!」


 斜め上だった。


「えっなんで?いや本当になんであるの?暗之雲の趣味?暗之雲ってそういう人なの?樹懸知ってる?」

「いや知らねえよ俺だって初耳だからな!?」

「ん~なんか、アタシはぶいちゅーば?にインスピレーションを得て創ったんだって。そのぶいちゅーば?には男の子も女の子も両方いるって創造主さま(まえすとろ)が言ってたの。この場所はまえすとろの認知でできてるから、アタシにその認識が与えられてこうなったんじゃないかな?」

「……つまり、事故?暗之雲が故意にやったとかではなく?」

「そうだね~。まあ、創造主さま(まえすとろ)は仕事に支障がなければいいって言ってたし。アタシは気にしてないよ~」


 楽観的に笑う彼女……彼女?はそう言った。ぶいちゅーばとやらについて、湖上は生憎存じ上げないが。とりあえず暗之雲がその辺に疎いことは何となくわかった。それと、関心が限りなく薄いらしいことも。


「おい、女男。そろそろ戻るぞ」


 しばらくそのようにルナサンや樹懸と談笑した後、樹懸がそう切り出した。


「あっごめんね~海漣。もしかしてアタシ引き止めちゃった?」

「別に」

「戻る時はどうすればいいの?」

「アタシが念じればすぐに戻れるよ」

「そっか。それじゃあまた。あ、今日はありがとね」

「うん!また今度ね~湖上。後海漣も!」

「わざとらしく付け足すんじゃねえよ」


 湖上が手を振り、ルナサンが振り返す中、再び視界がぐるりと回る。そうすれば一瞬で、元の無機質な空間へと早変わりだ。覚悟は出来ていた為先程よりは安定して体勢を留める。背後では変わらず暗之雲が筆を握っていた。そんな彼もしくは彼女に、湖上はやや興奮気味で声をかける。


「すごいね!暗之雲。あんなことができるなんて!」

「……」

「無視されるっての、忘れてたのか」

「……だって、ルナサンはあんなに饒舌だったのに」

「ジョーゼツ?は知らねえけどルナサンとこいつを一緒にしたらやってらんねえぜ?」

「まあ、それはそうなのかもしれないけど」


 こんなことを話している間も、特にこちらを気にかける様子もなく暗之雲は無言である。流石と言うべきか、もう少しコミニュケーションを取るべきだと諭すべきか。


「俺はこの結果提出してくるから」

「うん。いってらっしゃい」


 早々に去っていった樹懸を他所に、湖上は暗之雲をじいと眺める。その間もずっと、飽きることなく暗之雲は絵を描き続けていた。絵の具を筆に取り、キャンバスに塗りつける。その、繰り返し。


「暗之雲って、とってもお絵描きが上手だよねー」

「あっ、桐子ちゃん」


 いつの間にか、真白の少女が隣に立っていた。暗之雲の手元を見詰めながら、桐子が続ける。


「暗之雲って、ここに来た時からずーっとお絵描きしてるんだよ」

「ずっと?」

「うん。桐子ちゃん達が自己紹介してた間も、ずーっと」

「そんなに絵が好きなんだね」

「だよねー。でも、多分それだけじゃなくて──。そうでもしなきゃ、耐えられなかったんじゃないかな」


 妙な重さを持って、その言葉は湖上へと響く。え、と聞き返すまもなく、桐子はいつもの調子で湖上に笑いかける。先程までの空気など、まるでなかったかのように。


「だーかーら。おねーちゃんも辛かったら言ってね?桐子ちゃんが一緒にいるから!」

「そうだね」


 ひとまず湖上は、その場のノリに合わせておくことにした。

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