捕獲
美少女に詰め寄られる。字面だけなら、男にとっては垂涎物のシチュエーションであるのかもしれない。
「あんたなんでまた勇希と仲良く話してんのよ!」
ただし、本格的な身の危険を感じなければの話だが!
現在湖上の首筋のすぐ横に、血液で形作られた深紅の槍が突き刺さっている。抵抗すべき手は、当然のごとくいつか見た血液による拘束が施されていて。とどめのように、夜宮自身が湖上へとその豊満な身体を近づけている。柔らかな金髪が、湖上の頬をくすぐるが──はっきり言ってそれどころではない。
「い、いやそんなこと言われても!向こうが話しかけてきたんだって!」
湖上からはそうとしか言えなかった。実際それ以上でもそれ以下でもないのだ。たまたま中央棟を歩いていたら聖棺に出会い、少し談笑してから別れた。本当に、それだけだというのに。何故こんな目にあっているのか。
「て、てかさ!俺よりよっぽど距離近いS1の人達とか、N配属の人達とかはどうするの!?」
「安心なさい、私は平等だから。S1はともかくN配属もあんた並、むしろそれ以上の目に遭わせてるわよ!」
「それ平等って言えるのかなあ!?」
「私が平等って言えば平等なのよ!」
理不尽すぎやしないだろうか。
「や、夜宮さんは俺にどうして欲しいのさ!」
「ちょっと憂さ晴らしに付き合って欲しいだけよ」
「何もちょっとじゃないよね!?俺一歩間違えたら死ぬよ多分!」
「何言ってんの死なすわけ無いでしょ」
「本当に!?」
「I配属を殺したら、さしもの私でも処罰は免れないもの」
「そこ!?」
完全にサンドバッグ扱いである。湖上としてはとにかく早くこの場から逃れたいのだが。少々体の動かし方を間違うだけで、槍が首筋を撫でるであろうことは想像にかたくない。どうしろと。
「あのねえ!勇希に私を見てもらうためにはこうでもしなきゃやってられないのよ!」
「はあ……」
「興味無さそうにしないでくれるかしら!?私、一番勇希の傍にいるのに、頑張ってるのに、愛されるのは顔も知らないN配属の方が確率が高いのよ!どうしようも無いのよ!どうすればいいのよ!?」
「し、知らないよ……」
夜宮が喚き散らしているが、あいにく湖上は聖棺勇希という少年についてそこまで詳しい訳では無いのだ。……しかし、N配属の方が愛される確率が高い、という夜宮の言い分はどういうことだろうか。恋愛なぞまるで詳しくない身とはいえ、普通に考えれば身近な人を好きになる確率のが高そうに思えるのだが。
「だって、俺より夜宮さんの方が圧倒的に聖棺くんについて知ってるでしょ。俺に聞かれても何もわかんないって!」
「わかってるわよ!それに、あんた達に比べたら私の方がまだ確率あるし!」
「だからどういう基準なの……?」
要領を得ない話題に、湖上がついに夜宮に問いをなげかける。すると、夜宮はえ、とでも言いたげに表情をゆがめた。
「何で知らないの?I配属とS配属の死体は監獄に回収されんのよ。常識なんだけど?」
「えっ」
いや、まあ。よくよく考えればありそうな話ではあるのだが。こんな場所がまともに葬儀など行っているとは思えないし。問題は、何故それが夜宮の愚痴に関わってくるかという話であり。……そう、いえば。いつだったか、聖棺が生きてる人には興味が無い、と言っていた気がする。まさか。
「……聖棺くんって、死体にしか興味無いの?その、恋愛的な意味で」
「そんなことすら知らずに勇希に近づいてたの!?」
「知るわけないじゃん他人の性癖とかぁ!後俺は聖棺くんに近づいてないって!ていうかそもそも俺、男に興味無いから!」
先程から自分は正論を述べ続けているはずなのだが。何故こちらが罵倒されなくてはならないのだろうか。……たしかにそれならば、色々辻褄が合うのかもしれない。控えめに言って美しいこの少女を、聖棺が相手にしていない事だとか。あげはが聖棺をイカレ王子と評した理由だとか。
「はあ~~~~~バッカじゃないの!?」
「いやそんなこと無いからね!?」
「勇希は老若男女節操無しなのよ!」
「お、おう」
つまり人間の死体なら最早なんでもいいと言うのか。範囲が広いのか狭いのか、もはやよく分からなくなってくる。いやオンリー死体ということは、人間は必ずいつかは死ぬのだから、ある意味人類皆射程圏内……考えるのをやめたくなってきた。ところで自分の関与していない場所で恋愛的なあれやこれやを暴露されている聖棺勇希は大丈夫なのだろうか。
「でもそれってつまり、俺が悪いんじゃなくて聖棺くんが悪いんじゃ」
「何言ってんのよ勇希に擦り寄ってくる奴らが悪いのよ、大体──」
「何をやっているんだ、ほおずき嬢」
夜宮がまくしたてようとしたその時、通りがかったらしい少年が彼女に声をかけた。……先日、雪月と共に覗き込んでいた食堂にいた、あの青髪の少年だ。何故か西洋人形を手にしながら、その人形じみた美貌を夜宮へと向ける。
「……勇希に近づいたやつを、捕まえたのよ」
「その程度で勇希が振り向かないということなど、君が一番わかっているだろう?無駄な行いはやめた方が良い。それに、そちらのレディにも失礼だ」
「そう、だけれど」
「ほら」
「……」
不服である、という感情を一切隠そうとせず、夜宮は槍を液状に戻し、体内へと吸収していく。同様の手順で両手の拘束も解かれた。思わず、安堵のため息が漏れる。
「申し訳ない、レディ。ほおずき嬢はかっとなりやすいんだ。非礼を詫びよう……ほおずき嬢も」
「なんで、私が」
「元はと言えば君の失態だ。君自身が詫びずどうするんだ?」
「……悪かったわよ」
「い、いえ、あの、大丈夫、だ、から」
さながら物語から飛び出したかのような振る舞いで、少年は優雅に謝罪を口にする。場の空気に流され、湖上からぎこちない言葉を引き出させるぐらいには、湖上は混乱していた。
「そんなやつに、そんな大それた礼儀を払わなくて良いわよ」
「君の言うそんなやつ、はあくまで君の中の基準だよ。僕にとっては彼女は君に難癖をつけられてしまった哀れなレディでしかない」
「いやだから、そいつ男よ?」
少年が橙色の目を見開く。が、すぐに平静を取り戻した。
「それはそれは、失礼した。とてもかわいらしい容姿をしていたから、つい。僕は透谷青詩という者だが。レディ──いや、ミスタの名前を聞かせてもらっても?」
「……湖上、麗」
「よろしく。しかし、とてもかわいらしいミスタだ。その指定制服の着こなしも、よく似合っている」
長い睫毛がふるりと揺れ、口からは歯の浮きそうな褒め言葉が飛び出す。それらを何の違和感もなく、透谷は成立させていた。……これは、湖上個人の意見だが。全体的に芝居がかった所作とはいえ、聖棺より余程モテそうな気がするのだが。
「……あんたも大概よね」
「美しいものを美しいと称えることを躊躇する必要性がどこにあると言うんだい?僕は単に、事実を口にしているだけだよ」
「嫁に愛想尽かされればいい」
「この程度は浮気に入らないさ。紳士の嗜みだよ」
何だか今、とんでもない言葉が聞こえた気がしたのだが。透谷の見た目年齢は、どう考えても湖上と同年代であり、婚姻が可能とは思えない。単に、彼自身が勝手に言っているだけなのかもしれないが。
「帰る」
ぷい、と夜宮が踵を返す。どうやら、透谷に介入され、湖上に八つ当たりする気分ではなくなったらしい。
「全く、君は……すまない、僕達はここで失礼させてもらう。また会おう」
「あ、えっと、バイバイ」
芝居がかった挨拶に、なんと返したものかと長考する時間などないので、妙に幼い返しになってしまった。さて、そもそも自分は何をするためにここまで来たのだっけ、と振り返り──湖上は思い出してしまった。自分は実験に呼び出されて向かっていた時に、夜宮に捕まったのだということを。
「……あっ」
時刻は既に予定時刻をすぎている。湖上の額に汗が伝う。今日の湖上はふんわりと膨らんだスカートにヒールのブーツと、完全に運動向きでは無い服装をしている。とにかく一分一秒でも急ぐしかない、と湖上は歩みを早めた。




