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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
2 救済

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55/551

苦手

 いたたまれない、という視線を向けられているが、早急に諦めた方が精神衛生上良いと思う。と湖上はお手洗いで誰かと鉢合わせする度に思っている。


「……」


 表情筋が硬い方であるはずの静が、露骨に動揺しているように見えるのは気のせいでは無いのだろう。確かに客観的に考えて、絵面が最悪であることはわかるのだが。今のところ、湖上は服装を改める予定は無い。やはり慣れてもらうしかないだろう。静から少し離れたところで用を足しながら、そんなことを考えていた時。



「……あー、すまねえ。やっちまった」



 背後からガラの悪い口調で話す少女の声が、聞こえた。



「ひょあっ!?」


 悲鳴と共に反射的に振り返る。そこにあるのは洗面台と鏡だけであるはずだったのだが……鏡からゴシックロリータ調にコーディネートされた指定制服を身に纏う、少女の上半身が飛び出していた。くすんだ桃色の髪をサイドテールにした、湖上が絶対に出会いたくなかった彼女は、まるで鏡のような瞳に湖上を反射しつつ、口を開く。


「自分も大概だと思ってたが、まさか自分以外にも野郎の便所に突撃するのが趣味の奴がいるとはな。世の中って随分と広えんだな?」

「お、俺そんな趣味はないよ!?男だからね!?」

「冗談だ、静くんから話は聞いているし、さっきお前のソーセージが見──むぐっ」

『鏡香ちゃん!?異能で遊ぶのはやめてって言ったよね!?』


 沢谷の口が、こちらに駆け寄ってきた静によって塞がれる。そのような状況でも、冷静に突きつけられた端末の文字を一瞥していた。しかしそれでも文句はあるらしく、もごもごと口を動かしている。静はその様子を見て、口を塞ぐのをやめたかと思ったら、沢谷を鏡から引きずり出した。

 ……できることならそのままにして欲しかったのだが!?なぜそのような余計なことをしてくれやがったのだ。


「随分と乱暴じゃねえか。うら若き乙女に対する扱いがなって無えぞ?」

『男子トイレ覗いてくるような人に使う礼儀なんてないからね』

「さっきすまんって謝っただろ?つか、自分だって好きで覗いてんじゃねえ。繋がる箇所がランダムなのがいけねえんだよ」

『だったら使わなければいいでしょ!誰も使ってくれって頼んでないんだから!』

「スリルって大事だろ?」

『こんなとこで求めないで!』

「あのー……流石にここで、話すのはまずくないかな?」


 口論を始めた二人に対する湖上の一言で、鏡香が黙り込み、静は画面から文字を消した。もしかしたら忘れているのかもしれないが、現在地は未だ変わらず男子トイレである。いくらここがI配属の居住棟であるとはいえ、完全に誰も来ないというわけでもないのだから。


『鏡香ちゃん、暇だよね?ちょっとラウンジに行こうか』

「完全に逃す気ねえよな」

『麗も来てね?謝罪させるから』

「えっうん」


 逃げる気しかなかったのだが?










「自殺屋さんのクソの一件の時は、まともに話す暇もなかったからな。Irregularの新人さん?」


 一通りの謝罪が済んだ後、沢谷がこちらを興味深そうに眺めてくる。……居心地が悪い。頼むから、関わらないでほしい。いや既に手遅れな現状は百も承知なのだが。それでも、嫌のものは嫌なのである。


「……ど、うも」

『湖上麗ちゃんって子で、これでも男の子なんだよ』

「…………湖上?」


 首を傾げ名を反芻する沢谷。だから会いたくなかったのだ!と、許されるならば今この場でそう叫びたい。覚悟はしていた、していたとはいえ心臓に悪いものは悪いのである。そもそもこの年齢でこの場所に介入している沢谷の、しかも何故か配属生としての籍もあるらしい少女。厄介であることは最早確定事項だと言うのに。針のむしろすぎる。


「えっと、沢谷鏡香さん、で合ってるよね?」

「ああ。N配属でやらしてもらってる」

『鏡香ちゃん、変わり者もいいところだよねー』

「てめえも人のこと言えないだろ」


 露骨に話題をそらす。自分について話題にされたら、どこに飛び火されるかわかったものではない。なにせ相手はとんでもない化け物だ、情報を渡さないに越したことはない。これなら観数相手の方が百倍マシだ、何せ意味が無い。


「つか、静くんから聞いたが片目しか色変わんねえとか、ある意味クッソレアじゃねえか。見せてもらってもいいか?」

「えっ」

『鏡香ちゃん、研究者基質というか。好きなんだよね、異能そのものが』

「まあ自分の専門は薬学だが。こんな未知の塊に対して興味を持てないとか、研究者として終わってるだろ?見せてくれよ、頼む」

「えぇ…………いや、まあ……いい、けど」


 本音を言えばまるでやりたくない。が、やらなくてはこの場が収まらないのであろうことは湖上も何となく察している。要求が簡単なうちにこなすべきなのは、わかりきったことなのだ。故に湖上は、渋々異能を使ったのだ。


「おお……!」


 沢谷が、心做しか目を輝かせてこちらを覗き込んでくる。自分より少し年下とはいえ、同年代の少女が至近距離でこちらを見てくるという状況は色々と微妙な気持ちになる。そして、そんなことを考えてすらいられない諸々も踏まえてしまうと。早く、この場から解放されたい。


「異能を発動した際にどうして虹彩の変色が起こるかまるでわかっちゃいねえが、総じて両眼ともに色は完全に同じになる。異能発現段階で変色し、そこからは発動、非発動に関わらず変色したまんまっつー事例もあるが、確率は低いとはいえ複数確認されてるそれと比べちまえば」

『鏡香ちゃん、落ち着いて』

「価値は、桁違いだ。あ゛ー!なんでこんなクッソ楽しそうなのに自分を関わらせてくれねえんだよお上はよぉ!」

『そういう反応するからじゃないかな』


 静が至極冷静に沢谷を窘める。そのままの流れで、この会そのものをお開きにして貰っても構わないのだが?というかしてくれ。そんな湖上の願いは、受け入れられないようだった。


「自分のとこに来ないか」

「え゛っ」


 自分より年下の少女に、口説かれている現実は。気のせいだろうか?ずい、とこちらに迫って。さりげなく湖上の手を握って。一瞬で感情論に振り切れた思考回路が、頬を赤く染めるという結果を湖上にもたらす間にも、やけにキリッとした表情で沢谷は話を続ける。


「待遇は保証する。こう見えても結構利益は上げてるからな。まあうっかり殺しちまうかもしれないが……ここにいるよりかは、長く生きれると思うぜ?」

「!?」

『突然何やってるの鏡香ちゃん!?ほら麗がびっくりして固まっちゃったよ!?』


 冷静に考えると口説き文句ではない気がするが、状況が殺しにかかっている。やめて欲しい、何故自分は心の底から遭遇したくないと願っていた相手に口説かれているのだ!?このパターンはまるで予測していなかったのだが!?混乱する思考は、湖上にフリーズという結果をもたらした。


「ほら、どうだ?」

「……いや、その、あの……それ、お、俺君のヒモってことにならない?」


 混乱していたせいで、どう考えても的はずれな言葉が口から飛び出る。


「別にいいだろ」

「な、なにもよく、ないと思うけど」

「自分と湖上は年齢ひとつしか変わらねえって静くんが前に言ってたぜ。同年代に養われんなら別にいいんじゃねーの?」

「だから、そ、そそそういうことじゃ」

『はいストーップ!鏡香ちゃんその辺にしとこうか!』


 いよいよ会話の雲行きが怪しくなってきたところで、静が沢谷の口を塞ぐ。……助かった、のかもしれない。少なくとも、あの論点のズレた地獄のような会話からは逃れられたと言っていい、と思いたい。


『ほとんど初対面の人を困らせちゃだめだからね!?』

「むーっ!……っぷは。連れないな。場を和ませるための小粋なジョークだろ。まあ5割は本気だが」

『半分本気なのはジョークって言わない!』

「ひえっ……」

「安心してくれ、頷いてくれた奴は今んとこいねえよ」

『待って何人に話したの!?」

「S-1-5とS-3-3には話をした覚えがあるな。ま、S-1-5はS-1-4の方が過剰反応しちまったし、S-3-3は何か、恋人がどーのこーのとか、意味わかんねーこと言ってたぜ」


 反射的に震える。あの己をモルモットにしたいという発言は半分は本気だったのか?だとしたらありとあらゆる意味で湖上は沢谷の正気を疑うのだが……いや、既に正気では無いのかもしれない。そもそも限りなくファーストコンタクトに近いあの瞬間自体、現場が男子便所だったのだから。正気も欠けていてついでに警戒対象、どうしてこうなった、湖上が何をしたというのだ。


「まっ、そういうことだから、今後ともよろしくな?まだ明確に拒否の返事ももらってねえし、希望はあるって信じてるぜ。……随分と、物事を知っているらしいからな。逃すのは惜しい」

「何がそういうことなのかまったくわかんないんだけど!?てか俺、そんな特別頭良かったりしないから、求められても困る」


 ああほら、やっぱり。そう言いたくなる衝動を抑えて、当たり障りのない返答を返す。先程も述べた通り、弱冠15歳で異能薬物の研究に携わっている怪物がキレ者であることは、最早必然だろう。そもそも彼女は湖上が名乗った瞬間から、湖上が全てを知っている前提で話していたし。

 厄介な少女に目をつけられた、と湖上は今後の先行きに、鬱屈とした感情を加算した。

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