私怨
「──こんなしょーもないことの為だけに呼び出すな」
悠堂游が座るパイプ椅子から、机を挟んで座らされたS3の始番号と、悠堂の隣に座る女性。始番号の方は一方的に避けられているから詳しくはないが、女性の方はよく知っている。水伐莉亜禰、S1始番号にしてS配属の配属総代たる女。今日も今日とて指定制服の裾をずるずると引きずっている。そんな二人に自身の眼を向けて、得られた情報に対する第一声が先程のものだ。
「しょうもなくないわよ、悠堂。重大な事件よ」
「どこがだ。こんなんいっつもやってるだろうよ」
水伐の言う重大な事件とは。単にいつものコンビによるいたずらである。S3始番号こと菫色と彼女といつも一緒にいる榊がいつも通り共謀しただけらしい。ただ内容が、夜宮が貧血で倒れている所に、血をまき散らした上ついでと言わんばかりに血文字でダイイングメッセージを添え、素早く離れて何食わぬ顔で聖棺を呼び出すというものであっただけで。
「たしかにくっそ不謹慎だが、聖棺を連れて来てんだから結果オーライじゃねえか?つか、こいつらもそれわかってるから無駄に素早かったんだろうよ。ここまでやる必要マジで無えだろ」
「あなたはただ自分が面倒なだけでしょうよ」
「お前もただ聖棺に甘いだけだろうよ」
夜宮にはまるで甘くないということがミソだ。奴は夜宮がかわいそうなどとは大して思っていない。哀れんでいるのはあくまで聖棺だ。……何故彼女がこうなったのか、悠堂はそれを知ってはいるが、頼むから巻き込まないでくれという気持ちしかない。自分と同じく巻き込まれた菫色は災難だが、諦めてもらうしかない。
改めて菫色に視線を向ければ、露骨に避けられる。まあ、こんな対応を取られることも、とうの昔に慣れてしまったのだが。
「俺もお前も早く解放されたいだろ?だから協力してくれ」
「……」
言葉という形で他者に意志を伝えるのが致命的に不得意らしい彼女が。悠堂を避け、榊に懐いているのもある意味で当然であろう。榊の異能【伝受】。性能としては悠堂の異能の明らかな下位互換であるらしいそれは、他者が伝えたいと願ったことしか知ることができない。しかし菫色にとっては、何物にも代えられない救いとなったらしい。
「聞いたからな」
「……」
あからさまに逸らされたままの視線。しかしその場から逃走するという手段を取らない辺り、完全に拒否できるとはは思っていないらしい。ならば、やるだけだ。
「失礼」
形式的な謝罪と共に。慣れた手つきで悠堂は自身の長い前髪を掻きあげた。瞬間、菫色と水伐がびくりと肩を震わせる。当然だろう。悠堂の額に鎮座するこの「眼」は、一般的な人間からすれば嫌悪感を抱かずにはいられないのだから。白目であるはずの部分が黒く染まり、黒目であるはずの所まで赤く染まった異様な眼を、まっすぐ菫色へと向けた。
怯えるように視線を逸らしたままの菫色と、視覚では通常認識できないはずの情報とを同時に受け取る。正しい意味での視界に映る彼女は何とも嫌そうで、水伐の意図が透けて見えた。
「うわあ……お前、よくやったな」
「……!」
菫色が無表情のまま、グッ、と親指を立てている。1ミリも懲りていないことが存分に伝わったので悠堂は口を開いたのだ。この状況こそが彼女に対する罰だと言うのなら、加速させてやろうと。
「水伐。これ榊だけじゃねえ、普裁も関わってる」
「……!?」
「あら。どうして?」
「夜宮の周囲にまかれてた血液、あれ輸血パックちょろまかしたとか、ジョークグッズとかでもなく、マジであいつら自身のやつだ。血を抜いた後、普裁が治したらしい」
「あの子ったら……後で沈めないと」
水伐が声音を一段低くして呟くが、悠堂は鮮やかに聞こえていないフリを決め込む。これで、夜宮が怒り狂ってこの場に出てこない理由がわかった。夜宮からすれば、愛しの聖棺に絡んだという意味でこそ引っかかるが、貧血で行き倒れているのを対処可能な人物に頼んでくれたという側面もあるのだ。かつ、撒き散らすのと血文字に使われた血は、ジョークグッズなどではなく正真正銘本物の血液である。血を操れる夜宮からすれば、応急処置を九割型施されたことに他ならない。故に、諸々合わさって怒るに怒れなかったのだろう。まあ、夜宮がキレるより先に聖棺がキレていたから、という確率もあるが。
「つか、血文字で書かれてたのってお前の名前だったのかよ。道理で無意味に騒いでると」
「うるさい」
菫色に目を向けて初めてわかった辺り、水伐は教えたくなかったのだろう。それでも菫色に苦痛を与えるために悠堂を呼び出したのだ。相変わらず、妙な所は真面目で面倒くさい。
……夜宮がダイイングメッセージとして水伐の名を挙げる事に不自然さがない現状を、水伐がどう捉えたかは想像にかたくない。それも、同配属とはいえ他クラスにまで知られているのだ。きっと、自己嫌悪やらなんやらで大変なことになったことだろう。
「これで気は済んだだろ。俺はもう帰る。菫色も帰っていいぞ」
「……」
「ええ、菫色さんは帰ってもらって構わないわ。けれど悠堂、あなたは別よ」
「は?」
悠堂の逃走は、水伐に腕を掴まれて呆気なく終わる。別に振りほどいたら手加減できないとか、そんな格好の良い理由ではない。本当に振りほどけないだけだ。
水伐から悠堂よりも先に解放宣言を出された菫色は、悠堂の状況を見ておろおろとしているものの、自分が助けるという発想には至らなかったらしい。巻き込まれたくない、とでも言いたげにそそくさと退出していく。
「決まってるでしょ、これから榊さんと普裁の尋問をやるのよ」
「お前一人で勝手にやってろ!つか、尋問ってだけなら俺より適役がいるだろ!?」
「わかってて言ってるでしょうあの人は女相手じゃなきゃ動いてくれないのよ!」
「俺を引きずるぐらいなら刺川を生贄にしとけ!」
「あなたを引きずった方が100倍楽よ!」
と、そんな感じで悠堂は全身全霊全力の抵抗を行ったのだが。あいにく、長期間投薬されたこの体は大した抵抗は出来ないので。結局、榊と普裁の尋問まで付き合わされることとなった。




