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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
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疑惑

 たまたまお手洗いから帰ってきた所だった。


「ねえ」

「ひょあっ!?」


 突然気配も無く、不機嫌そうな声が背後から聞こえてきた。間抜けな悲鳴を上げ、反射的に振り返る。そこにいたのは一見して染髪とわかる金髪をひとつに結った、派手な少女だった。


「あげは……驚かさないでよ」

「別にいいでしょ」


 ツン、とそっぽを向かれる。湖上の一個下らしいあげはは、なぜだか知らないが湖上に対する当たりが強い。自分は何かしてしまったのだろうか?と当初は首を傾げていたのだが、初曰く大体の人に対してはこのような対応らしい。少しほっとしたが、それでもあまりいい気分にはならない。


「えーと……」

「何?」


 何故か教室のドアの前で仁王立ちしているあげはに目線を向けるも、一蹴されてしまった。どうしよう。


「いや、その、どいてくれないかなーって……」

「あたし、あんたに用事があんだよね」


 どうやら湖上の意見は取り入れられない方向性らしい。あげはは湖上に用事があるそうだが、湖上はあげはに対して用事など無いというのに。


「あんたってさ、なんで抵抗しないの?」

「……へ?」

「ここに来たばっかりの奴らはね、他配属からの転属でもない限りは暴れたり、必要以上に悲観したり、自殺しようとしたりすんの。まあ、突然誘拐されたり親に売られたりした上、事実上あなたの余命は残り数年ですーって無責任に言われんだから当然よね。でもあんたはちがう。あんたは抵抗も悲観もしない。ただそのまんま。なんで?」

「……」


 その目は明らかにこちらを品定めしにきている。どうやら完全に信用されていないらしい。さて、どう答えたものかと逡巡する。流石にこれは他人に言いたくないのだ。最初から、馬鹿正直に話す気は全く持ち合わせていない。……ならば、大雑把に上澄みだけ口にすればいい。


「俺、目的があってここに来たから」

「……目的?こんなクソみたいな場所に?」

「うん。というか、樹懸とかも多分そうだよね?別に俺なんて珍しくもなんともないんじゃないの?」

「あーゆー系かよ。面倒くさっ」


 あげはが吐き捨てる。しかし、この場に来ても精神の均衡を欠いていない時点で、この場所に来ること自体に目的や意味がある事が大半だろう。無論、一部の特殊な例を除いてだが。


「というか、あげはは違うの?」


 彼女の理論と自分の憶測によれば、目的や意味がなければ気が狂うらしいが。あげはは至って冷静を保っている。ならば、何か目的や意味があるのではないか。しかしその予測は、あっさりと切り捨てられる。


「あたしは、単に逃げらんなかっただけ」

「そっか」


 端的に、無感情に放たれたその言葉は。外見や年齢からは計り知れない諦観を、短い言葉には見合わぬ複雑なものを含んでいた。相槌だけを残して、暫く場に重苦しい空気が充満する。……なお、湖上は決してコミュニケーションが得意な方ではない。普通に異性と気まずい雰囲気なった時の対処法など分からない。あげはがどうなのかまでは知らないが、しかめっ面のまま無言である。はてさて、どうしようか。


「ね、ねえ」

「お前らこんなとこで何やってんだー?」


 湖上が意を決して口を開いたその時、丁度教室から松太郎がこちらを覗き込んできた。そのお陰で陰鬱な空気は霧散し、内心ありがたく思っていると、松太郎が碧眼をきょとんとさせた。


「ちょっとこいつと話してただけ。松太郎は気にしないで」

「新入りいじめんじゃねーぞ、あげは」

「いじめないわよ、面倒くさい」

「あはは…… 」


 つまり面倒くさくなければいじめるのか。若干湖上は今後が不安になった。


「似てんのはわかるけどよー、かわいそうだろー?」

「似てる?」

「は?何が?」


 松太郎の発言に、湖上どころかあげはでさえ疑問を呈した。特にこれといって共通点は無いように思える。かたやギャル、かたや女装男子である。どこをどうしたら似てると言えるのか。というか、あげはも首をひねっている時点でお察しである。


「だって、あげはも麗も異能そのものの強さでここにいるわけじゃないだろ」


 えっへん、といった効果音がつきそうな素振りで、彼が言う。言われてみれば確かに、と湖上は口を開いた。


「……あげはの異能って、たしか存在感を強くする異能だよね?」

「そうね」


 そこだけ切り取れば、確かに異能自体が強力か否かでI配属にいる訳では無いのだろう。……と、いうか。むしろ何故それだけでIrregular配属になれるのだ?


「でもあんただって、瞳の変色が片目しか起こんないだけで、異能自体はあたしとどっこいどっこいでしょ」

「うん」

「まーたしかに、N配属相当だよなあ」

「あんた異能わかんないくせに偉そうにしないでくれる?」

「お、俺だって好きで異能分かんねーわけじゃねーし!」


 そのまま松太郎がぶつくさと自身の異能が不明である点について語っている。そんな松太郎をあげはは冷めた目で見上げ、湖上は愛想笑いを浮かべていた。


「まあでも、あげはがなんでIにいるかはI配属七不思議の1つだからなー!わかんなくてもしょーがねーぜ」

「えっなにそれ。そうなの?あげは」

「初耳よそんなの」

「ちなみに他には暗之雲の正体とかがあるぜ」

「あー……」

「それは……」


 例の全身でコミュニケーションの拒絶を表現しているような人物を思い浮かべ、たしかにそれはそうだと納得せざるを得なかった。あげはも納得の表情を浮かべている。初対面の時から薄々察していたが、やはりI配属の誰もが暗之雲の正体を知らないらしい。


「で、結局あげはは麗をいじめてなんかいないよな?」

「うるさい、やってないっての。何様?」

「I1の始番号(ナンバー)にしてIの配属総代(ファースト)だぜ!」

「……ちっ、そういう切り返しだけは上手いんだから」


 そう言って彼女はくるりと後ろを向き、どこかへと歩いていく。


「おーいどこ行くんだよー?」

「野暮用だから気にしないで」


 淡々とした返答を残し、あげははどこかへ行ってしまった。後に残されたのは湖上と松太郎のみ。どさくさに紛れて教室に戻ろうとしたのだが、松太郎が口を開く。


「あげは、いつもあんなんだから麗は気にしないでいいぞ」

「別に気にしてないよ、大丈夫」

「本当か?」

「本当」


 穏やかに湖上がそう答えれば、松太郎は一応納得してくれたらしい。しかし、こういう所はやけに年相応、というより。生来の性格がそうなのだろう、となんとなく湖上は感じた。……そうはいっても、何となく苦手意識はあるのだけど。

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