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不可思議

「凍乃莉の話を聞いて、改めて調べてみたんだよ。あいつの家族構成」


 上峰の研究所では中々目にすることがない、紙媒体の資料を研究所内の自室の机に並べて。妃彌と凍乃莉、二人の視線を受けながら、涼は語る。

 以前凍乃莉が桐子と話している時に、たまたま親の話になったらしいのだが。そこで、桐子は涼が把握し、凍乃莉に情報として伝えていた彼女の生い立ちと矛盾する発言をしていたというのだ。

 今回はそれについての再調査が終わったため、情報提供者である凍乃莉にことの顛末を伝えよう、という会であった。故に限定拝受(リステクション)によっていつも以上に監視カメラ・盗聴器対策は万全となっている。


「……まあ、結論から言うと、特段新しい情報はなかったんだが」

「古城の諜報班は優秀ですからね。早々取りこぼしなんてありませんよ」

「確実に何かあるのに、その何かが出てきてないのは問題だろ」


 自信満々に言っている妃彌には悪いが、今回に限っては成果が出ていないことが問題なのだ。【視測輪廻】をわざわざ山嶺静の母親、山嶺明というシステム上、上峰側の人間に分類される存在に使わせてまで、めぼしい情報を得られなかったのだから。


 ……まあ、たしかに情報が得られないことそのものが情報、という見方もできなくはないのだが。


「じゃあわかんなかったってことです?ワテクシ意味なかったです?」

「いや、それ自体は十分に意味がある。元々、あいつはその手の謎が多いからな」


 凍乃莉の言葉を否定する。実のところ、研究所に潜り込む前の事前調査の時点で、彼女には不可解な点がそれなりにあったのだ。今回の案件もまた、その一つに過ぎない。


「情報を整理しようか。上峰桐子。上峰本家に生まれた娘。生後すぐに祖父──上峰一櫟に取り上げられ、監獄と呼称される上峰異能開発研究所ではなく、本家直轄の特殊実験室にて実験体として運用されてきた。その後は知っての通り、八歳の時に異能【破壊】を発現。特殊実験室の手に余ったのか、真相は不明だが、実父上峰椋朗の進言によって監獄に移送される」


 手元に用意した資料を読み上げる。いつ読んでも思うのだが、いくら男児が生まれているとはいえ、生まれて間もないころから実験体として容赦なく使い潰そうとするさまは、考えなしが過ぎると思うのだが。

 結果的に松太郎が当主として最適すぎる異能を持っていたからと言って、それこそ結果論でしかない。しかも人間、いつ何時不慮の事故で亡くなってしまうかわかった物ではないのに。リスクヘッジに無頓着にも程がある。


「今回の議題であるあいつの家族構成は父、母、兄だ。兄は言わずもがな松太郎だが……多分あいつ、松太郎が自分の兄であることを知ってるんだよな。松太郎本人は知ってるか結構微妙なのに。どこで知ったんだ、という疑問はある」


 なんなら涼は当初、桐子は自分が上峰の生まれであることすら知らない可能性もあると踏んでいたのだ。それを思えば、桐子は涼の予想以上に色々な事を知っている。その知識源は、いまだにはっきりとしない。


「父は上峰椋朗。名目上の現当主、ウィッチ・メディスンの代表取締役だが、この状況を見るに実権を握っているのは、一線を退いたことになっている上峰一櫟の方らしい。基本的には表稼業の方に関わっていて、こちらには顔を出してこない。母親の方はもっと悲惨だ。上峰家になんの縁もない一般家庭出身の女性を娶ったせいで、腹を痛めて産んだ子供を平然と実験材料として扱うことに耐えられなかったらしい。精神を病んで、未だに療養中とのことだ。そのどちらも、あいつとの接触はほとんどない。母親の方なんて、顔すら知らないんじゃないか」


 残念ながら涼は自分の母のせいで、子供を異能開発の贄として捧げられることに涙を流せる一般家庭出身の母親、というものに全く理解が及ばないのだが。おそらくそれが普通なのだろう。涼の母親がおかしいのだ。


「実際、一般的な尺度で見て上峰家現当主夫妻は親として真っ当ではないだろう。あいつが恨んでいたとしても不思議じゃない。だが、その憎しみに矛盾が生じているのは紛れもない事実だ。凍乃莉の言う通り、あそこまで具体的な悪口が言えるほどあいつは自分自身の親と接触がないし、俺たちが接触を見落としているだけと仮定しても、実態に当てはまらない」


 凍乃莉が直後に涼に伝えてきた桐子の言葉の一部を記録した資料に目を落とす。この中で彼女の両親に対する言葉として当てはまるのは、無責任、という言葉ぐらいではないか。それ以外は正直無理がある。


「再調査をした上でわからないということは、古城にも破れないほど厳重に管理されている機密情報なのか。それすらも上回る何かしらなのか。……できれば前者であってほしいけどな」

「そうです?ワテクシどっちもヤバいと思うです」

「どっちもヤバいが、後者は桁違いだ」


 幽霊騒動を引き起こし、DEMの裏切りに一枚噛み、襲撃イベントの発生に関与する、という明確に想定されていない挙動をしている観数の女が上峰にいるのだ。最早、何が起きてもおかしくはない。


「私も当主様に賛成ですね。後者であってほしいものです。ところで、たしかに当主様が挙げられている議題も論じる価値のあるものだとは思います。しかし私個人としては、彼女の情報源の方が気になるのですが」

「お前だって知ってるだろう。候補はなくはないが、そいつには動機がない」

「ですが、バグという線もありうるかと。彼女の挙動は明らかに異常ですし」

「それは認めるが、俺たち以上に己のレゾンデートルに縛られている存在が、そう簡単に主に背くか?一個人への肩入れなんてつまらないこと、ある種の巫女ができる訳がない」


 桐子のそばに居て、情報源足りうる人物。その条件に対し、実の所該当者はいるのだ。だがその該当者こと観数の女は、特定勢力に己の領分以上に関わることを良しとされていない。もしあるとしたら、太極を見て掻き回すための干渉の一環として、という線も捨てきれないが。


 それらは全て、DEM絡みの一連の事件のように何のために?という疑問が拭えない。


 ……まあ、もし本当に桐子に関与していた場合、こうして我々が考えていることの全てが筒抜けになる相手である以上、こうした対策にはあまり意味が無いのだが。


「難しい話です?ワテクシわかんないです……」

「気にすんな。凍乃莉が知ったところでどうにもならない話だし、凍乃莉まで悩む必要はない」

「そ、そうです。わかったです」


 少しよそよそしい口ぶりながらも、納得したらしい凍乃莉がこくんと頷く。そういえば、今の自分は古城から戻ってきたばかりだから、おねえさまの姿を模していないのだった。凍乃莉にはこの姿は慣れてないせいか、接しにくいようだし。少し寂しいが、仕方のないことなのだろう。


「でもワテクシちょっと不思議です」

「そうか?」

「何かご不明な点がございましたか?」


 不思議、と言われるようなことは何もしていなかったと思うのだが。妃彌と二人首を傾げていると、凍乃莉が口を開く。



「だってかあさまが白いのを簡単に殺せないのは────だからです。それさえどうにかなれば良いです。あいつの過去とかそういうのは全部どうでもいいはずです」



 何故古城涼は、異能を除けば身体的には単なる幼子似すぎない上峰桐子を今の今まで殺さなかったのか。──殺せなかったのか。その理由を把握している凍乃莉がそう思うのも、無理はないだろう。だがこれは、だからこそ、とでも言うべき話なのだ。


「逆だ。突破口が見当たらないからこそ、些細なものでも情報が欲しいんだ。そこから答えが見つかるかも知らないから」


 当たり前だが上峰だって馬鹿ではない。松太郎に静という護衛がついている様に、桐子にだってそう簡単に暗殺が成功しない程度の手が打たれている。それこそこうして、涼が面倒な真似をしているぐらいには。彼女をこの手で殺すのは、困難だ。

 涼はさして強いわけではない。自衛程度の戦闘能力しかないし、【消命】という切り札はそもそも桐子には意味をなさないと来ている。だから、頭を使うしかないのだ。


「……しかし、あいつの言う両親像とこちらの調査結果、どっちが正しいんだろうな?お得意の異能薬物を用いて記憶を植え付けることすらできないんだ、あいつの発言の方が真実の可能性が高いが。にしたって調査結果と乖離しすぎている」

「ワテクシあの時の桐子怖かったです。なんかめっちゃ恨んでるって感じです。ヤバいです。恨んでるのが現実にいなかったらもっと怖いです」


 凍乃莉が話しながら思い出してしまったのか、顔を顰める。涼は凍乃莉にこうして口頭で一連の流れを聞いたに過ぎないが、それほどあの時の桐子は尋常ではない様子だったらしい。


「つくづく思いますが、あれは不可解の塊ですね。おそらく一番彼女の近くにいるであろう当主様ですら、理解が及ばないなんて」

「……あんなもの、理解できるかっての」


 不可解の塊。結局、桐子という人間を表す際はその言葉に尽きるのだ。基本的には外見通りの幼子のような精神性を持つが、時折涼よりも年上の少女なのだ、と否応がなく突きつけてくるような振る舞いをする。本来知らないはずのことを知る、謎だらけの──しかし、涼になんらかの好意を向けていることは、確実な少女。


「本当、なんなんだあいつ」


 ぼそり、とどうしようもない本音が涼の口からこぼれた。

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