同類
たまたま、湖上は普段使用していない方の食堂の前を通りかかった。I配属が主に利用する第零食堂とは比べ物にならない程賑わっているのは当たり前なのだだが。本日はそれが、よりもいっそう賑わっているように見えた気がした。
たしかここは日替わりデザートを元からやっているはずなので、人気の高いデザートだったのかもしれないが、それとはまた違う様子に見える。どうしてだろうと考えるも、別にさしたる問題でもないと判断した湖上は、食堂の様子を正確に伺うことはせずに立ち去ろうとしていたのだが。
「どうしましたか?何か気になることでも」
いつの間にかそばに居たらしい少女に声をかけられる。湖上よりも幾分か年下らしい、黒い艶やかな長髪が印象的な、美しい少女だった。彼女は涼し気なアイスブルーの瞳をこちらに合わせ、自然な笑みを浮かべている。
「い、いやその。ほらっ、第一食堂って普段から人が多いけど、今日はなんか一段と人が多いなあって……」
「それでしたら、理由は簡単ですよ。ほら」
少女が食堂の一区画を指し示す。異能も使いながら、湖上もそこへ視線を向けてみた。……なるほど、これなら納得がいくかもしれない。
そこにいたのは以前知り合った聖棺と、見知らぬ青髪の少年であった。青髪の少年の方も、聖棺に負けず劣らず端正な容姿をしている。強いて言うなら青髪の少年はまた種類の違う美形ではあるが。たしかにこんな二人が一緒にいたら、人が集まるのもやむなしだろう。現に食堂にいる配属生の男女比は女子が優勢と言えるだろう状況だった。
「聖棺先輩が夜宮先輩といらっしゃらないのは珍しいですから。それに、透谷先輩までいらっしゃったらこのような状態になるのもおかしくありませんの」
「あ、あー……やっぱりあの子、ずっとくっついてるんだ」
「はい。N配属とS配属では見なれた光景だと思いますよ。I配属の方の耳にまで届いているとは思ってもみませんでした」
「多分、夜宮さんのことは有名だからみんな知ってると思うよ」
「そうなのですか」
彼女の肩にはNの文字が記されている。やはりN配属から見て、I配属の実態はわかりにくいのだろう。それこそ、樹懸がN配属である榊と親しい方がレアケースと言えるのかもしれない。……そう考えると、どうやって彼は菫色と榊と知り合い、親しくなったのだろうか。今度聞いてみてもいいかもしれない。
「……あら、もうこんな時間。すみません先輩、用事があるので先に失礼させていただきますね」
アナログな腕時計に視線を向けながら、少女が言う。つられて端末を見てみれば、確かに次の授業が始まる時間が近づいていた。おそらく彼女は、何らかの実験が控えているのだろう。食堂に集っていた者達も、いつの間にかまばらになっている。
「大丈夫だよ。こっちこそ、教えてくれてありがとう」
「そう言ってもらえるなら幸いです。ご同類の気配がしたので、つい話しかけてしまって。では、また」
少女がゆっくりとこちらへと手を振って、去っていく。その所作も含め、美しい人だったな、と考えていた時。彼女が去り際に言っていた言葉が脳裏を過る。……ご同類?どういう事だろうか。彼女と自分に、つい話しかけたくなるような共通点はないと思うのだが。
「あら、麗ちゃんじゃない。そろそろ授業が始まっちゃうわよ?それとも実験かしら」
「初」
その場で立ち止まり、考えていると後ろから初が歩いてきた。
「もし良ければ、一緒に行きましょう?」
「うん」
誘われるまま、湖上はI配属の教室への道を初と共に歩く。特に他人に話せない理由もないので、聞いてみてもいいかもしれない、ということで湖上は先程の一件を口にしてみた。
「さっき、年下っぽいN配属の女の子に会ったんだけどさ。俺の事、同類って言ってたんだよね。なんでだと思う?」
湖上の問いかけを聞いた初は、何故だかとても苦い顔をしていた。もしかしなくても、心当たりがあるのかもしれないが。そのような顔をするということは……何か、まずいことなのだろうか。
「……もしかしてその子、長い黒髪に水色の目で、とってもかわいい女の子じゃなかったかしら?礼儀正しくて、お嬢様って感じの」
「そう、だけど」
まるで見てきたかのように、特徴を言い当てられる。そんな湖上の様子を見て、初は心なしか死んだ目をしながら口を開いた。
「異能って、すごいのよ」
「……まあ、そうだよね」
「特に、幻想生命化の異能はある意味では別格に位置しているらしいの」
「そりゃあ、うん」
脳裏に過ったのは、光輪を戴いた初と、その周囲で羽が舞い散る光景。記憶に新しいそれらは、たしかに他の異能とは一線を画して異常だと言えるだろう。だが、それと先程の少女の発言になんの関係性があるのだろうか。
「あの子、異能で女の子になれるのよ」
初は、重々しく告げた。
「……えっ、て、てことはあの子って本当は男!?」
「ええ。正真正銘、男の子よ」
あんなにも可愛らしい、礼儀正しい少女がが!?たしかにこれなら同類だと言った彼女……いや彼?まあとにかく少女の言葉の意味もわからなくはない、のかもしれない。
「雪月ちゃんって言うんだけど。雪女の幻想生命化の異能者なの」
「雪女……だから、女の子になるの?」
「本人はそう言い張ってるの。真偽は、どうなのかしら?」
アイスブルーの瞳は、たしかに異能を発動している証左と言えよう。黒い長髪の美しい女、という意味では一般的な雪女の伝承とも違わないように思える。年齢については、雪月本人が湖上より年下なのだろう。ただ初の言う通り、本当のところはどうなのかわからないのかもしれないが。
「……女の子の雪月ちゃん、かわいいでしょう?」
「……ま、まあ、うん」
据わった目つきの初から紡がれた言葉は。ある意味、予想通りのものではあった。
「だからか、ここに来たばっかりの子とかがたまたま女の子の雪月ちゃんに優しくされて、好きになっちゃうことがあるの」
「あー……それは、辛いね」
この異常な場所に慣れていないうちに、淡い恋心を抱いた対象が異能で少女になっていると伝えられたら。精神的にダメージを受けるのは避けられないだろう。
「雪月ちゃんは女の子しか好きじゃないって言い切ってるから、尚更そうみたいで。理想の女の子を体現してるんだから、惚れるのも当たり前だって言っちゃったりするの」
「うわあ」
一般的な女装、及びその周辺への願望としてはオーソドックスと呼べてはしまうが。それをぶつけられた方はどうなるのか、それを見てきたらしい初の目が据わっているのが答えである。しかし。
「俺、そこまで酷くないよ?同類ってほどじゃ」
湖上としては、こう言わざるを得ないのだが?少なくとも彼のように確信犯のつもりは無い。
「……雪月ちゃん、多分自分と同じ趣味の人が増えて喜んでいるだけなの。だから、ちょっかいをかけるつもりで言っただけかもしれないわ」
「ありえそう」
それならまあ、いいのかもしれない。取り敢えず湖上は食堂の疑問と自身の服装について監獄が何も言わないのは何故だろうかという疑問を解決できたので良しとする。自由に性別が変えられるやつがいれば、女装などかわいいものだと判断したのだろう、と。




