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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
2 救済

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失言

「お前、マジでずっと女装してるよな……」

「そうだね」


 何故か若干の呆れを含んだ声音で樹懸が言う。教室に備え付けられた端末を流し見ながら、湖上は彼に相打ちを打つ。


「ずっとやんの疲れねえのか?」

「うーん、これが俺の素だしなあ。たしかに毎日お化粧するのは面倒だけど、でも逆に言えばそれぐらいだよ?」


 面倒だからといって化粧をサボっては、可愛くもないただの女物を着用した気味の悪い男が出来上がるだけなのだ。それは湖上の理想ではないので、他者に自己を認識される時はできる限り身なりを整えておきたい。つまり認識されていない所では……という話ではあるが、大体の人間がそのように生きているだろうし。湖上だけが特別という訳では無いはずだ。


「それぐらいで済むのか?つか、よく違和感でねえよなあ」

「汚いものを見せる訳には行かないからね」

「それはそうだな。まあそもそも顔がある程度それっぽくなきゃ似合わねえだろうけどよ」


 ……実際それで大いに助かっているのは事実なのだが。それはそれとして、明確に言葉として口に出されると癪に障るものである。きっとここでばーっと男物を着た姿でも見せられれば話は早いのだろうけど。できる限り避けたいと願っているからこその現状であり。


「それっぽいって何さ」

「言葉通りの意味だが?」

「まあ確かに重要ではあるけどさ、それだけって訳じゃないからね?それこそ化粧の技術力とかもモロに影響するわけで」

「……お前、そんな格好してんのに外見関連のコンプレックス多いよな」

「いやコンプレックスとかじゃないから。一般論だから」


 樹懸以外の他者がもしこの会話に参加していたとしたら、図星だなんだと言われていたかもしれないが。そんなことはなかったので、湖上が気がつくことは無かった。


「あっ、そうだ」


 これは、単なる思いつきである。何となく癪に障る部分をネチネチとついてきた樹懸に対する、ちょっとした仕返しに過ぎない。この後どうなるかだなんて、まるで想像していなかった。


「樹懸もやってみる?」

「は?」

「女装」

「は?」


 は?しか樹懸が言わなくなってしまった。悪ノリの一環であり、大しておかしな発言ではないと思うのだが。


「やってみたら色々わかると思うよ?」

「いや色々ってなんだよ!?」

「えっ何、あんた女装すんの?」

「おいパツキン、こいつが意味わかんねえことを」

「面白そうだからやれば?」

「止めろよ!?」


 今回に限ってはあげはも湖上に加勢するつもりらしい。珍しい、いつもまっさきに面倒くさがって逃げるイメージがあるというのに。これはもしや本格的に突っ走ってもいいのかもしれない、と湖上は悪ノリを加速させる。


「服は……そっか。ここなら他人に借りるとかしなくても買っちゃえばいいのか。お金無駄にあるし」

「どうせなら化粧品も買えば?」

「たしかに。後ウイッグと……」

「面白そうだからあたしも金出す」

「おい待てお前ら!俺まだやるって言ってねえけど!?」


 未成年の大半の行動を阻む壁、金銭問題が解決してしまった結果である。それも、こんな娯楽の少ない環境かつ、愉快な案が生まれてしまったのだから、当然だろう。


「おいガキのっぽ!どうにかしろよお前配属総代(ファースト)だろ!?」

『配属総代だからってこんなことまで助ける義務はないでしょ』

「なー静ー。俺なんで耳塞がれてんだー?」

「ピアスのっぽ何してんの?」

『松太郎の教育に悪い』

「お前はガキのっぽの何なんだよ!?」

「何が教育に悪いんだー?」


 一人何もわかっていない松太郎が首を傾げている。樹懸のツッコミは至極真っ当なものではあるのだが、静には通用しなかったようだ。松太郎の耳を塞いだまま、そっぽを向かれている。


「普通に私服っぽいのがいいかなあ。それとも制服?」

「できれば指定制服着せたくない?」

「厳しいでしょ」

「だよなあ」


 なおそんなことをしている間にも樹懸女装計画は進行しているものとする。


「ていうか、あんたの貸せば?どうせスペア持ってるでしょ」

「たしかに持ってるし、いけなくはないと思う」

「指定制服……七世さんに頼んだら、いけるかも?」

「いやこんなことに研究員の人巻き込んだらマズイでしょ」

「やめて桐子。絶対あの人乗ってくるから」

「乗ってくるんだ……」

「お前ら何真面目に考えてんだよ俺はやらねえぞ!?」


 つくづくあの職員は不思議な存在である。……現状の案の中から選ぶならば、湖上の私物を用いるのが最善だろうか。樹懸が着たら湖上以上にミニスカートになりそうである。


「とりあえずあたしは購買行ってくる。湖上は制服のスペア持ってきて、後樹懸の説得」

「俺なんかいちばん面倒なの押し付けられてない!?」

「桐子ちゃんもあげはについてくー!」


 抗議したのだが、さらりとスルーされてしまう。同じく何気ない風を装って桐子もあげはの方へ行ってしまった。


「俺は絶対やんねーからな」

「だよね。……これだけは、やりたくなかったんだけど」


 単なる悪ノリが何だか大規模になってきた気がするが。たまにはおふざけに全力投球するのも良いだろう。それこそがある意味での学生の本分のはずだ。多分。と、言うことで。


「……も、もしもし。榊くん?実は樹懸が」

「おい待てお前それはマジでやめろ!」


 先日の一件の際、連絡先を交換した榊に電話をかける。湖上は二人とそこまで親しくはないが、この手のことに乗ってくるタイプであろうことはなんとなく察しが着いていた。しかし即座に樹懸に端末を奪われ、通話を終了されてしまう。


「わかったやる!やるからそいつに電話すんのはマジでやめろ罰印女と元ヤンだけでも厄介なのにメカ野郎とかも出てきたらマジで面倒くせえんだよ!」

「よーし言質とった」


 湖上が思っていたよりこの手は有効であったらしい。本当に厄介なのは榊と言うより、彼が他に連れてくる人物のようだが。これはちょっと覚えておいて損は無いかもしれない。


「俺制服取ってくるから、樹懸。逃げないでね?逃げたら……」

「逃げねーよ!」


 さりげなく脅してから、湖上は教室を後にした。












「道具準備できたわよ」

「制服のスペア持ってきたよ」

「……うわ」


 どこからかあげはが調達してきたパーテーションで仕切った教室の一角。そこに連れてこられた樹懸の前にドン、と置かれるきらびやかな道具達。それを目にして、彼は呻く。確かにこうして並べてみると威圧感があるかもしれない。


「桐子ちゃんも手伝うー!」

「あんたは見てるだけでいいから」

「え~!?」


 不満げに頬を膨らませているが、桐子には化粧などできないだろうし仕方ない。ここは湖上とあげはがやるしかないのである。


「よーしまずはスキンケアから」

「そうだね。そういえば……俺の指定制服貸すなら、結構ミニスカートになっちゃうと思うんだけど。スネ毛処理しとく?」

「そうね」

「おい待て」

「別にいいでしょ生えてても生えてなくても」


 樹懸がなんか言っているがさらりと流す。その後も樹懸はなんやかんやと文句を口にしていたが、工程が進むにつれ目が死に、口数が少なくなっていった。まあ別に樹懸目が死のうと止めるつもりはさらさらないのだが。


「すごーい!樹懸、とってもかわいいよ!」

「……なんも嬉しくねえよ」

「俺めっちゃ頑張った」

「まあいいんじゃない?」


 桐子が無邪気に褒め、湖上とあげはが自身の化粧の腕やらなんやらを自賛して。できあがった樹懸の姿は──それなりに、見れるものにはなった。

 樹懸の地の髪色に近いくすんだ茶髪のロングウイッグを被せ、編み込みをしつつ白いリボンの髪飾りを身につけさせて。指定制服の下はフォーマルなワンピースとニーハイソックスだ。……どうしたって湖上よりも、認めるのは癪に障るが体格が良く大人びた顔立ちをしているのでその分の違和感はある。が、見る方向によっては完璧に可愛らしいお嬢さんとして通るだろう。

 姿見を通して現在の自分の姿を確認した樹懸が、わざとらしくため息を着く。


「お前ら……なんでここまでやり切った」

「なんか楽しくなっちゃって、つい」

「他人にメイクすんのっていい気分転換になるのね。自分の顔ずっと見てると飽きるし」

「そういうことじゃねえんだよ。つか、もう脱いでいいかこれ。あと化粧も落としていいか?なんか顔に粉張り付いてんの気持ち悪いんだけど」

「えーもったいないよー……そうだ!松太郎とか静にも見せに行こうよー!」

「そうだな。行くか」

「えっ」


 桐子に悪気があったのかは定かではないが、樹懸に悪気があるのは確かであろう。主に己を助けずに松太郎に見せたくないと言っていた静に対して。そして例によってこのような時あげはは制止側に回ることはまずないので、湖上達はパーテーションの内側から樹懸と共に出たのだ。勿論、声など掛けずに。


「樹懸ー!お前マジで何し、て……?」


 瞬間、静が目にも止まらぬ速さで松太郎の視界を塞ぎにかかる。が、もう遅い。既に松太郎の視界には樹懸の女装姿が映ってしまったことだろう。樹懸がにやりと口角を釣りあげた。


「おーどうしたんだガキンチョ。何かやべーもんでも見ちまったのか?」

『松太郎の教育に悪いって俺言ったよね!?』

「き、ききき樹懸何してるんだ!?」

「あいつらに女装させられた」

「楽しかったよー!」

『樹懸、後あげはと桐子と麗。ちょっと話したいことがあるんだけど』

「おー怖」


 静に抑え込まれた松太郎が、状況についていけずにもがいている。そんな様子を樹懸が心底愉快そうに眺めていた。……ところで、樹懸の女装は教育に悪いらしいのに、湖上の女装は悪くないのだろうか。いや今更そのように言われたところでやめるつもりなどないのだけど。なお軽率に問いかけて気づかせてしまうぐらいなら、湖上は黙りを決め込むつもりである。


「つか、スカートって想像以上に動きにくいな。包帯女がいつも見てるアニメの奴らとかどうやってあんな動いてんだ?無理だろ」

「トラムちゃんは特別だから動けるのー!エンジェルパワーですっごくなってるのー!」

『樹懸、早く脱いできて』

「静、目隠しすんのやめてくれよー……」

『見ちゃだめ!』

「いや目隠ししてんだから見えるわけないでしょ」


 相変わらずのカオス具合である。収拾がつかないと湖上が若干距離を置いて眺めていると、かたん、と何かが落ちる音がした。

 やけに響いた硬い何かが落ちる音に、一斉に視線が音のした方向へと向かう。そこでは、手から画材を取り落としたらしい暗之雲が、バイブレーション機能でも搭載したのかと言いたくなるぐらい小刻みに震えていた。


『ど、どうしたの!?もしかして樹懸がマズかったとか!?』

「俺はなんもマズくねーよ!」

「ちょっ、静目隠し外せ!……暗之雲どうしたんだ!?」

「わかんない!だ、大丈夫なのかな……?」

「……いやあれ、笑いこらえてるだけじゃない?」


 他の面々が慌てている中、あげはが妙に冷静な回答を示していた。言われてみればそうかもしれない。無意味に震えていると言うより、女装した樹懸がツボにハマってしまったと解釈する方が説明がつく。


「あっ」


 湖上が呟く。笑いをこらえるのが本格的に辛くなってきたのか、暗之雲が適当な絵画へと入り込んだらしく姿を消す。十中八九異能で絵の中に入り、一人で思う存分腹を抱えて笑うのだろう。


「何があんなにツボにハマったんだろうな」

「……なんでだろー」

「と、とりあえず樹懸着替えてきてくれないか?なんかこう、なんかこう……無理!」

「って我らが配属総代サマが言ってんだしいいだろ?」

「えー!?」

『もうこれで満足したでしょ』


 ちなみに、後日談としては。何らかの実験で絵画世界に行った初がルナサンから伝言を預かってきた。曰く『創造主さま(まえすとろ)が呼吸困難レベルで大爆笑してたんだけど!?アタシも海漣の女装見てみたかったな~!』とのこと。

 暗之雲の大爆笑がまるで想像がつかず、I配属の面々は首をひねることとなった。

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