死知
「……救えませんでしたよ。先日、円の死亡報告を監獄から聞きました」
そんな言葉を、真内恵が耳にしたのは全くの偶然である。彼女はたまたま実験帰りに通りかかっただけなのだから。そんなことはわかり切っている、しかしそれでも、必然性を感じてしまったのは恵という人間が持つ必然性故か。
あの日あの時、義寺円に話しかけられて、有栖が自分を庇ってくれた時。恵の目は、異能は断じてしまったのだ。3日後に、彼女が死亡することを。
N配属である恵が、そのようなことできるわけが無いと誰もが思うだろう。無論、一番最初に己を疑ったのは紛れもない恵自身であった。そもそも恵の異能は、ただ視力を一般人より多少強化する程度のものであったはずなのだ。だからこそ、逃れられただけのはずなのだ。
そのはずだったのに、気がついたら恵の目は死を見るようになってしまった。監獄の言う投薬による異能の開発とやらも、あながちあながち間違っていなかったのかもしれない。なにせこうして、恵のような使い道の無い異能者の異能を変質させたのだから。
この異能がいつ発動するのかは、恵にもいまいちわからない。が、ハッキリしているのは見れる死は3日後に起こるものだけ、ということだ。この法則は、いままで崩れたことは無い。何せ3日後にはきっかりと、その人物は必ず亡くなって。2、3日以内に何らかの形で恵は、嫌味のようにその死を知ることになる。その手段にも共通性は無い。今回はたまたま、他人の会話が耳に届いただけだ。
わかっている。別に、自分が義寺を殺した訳では無いのだと。あくまで恵は義寺がやがて死亡することを前もって知ってしまっただけだ。それでも、心が無くなる訳では無い。例え、自分を害した人であろうと。彼女を悼むのが、噂程度にしか知らないN6の始番号であろうとも。
思わず聞き耳を立てる。N6の始番号が誰と話しているのかまでは恵にはわからない。が、その人物は一応義寺を悼んでくれているらしい。N6の始番号と、共に。
暫くして、二人は会話を終わらせたらしい。N6の始番号が、どこか別の方向へと歩いていく。が、彼の会話相手は恵が聞き耳を立てていた方向へと用事があったらしい。こちらへ向かってきたのだ、慌てて恵はその場を後にした。
「有栖。ちょっといい?」
「どうしたのですかー?」
「この前、私が絡まれた時のことなんだけど……」
授業終了後。恵は阿ヶ野と話している有栖に声をかけていた。誰に相談するべきかわからず、最終的に自分のクラスの始番号へと落ち着いたのだ。即座に要件を把握してくれたらしい有栖が、即座に言葉を返す。
「了解なのですよ。ごめんねなのですあーちゃん、ちょっと恵の話聞いてくるのです」
「わかった、行ってらっしゃい。……恵、大丈夫なの?」
「た、多分」
阿ヶ野からの心配に、曖昧に平気だと伝えて。恵は、有栖の後ろをついて行く。
「わたしの部屋で構わないのです?」
「良いけど……ルームメイトは?」
「一人部屋だから問題ないのですよー」
悪いことを聞いてしまったかもしれない。N配属は基本的に二人部屋なのに一人ということは、かなりの確率でルームメイトが死亡しているのだから。それ以上は何も言えず、黙って恵は歩く。
「それで、あの恵を誘拐しようとしたクソ女のことなのですよね?通報した方がいいのですか?それともイントラに晒し上げた方が良いのです?」
「いや違うから!」
有栖の自室についてから、待ってましたと言わんばかりにパソコンの電源を入れた彼女に恵は慌てて静止の声をかける。なお、有栖は何故か若干つまらなさそうな表情を浮かべていた。
「えっと……前、私が言ってたでしょ?義寺さん、3日後に死んじゃうって」
「あー、そういえば言ってたのですよ。あれどういう意味だったのです?」
「私の言った通り、義寺さん、死んだって」
「え……」
さしもの有栖も、動揺を隠せていなかった。フードの下で目を見開く。この事について、今まで恵は誰かに告げたことは無い。
今まで、この目が死ぬと告げた者達は、軒並み恵と接触がなかった。だからこそ、多少の恐怖はあれど、逆に言えばそれだけだったのである。だが、今回は違う。負の方向性とはいえ、接触がない人間とは言えないのだ。
「それ、は。どういうこと、なのです?」
「私にも、わかんないんだけど。たまに、わかるの。この人、3日後に死んじゃうんだなーって。それが、今回は義寺さんだったの」
「そう、なのですか。それで、本題は?」
真内恵の異能はそれでは無いだろう、というもっともな疑問をすっ飛ばして彼女は先を急ぐ。聞いても意味のない問いだと理解しているのだろう。そんなもの、一介のN配属にわかるわけがないと。
「初めて、知ってる人の死が見えたの。今までは、顔も名前も知らないような人の死を見てきたから、何回か起こるうちに慣れちゃって。正直そこまでショックじゃなかった。でもさ、私は義寺さんの顔と名前を知ってるよ。話し方も、声も、どんな人なのかもわかる。それが、今更怖いことみたいに思っちゃって。……もう、何人もの死を見てきたのに。やっと、気がついちゃった」
声が震える。緊張でその場から逃げ出したくなる。それでも、言葉にしなくてはならないのだ。──恵に、この異能を止める術が存在しない限りは。
「私は、誰かの死を予知してるの?それとも、私が誰かが死ぬって、思っちゃうからその人が死ぬの?」
どちらなのかはわからない。できれば、前者であってほしいと願う。が、この件を監獄に告げたところでどうにもならないのだから。きっと一生、答えは出ないのだろう。そもそもこうして有栖に打ち明けたって意味はない。だからこれは、恵の八つ当たりにすぎない。そう、考えていたのだが。
「……うーん。異能封じは変に手に入れようとすると面倒なのですよねー。でも、流石にこれはいただけないのですよ」
「えっ」
「どうしたのです?」
有栖はきょとん、とこちらを見ている。自分は何かおかしなことを言っただろうか、と。
「だ、だって異能封じって」
「それ異能なのですよね?それも、制御できなさそうな類の。だったら封じればいいだけなのですよ。まーでも、言葉で言うのは簡単なのですけど入手はきついのですよねー。もうちょっと伝手があればよかったのですけど。ごめんなのですよ」
「そ、そうなんだけど。そ、そうじゃないというか」
完全に対処法を考える方向性へと話が進んでいる。恵が制止する間にも、有栖の中ではいかに異能封じを調達するかが議題になってきているようだった。
「ああ、もしかして恵が人殺ってるかもしれないって話なのです?ありえないのですよ。だって恵がそんなことするわけないのです。だったらそれよりも、そんなクソみたいなこと伝えてくる異能をどうにかするべきなのですよ。精神衛生上よろしくないのです」
「え、えぇ……」
思いの外強く言い切られ、思わず気の抜けた返事をしてしまう。有栖の目は、至極真面目に恵を射抜いていた。
「だって、本当にそうじゃないのかは」
「知らねーのですよ恵がそんなことするわけないって少なくともわたしは信じてるのですよ。ならもうそれでいいのです。どっちにせよ、対処法は考えなきゃいけないのですよ?」
「……そっか。ありがとう、有栖」
「始番号として当たり前のことをしただけなのですよ。……あーでも、マージでどうすりゃいいのですかねー」
恵の心からの感謝を、そんなものは当たり前だと流しきって。有栖はまた、ぶつぶつと呟きながら、対処法への思案へと戻っていく。ある意味いつも通りのその光景こそが、今の恵にはとてもありがたいものに感じられた。




