相応
初の手によってちまちまと、編み棒が動いている。ひとつひとつは小さな動きだが、それはやがてひとつの編み目となっていく。昼下がりの教室にて。のんびりと編み物をする初を横目に、湖上は端末をいじっていた。
例によって今も授業中なのだが、無論誰も勉強などしていない。各々のやりたいことを、教室でできる範囲でやっている。……まあ、暗之雲の絵画は教室でできる範囲にカウントしても良いのか疑問だが。わざわざブルーシートまで敷いてやっているし。
湖上は編み物をやったことは無いため、現在初が編んでいるものが何かまではあまり分からない。が、それなりに編み目が積み重なって、布の体裁を成しているように見えた。しかし、それを作り出す初の表情は芳しくはない。編み目を睨みつけ、真剣に編み棒を動かしている。まめだな、と湖上が何となくそれを視界の隅に入れていたその時。
ダンッ!と編み棒やら毛糸やらが、勢いよく机に叩きつけられた。そして流れるようにかけていた眼鏡も机に叩きつけ、ついに初自身も机に突っ伏してしまう。
「……」
そのまま、不自然なまでの沈黙を保っている初。それにつられ、この教室自体にも沈黙が訪れてしまった。最初は初に視線が向けられ、次に湖上へと向けられる。これは、声をかけろという無言の圧だろうか。隣に座っていてちょうど良いのだから、と。湖上だって声などできる限りかけたくないのだが……やるしか、ないのだろうか。
「……あのー、えっと。初?ど、どうしたのー?」
なるべく自然に、気遣うように言葉を紡ぐ。このような役目は荷が重いにも程があるのだが!?と抗議したい気持ちを押さえ込んだそれに。初はべしょり、と机に潰れたたま口を開く。
「……編み物が、上手く、いかなくて」
「そうなの?お、俺からすればそんなことないと思うけど」
素人目には、普通に毛糸によって何かが編まれているように見えるのだが。初の目には違うように見えているのだろうか。
「あと単純に、面倒くさい」
「えっ」
今なんだか、とんでもない発言が聞こえた気がするのだが。それも、かなりの重みと説得力を持ってして。湖上の視界には変わらず潰れた初がいる。そのままの体勢で、彼女はもごもごと何かを口にする。
「……なんだか、おばあちゃんって縁側でのんびり編み物しているイメージが、あるでしょう」
「あー……まあ、そう、なのかなあ?」
ステレオタイプなおばあちゃんはそうなのかもしれない。いやそこまでステレオタイプなおばあちゃんが現代まで生き残っているのかと言われれば疑問だが。湖上自身は生まれる前に両方の祖母が亡くなっていた為、年配の女性と深く関わる機会も無く、いまいちよくわからないのだ。
「私も年齢的にはおばあちゃんなのだし。やってみようと毎回思うのだけど……いつも、こうして挫折してしまって。編み物、飽きちゃうの」
「そ、そっかー」
推定100年程の間に、どれ程挑戦と挫折を繰り返したのかは分からないが。ある意味、毎度のことではあるらしい。
「ざ、挫折しちゃうならさ。そもそもやらなければ」
「麗ちゃん。年相応の行動を取るのって、人間重要なのよ?」
「いや、まあ、そうだけど」
そもそも初の外見年齢は湖上達とさして変わらないだろう、という言葉を飲み込む。初にとって、実年齢通りに振る舞うという行為は大事なものらしい。そういえば以前、自分の年齢を忘れてしまう、と言っていたような。
「もしかして、初。これも自分の年齢を忘れないようにーってやつ?」
「っ、ええ。そうなの。私、すぐに忘れてしまうから」
「……そうなんだ。でもさ、別に忘れたって問題なくない?」
「そういうもの、でもないのよ」
湖上としては、なんてことない一言だったのだが。顎を机に載せる形で顔だけ湖上に向けて発されたその言葉は、予想外に重苦しかった。眼鏡越しではない瞳が、この前とは違い黄金に輝いてはいないものの、たしかな目力を持って彼を見つめている。
「気を抜いたら私は、異能に目覚めた時と同じ精神年齢のままになってしまうの。百年も生きているのに、いつまで経っても子供のままなのは、流石に不気味でしょう?」
「……たしかに?」
「いやなんでそこは疑問形なのよ」
あまり共感できない考えだが、あげはの言う通り、大衆的には初の感覚の方が正しいものらしい。まあそんなことより湖上には、初の言う精神的な不老の方が気になるのだが。
世間一般的に天使と呼ばれる存在は、たしかに不老なのかもしれないが。だからと言って精神まで不老とは思えないのだ。むしろ外見と中身が一致しない形で老成した上位存在、というイメージの方が近いだろうに。
『不老ってすごいんだね』
「……ええ。それは私も、常々思うもの」
「ん?」
実は湖上と初はそこそこ後ろに座っていたりするのだが。静は最前列に座っていたりするのだが。そして、初の丸眼鏡は机に置かれたままなのだが。静と普通に会話している。
「初、眼鏡無いのに見えるの?」
「ああ、これ伊達なのよ」
「えっ」
「よくある老眼鏡、みたいなイメージのものをかけているだけなの」
もしかしなくてもこれも、彼女が自身の年齢を忘れてしまわないようにと言う策のひとつなのだろう。初本人は必死に対策をし、出来うる限り実年齢通りの認識と振る舞いを保っているようだが。その一つ一つが結構安直である辺り、何というか。自己申告通り、外見年齢程度の思考しか行えないのかもしれない。それこそ、何らかの悪意を感じるぐらいには。




