服装
「……やっぱ、服買うのが基本通販だけなのきつくない?」
「きついけど、諦めて返品可能のやつしか最近買ってない」
「け、結局そうなるかー。まあでも、通販出来るだけマシっちゃあマシだよね。よくあるしましまのやつとか無理やり着せられなくて」
「あんた監獄のことなんだと思ってたのよ。字面通りに受け取りすぎ」
「普通その通称聞いたらそういうの想像するって。軍服とか思わないじゃん」
「でも、アレンジ効くんだからまだマシでしょ?囚人服だったらどうしようも無い」
「あーそれはそうだよねー」
「……」
通販サイトを開いた端末片手に、たまたま近くに座っているあげはと会話を交わす。対するあげはの手にする端末は、ちらりと見えた感じSNSを閲覧しているようだった。現在授業中であるということを除けば、外でもよく見られる光景ではなかろうか。
「というか、なんで通販は使えるのかな」
「知らないわよ。んなの気にするだけ無駄だし、細かいこと考えてると病むっての。まあ、あんたみたいな手合いは早々病まないか」
「ちょ、ひ、ひどいなあ」
「……」
実際何故通販が普通に使えるのかはそれなりに気になるのだ。確実に購入前もしくは購入後に検閲は入っているのだろけど、それにしたって自由すぎるというか。そもどうやって通販側に対応しているかも謎である。
まあ、先日の一件を見るに染髪剤は購入禁止のようなので、他にも知らないだけで購入禁止物品自体はありそうではある。
「てか、あたしでもここの奴らの服装は最初ちょっとうわって思ったけど」
「……?」
「いやなに首傾げてんのよ。ここの奴らって、外だと悪目立ちする格好が普段着の奴が一定数いるなって話よ話」
「………………ああ、暗之雲とか?」
「あれはなんか違うでしょ。ここでも目立ってるから」
「ガスマスクつけてるのにあんなに綺麗な絵を描けるのすごいよねー」
「それな」
「……もーっ!」
あげはと湖上を両隣にする形で座っていた桐子が、何故だか自分は怒っているアピールを必死にしていた。
「ど、どうしたの桐子ちゃん」
「桐子ちゃん、お洋服のお話はわかんないんだけどー!?」
「勉強すれば?あんただって女でしょ」
「そういうことじゃなーくーてー!桐子ちゃんもお喋りしたいのに、なんで桐子ちゃんがわかんないお話ずーっとしてるのー!?」
自分も会話に混じりたい、と。桐子はそう伝えたいらしい。……こういった部分の言動は、まるきり幼子その物であることがやりづらい。しばらく一緒にいてわかってきたが、彼女自身の精神年齢や知能はまるきり見た目通りという訳でもないようだし。
「は?そんなのたまたまよ。理解したいなら勉強しろとしか言えないっての。てか誰かと話したいなら松太郎のとこにでも行ってくれば?」
「だって松太郎、さっきからずーっとなんとかレンジャーの話しかしないんだもん!つまんない!」
「あー……」
ふと教室の前方に視線を向ければ、静と初が松太郎のマシンガントークを延々と聞かされている。なるほどたしかにこれでは、桐子は聞き役に徹するしかないだろう。それではつまらないと感じてしまうのも無理はない。そして名前が上がっていない暗之雲と樹懸はそもそもこの場にいないようだった。
「だからおねーちゃん、お話しようよー」
「あたしは?」
「あげはもいていいよ?」
「おまけ扱いなのムカつくんだけど」
「ま、まあまあ」
異性が口論を始めてしまえば、湖上にはどうすることもできない。とにかく事の発端の段階で宥めるしかないのだ。
「あんたに合わせてやる義理なんてないんだけど?話したいなら好きに入って来たら?」
「できないから言ってるのー!」
「と、とと桐子ちゃんは私服ってどうしてるのかなー?!」
慌てて強引に話題を逸らす。それにより、ひとまず桐子はあげはに対する交戦体勢を取り止めてくれたようだった。湖上がほっと胸を撫で下ろしていると、桐子は自分の苦し紛れの質問に答えようと口を開く。
「んー……制服の時とあんまり変わんないよー。こんな感じの、ゆるいワンピース」
「楽だよねーそういうの。俺もいっぱい持ってる」
湖上にとっての楽は、簡単に体型を誤魔化せて楽、という意味ではあるのだが。まあ概ね正しいので特に問題は無いだろう。
「……おねーちゃんって、私服も女の子のお洋服なの?」
「そうだよ」
「男の子の格好はしないのー?」
「あー」
「てか、規制無いってのはわかってるけどさ。女装いけるんだってのは正直思う」
桐子の問いかけに、あげはが疑問を追加する。そういえば、この事については話したことがなかったような。
「確かに最初、この格好で職員の人に会ったら驚かれたんだけど……話しているうちに、なんかよくわかんないけど職員の人の目が死んできて。でも許可は貰えたよ」
「あんたまずいこと言ったんじゃない?」
「いや大したこと言ってないんだけどなー。普通に趣味です、特に特別な待遇は求めてないです、誰かに迷惑をかける気は無いです、とかしか」
「……本当に?」
「本当だって。後、桐子ちゃんが言ってたことだけど……」
このまま流れであげはとの雑談に移行したら、また桐子が怒ってしまいそうな気配を感じ取り、速やかに話題を変える。再三言うが女同士の言い争いなど、湖上はまるで巻き込まれたくないので。
「ぶっちゃけ、ほとんど持ってないんだよね。なんかどうしても必要になった時用の物が一セットあったかなーぐらい」
「えー!?制服はー!?」
「うっわ」
「今着てるやつしか持ってないよ」
実のところ湖上はこんな場所でまともな格好が要求される事など無いだろう、と思っているのでメンズの指定制服など所持しているわけが無いのだ。ついでに現在口にした一応持っているメンズ服も、多分ここに来る際に荷物に入れた気がする、程度の認識である。今現在クローゼットのどこにあるのかと問われたら、即答することは湖上にはできない。
「あんた……やっぱやばいやつだわ」
「い、いやそんな強調して言わないでよ」
あげはにさりげなく距離を置かれてしまった。やめて欲しい。たしかに湖上は同年代の少女に対する免疫がなく、あまり会話を交わすのが得意ではない故、積極的に会話をしたくないという感情はあるが。だからといって露骨に距離を取られるのもそれはそれで傷つく。年頃の男子は難儀なのだ。そんな風に勝手に傷心しているうちに、桐子が恐ろしい発言をしてしまった。
「おねーちゃんが男の子の格好してるとこ、見てみたいなー」
「えっ」
期待を込めた視線でこちらを見てくる。あの、湖上が断りにくいと感じる視線で。
「いや、その、だ、だって俺メンズほとんど持ってないし、普段着ないし」
「お金なら桐子ちゃんが出すー!」
「だ、だからそういう問題じゃ」
「いっつも女装してんだから男装ぐらいできんでしょ」
「ちょ、あげは!?」
あげはの視線が完全に端末へと向けられている。なるほど自分は見捨てられたらしい。……頼むから助けて欲しいのだが!?
「いやさ!?女装とか男装とか関係なく普段着慣れない服を着るのってな、何か抵抗あるでしょ!?嫌なんだって!ほ、ほらあげはだって突然ロリータ服着て街を歩けとか言われたら嫌でしょ!?」
「……別にいいけど」
「た、助けてよお!」
「おねーちゃん、だめなの?」
「うっぐう」
どうねだられても、無理なものは無理だし、嫌なものは嫌なのだ。人間誰だってそうだろう、湖上が特別という訳でもないだろう。
「だ、だめ!」
「む~」
桐子が頬を脹らます。わかりやすく不服を表明されようと、湖上は意見を曲げなかった。




