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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
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死をゆるされない貴女へ

 二ッ葉初と同じ、不老で、簡単には死ねない異能者。その存在を研究員から伝えられ、初と同じI配属に配属されると聞いた時は、久々に童心に返ったように喜んでしまった。いざ目にして見れば、長い黒髪を三つ編みのお下げにした、自分よりも外見上は年上の少女で。久方ぶりの似た立場の、しかも同性の存在である彼女と、初が仲良くなるのはある意味必然だった。

 夢貌(むみょう)(のぞみ)と名乗った彼女は、最初こそ歳上である初に遠慮をしていたものの、次第に打ち解けてくれた。希と一緒に居られたのは、初の人生から考えれば短いものであったが。とても幸せなひとときであり、かつて目の前で己ごときを庇って死んでいった想い人への後悔から、少しだけ目をそらすことができた。



(こいねが)え」



 彼女がそう唱え、常に身につけている錠前を象ったペンダントをカチリ、と開けば。三つ編みが翻り、希を中心に黒い何かが溢れ出す。それに触れれば、人間は無事ではいられないということが実験をするまでもなく分かっていた。

 初と希には、決定的に違う部分がある。そう、希は他者を攻撃する力を持っていたが、初にはまるでそんなものは無かった。ただ無様に生き続けるだけであったのだ。故に希はI配属でありながら外任務へ赴き、当時の監獄最強の名誉を思うがままにしていた。彼女自身はその称号に興味はなかったようだが。初からすれば、ただ生き続けることしか出来ない自分より余程すごいと思っていたのだ。

 希の異能は、一般的な基準からは長い時間をかけてある程度判明した。パッと見ですぐにわかる初とは違い、彼女のそれは、今思えばあまりにも規格外なものであった。


 異能【厄箱】。当初はただ致死性の概念的な不幸を撒き散らす異能と思われていたそれ。初と同じく不老で、簡単には死ねないことがわかってからは研究がいっそう加速した異能の本質は。これまた初と同じ、幻想生命化の異能であった。それも、西洋の神話における原初の女性、パンドラだと。

 故に、彼女はI配属の中でも重要視される存在となった。なんでもパンドラは、元は豊穣神であったという言い伝えもあるのだという。それは、監獄にとってはとても重要なものであったようで。彼女の待遇は、I配属の中でも特別なものへとなっていった。それは初にとって少し寂しいものではあったが、希自身もそれに戸惑っているようであったのであまり気にしていなかった。実際、彼女との交友関係は何も変わらなかったのだ。だからこそ初は、希と過ごす日常がずっと続くと楽観視していたのだ。お互い不老で、死ぬことすら覚束無いのだから。文字通り永遠に続くのだと。かつての想い人との別れを棚に上げて、馬鹿な夢想に浸っていた。


 無論現実なのだから、そう上手くいくわけがなかった。何十年も経った今でさえも、初には原因も理由も何もかもが分からないが。初と希の日常は、徐々に狂いだしていった。

 徐々に希が様々なことに消極的になっていって、休日に誘っても部屋にいることが多くなり、最終的に、形式上の授業にも顔を出さなくなってしまったのだ。無論初だって手を尽くしたし、当時のI配属の面々も尽力してくれた。が、結果は芳しくなかった。そもそも希の変化は、異能が幻想生命化だと判明してそれなりに経ってから起きたものであり、それも理由とは考えにくい上。監獄からの対応も、直近で変わった部分は無く。しかし彼女は遂に任務すら拒絶し、監獄から最終勧告が届きかける所まで行ってしまった。皆で頭を抱えて対応策を考えるも、妙案が全く浮かばず各々の自室に戻って行ったその時、初の端末に一件の通知が表示されたのだ。それは、希からのメッセージであり、二人で会いたいという誘いだった。故に初は、きっと外は夕暮れに包まれているであろう時間帯に、希に呼び出されて1人教室へと向かったのだ。


 今でもあの時のことを、一言一句違わず覚えている。なにせ何回も何回も反芻して、後悔して、諦めたのだから。


「初、久しぶり」

「……希」


 久々に見た希は、それでも見た目は変わりない。そりゃあそうだろう、むしろ変化があった方がおかしい。いつも通りの長い三つ編みに、錠前のペンダント。深い赤の瞳も変わりない。


「希、どうしたの?クラスに全然顔出さないし、任務にも出てないって聞いて私達ずっと心配してたんだよ?」

「……ごめん」

「希が謝る必要なんて無いよ。それに、こうして私と会ってくれるのは嬉しいし。でも、できれば前みたいに……」

「ごめんなさい!無理なの!」

「……え」


 希が声を荒らげる。赤い瞳からは、雫がぽろぽろとこぼれていて。初めて目にした友人の泣き顔に、その時の初はただただ動揺することしかできなかった。


「嫌なの、私には責任なんて負えないの!なんで私如きにこんな大役を任せたの!無理だよ、できないよこんなこと!」

「希……?」

「どうしてこんな酷いことするの!こんなことして何が楽しいのか、私わかんないよ!」

「お、おお落ち着いて!」


 必死に絞り出した中身のないその言葉に、しかし希ははっとして少々気を抑えてくれたようで。どこか決まりの悪そうに、それでも赤い瞳は揺れていて。涙は、未だにぽたりぽたりと落ちていた。


「ごめんね、初にはまだわかんない話をしちゃって。でもこんなの一生わかんなくて大丈夫だよ。むしろ知らない方が幸せだって」

「どういう、こと?」

「だーかーらー、気にする必要ないって。どうせそのうち、わかる話だし」

「でも、希の言ってることが分からないの、私は嫌だよ」


 初がそう言えば、希は複雑そうな顔をしていた。どうしてあの時、希は伝えることを渋ったのだろうか。そもそも、希は何を知ってしまったのか、どうして知ってしまったのか。未だにわからないそれは、初の心に後悔として降り積もっている。


「そっか。……ありがとう、初。でもね、私、わかっちゃったの」


 わからなかった。今も昔も変わらずに、彼女がその時口にしたそれは、初には理解できない考えだ。


「この世界で、生きる意味なんてないんだよ」


 涙声で伝えられたそれは、初にとっては今までの否定に等しかった。生きる意味が、ない?初自身も、初の恋したあの人も。……初が、希と共に過したあの時間も。希にとっては意味の無いものだったのか?


「なんで、そんなこと言うの?」

「事実だから」

「希、私と一緒にいるの嫌なの?」

「嫌なわけないじゃん!」

「じゃあ……」


 迷わず言い切ってくれた事は、初にとっては少しだけ安堵できるものであったが。彼女が、生きる意味なんてないと言ったことには変わりない。


「でも、だめなんだよ。こんな世界、生き続けたって……見たくないものを、見るだけだから」

「そんな、ことは」

「あるの。……ごめんね、初。私には見届ける覚悟も、行動を起こす度胸も無いの」


 そう言って、彼女は懐から何やら黒光りする物体を取り出す。それは監獄どころか、外でも入手するのは難しい──拳銃、だった。希は銃口を己へと向け、引き金に指をかける。


「な、な何してるの希!?そんな事したって、痛いだけだよ!?」


 初も希も、たかが銃弾を一発胸に受ける程度では死ねない。ただ銃弾が身体にめり込む感覚と強烈な痛みを味わうだけで、その傷も暫くすれば何事も無かったかのように治ってしまう。意味が無い行為をしようとする友人を止めるのは、確かに正常な判断と言えただろう。それに、


「大丈夫だよ、ちゃんと死ねるようにしたから」

「何も大丈夫じゃないよ!?ていうか、自殺は出来ないはずじゃ」

「それもどうにかしたの。だから私、死ねるよ」


 何も分からない。話が繋がらない。どうして彼女は死のうとしているのか。そもそも、どうして死ねると確信を持って言えるのか。希の異能は不幸をばら撒く異能であって、監獄が定めたルールから逸脱するようなことはできないはずだ。しかし初の目には、希は嘘を言っているようには見えなかった。


「やめてよ、死なないでよ、どうして」

「……ずっと一緒にいられなくてごめんね、初」

「そんな、遺言みたいなこと言わないでっ!」

「希え」


 希から拳銃を奪い取ろうと初が踏み込む。が、見越したように彼女は錠前のペンダントをカチリ、と解錠した。

 瞬間、溢れ出す黒い何か。いくら初であろうと、そこに飛び込むのはリスクが高い。その一瞬の躊躇を、希は見逃さなかった。



「……でも、初だって生き続けたら、死にたくなっちゃうと思うよ?」



 そんな、疑問形の言葉と共に。希は銃口を咥え、引き金を、引いた。

 撃鉄が唸る重い音。それと共に、希の頭が肉片を撒き散らしながら吹き飛んだ。血液が辺りに飛散し、ばたりと希が床に倒れる。広がった三つ編みと、血溜りに沈んだ身体。それらは、初が見知ったように動くこともなければ、再生することも無く。まるで、普通の人間の死体のようで。


 初は今でも覚えている。目の前で銃口を咥え、死んだ彼女のことを。そして今でも考えるのだ、もし自分が彼女にもっと寄り添えてれば、悩みでも無いのかと強引に問いつめていれば、希を救えたのかもしれないと。そして巡る思考はいつも、同じ所に向かうのだ。


 もしかして自分は、彼女に見捨てられたのでは?と。死ぬに死ねない自分を置いて、一抜けしたのではないか?と。






 ■






「私、見捨てられてなかったの?私、は」


 初が呆然と座りこみ、瞳を黄金に輝かせる。周囲を見る余裕が無いらしい彼女は、湖上達の状況にまるで意識が向いていないようだった。


「と、桐子ちゃんどうにかできない!?」


 取り敢えず叫ぶ。おそらく彼女は、初がもたらすこの重圧の適用外の筈だ。案の定隣を見れば、桐子は平然としている。湖上の声で我に返ったらしい彼女は、しかし芳しくない答えを返す。


「出来なくはないけど、やめた方がいいと思う!幻想生命化の異能者は異能への依存度が高いから、破壊すると何が起こるかわかんない!それに多分今の初は暴走状態もいい所だから、尚更マズいと思う!だから破壊は最終手段!」

「対話でどうにかするしかないってこと!?」

「そうなるかな!」


 なるほど状況は厳しい。桐子の言う通り暴走状態なら、そもそも会話が成立するかどうかも怪しいだろうに。しかし、やるしか無いだろう。


「初!わかんないけど、とりあえず落ち着いて──」

「ずっとそうだと思ってたのに。じゃあ、私は、私が……私が、勝手に」

「……どうすんのよ、これ」

「冷静に言ってる場合じゃないぞあげは!」


 虚ろな眼差しで、初は意味の通らない言葉を呟き続ける。


「じゃあ、どうすれば……一緒にい、いられたの?どうしたら、私も一緒に」

「落ち着くまで待つしかないでしょ。ちょっと試して見たけどこの重圧、どういう原理か知らないけど異能を封じてるというか、抑え込んでる。これじゃ静でも大した出力でないわよ」

『そうなんだよ』


 やっとこさという感じで入力したのだろう言葉が、合成音声として出力され、状況に対する肯定を示す。成程現状はロクでもない。ならば。


「桐子ちゃん」

「……えっ」

「俺の手を、握って。一瞬でいいから」


 桐子に向けて少しだけ、手を差し出す。感情的にもリスク的にも、まるで取りたくない手段ではある。しかしこれを放置するのは、知識の無い湖上でも大丈夫とは思えないのだ。……いくら、初であろうとも。限界はあるはずだ。湖上のしょぼい異能でさえ、一日中発動するような真似はできないのなら。こんな、明らかに消耗しそうな異能を維持できるはずが無い。


「早く!」

「わ、わかった!」


 珍しく気圧されたような彼女が、包帯越しにしっかりと、たしかに湖上の手を握ってくれた。その瞬間、今まで感じていた重圧がうそのように消え去る。そのままパッと桐子の手を離し、振り返らずに重圧が再び襲いかかろうとしてくる中。全速力で初に近づく。そしてそのまま、重圧に半ば押しつぶされる形で湖上は初を抱きしめた。


「──れい、ちゃ、ん」


 重圧が、軽くなる。一瞬だけ両手にふわりとした感触をもたらした羽が、嘘のように消え去って。湖上の視界の外で、光輪がパラりと空に溶けた。


「俺も、もちろん皆も初が何を思って、何を感じて、こうなっちゃったのかなんてわからないし。多分、どうすることもできないけどさ。話ぐらいなら、聞けるよ?」


 そんな無責任な言葉程度でも。初の意識をこちら側に引き戻すには足りてくれたらしい。湖上の腕の中で強ばっていた体が、ふっと緩む。そして湖上達を苛む重圧が完全に消失した。


「ただの、年寄りの愚痴でしかないのだけど。それでも、聞いてくれるかしら……?」


湖上の腕の中で、そう不安げに問いかける初は。外見通りの、どこにでもいる普通の少女のように見えた。それに、返されたのは。


「当たり前じゃねーか」

「愚痴なんて誰だって吐いてるでしょ。吐きたきゃ勝手に吐けばいいっての」

「好きにすればいいだろババア」

「初のお話なら、桐子ちゃんはなんでも聞くよー!」

『むしろ、初の愚痴なんて聞いてみたいぐらいだけどなー。普段ぜーんぜん話してくれないし』

「……」

「勿論」


 肯定の言葉達と、初めて目にした暗之雲の首肯。それに、湖上が短く簡潔に付け足す。


「……ありがとう」


 震えるその声は、わかりやすく安堵の色を含んでいた。


「ねーおねーちゃん、いつまで初にくっついてるのー?」

「っ?……うわあああああ!?」


 桐子の至極冷静な指摘に、湖上は弾かれたように初を離し、後ずさる。


「てか、なんで抱きついたんだ」

「いや、その、あの、お、俺は」

「意識逸らそうとしたんでしょ。だからと言ってなんで抱きついたかは知らないけど」

「だ、だだだだって突然だったからぁ!」


 ……よくよく考えてみれば、自分はなんてことをしてしまったのだ。初と湖上は単なるクラスメートであり、しかも相手は異性で、外見はともかく実年齢は遥かに年上だというのに。これでは初に恨まれても仕方ないのでは!?と自分でもわかるほど頬を赤く染めながら、湖上はぐるぐると今更感あふれる思考を巡らせる。


「どどどうしよう!?お、俺やっばいことを」

「ふふふ、大丈夫よ麗ちゃん。そんなに気にしないで」

『麗、初もこう言ってるし大丈夫だから』

「むしろ止めてもらっちゃったんだから。感謝はするけれど、怒るようなことはしないわ」

「……そう?本当に?」

「本当よ」


 湖上の疑いに、初がいつも通りの穏やかな笑みを浮かべている。……まだ正直信じきれないが、とりあえず黙ろう。今は、騒ぎ立てるべきではないだろうから。湖上が口を閉じてしばらく。椅子に腰かけ直した彼女が、ゆったりと口を開いた。


「そうね……もう死んじゃった友人の事なんだけれど。彼女の死因、自殺だったの」


 初は語る。彼女の古い友人の話を。希という名の少女が自殺した経緯を。首元の錠前を握りしめながら、彼女は締め括る。


「彼女、言ってたの。この世界で生き続ける意味ないなんてない、貴女だって死にたくなると思うって。だから、多分──自殺屋さん自体、私のためのものなのよ。希が私に、もし死にたくなった時は死ねるようにくれたもの。それで、思ってしまったの」


 暗い黄色の瞳に、うっすらと涙を浮かべて。永く少女に取り残された老女は言う。


「私、見捨てられてなかったんだなって、ちゃんと、希に想われてて。私なんかずっと、希が自分を裏切ったんじゃないかって思ってたのに!そんな自分が、最低で、許せなくて」

「気づけたなら、良かったんじゃないの?」


 気づけないよりは、余程良い。確かに意図が伝わるには何十年もかかってしまったかもしれないが。それでもこうして、現に初は気がつけたのだから。


「そう、かしら」

「つかぐじぐじ言ったところで、もうそいつ死んでんだからどうしようもねーだろ。何だったらババアが決めちまえば?それで良いんだって。都合良いように決めつけても、もう誰も怒れないし」

『ちょ、樹懸それはどうなの』

「は?何十年も前の実験体のこと知ってる奴なんてもう生き残ってねーし。好きにすればいいだろ」

「あんた、ほんっとにロクでもない」

「……まあ、答え合わせが出来ないのは本当だよね」


 極論であるとはいえ、樹懸の言い分も間違ってはいないのだ。死人に口などない。それこそ葬儀が、生者のために行われるように。実際初が言っていた推論も、本当かどうかだなんて、何十年も経った今ではわからないのだから。


「死んだらどうしようもないってのは、こいつに同意すんの癪なの除けば同意」

「喧嘩売ってんのかパツキン」

『俺からすれば流石に極論すぎてどうかと思うけど?』

「?初がそう思うならそれでいいんじゃないか?」

「松太郎絶対なんも分かってないでしょー」


 これだけ人数が集まれば、意見は人それぞれであろう。何だったら絵画世界でルナサン越しに暗之雲の意見でも聞いてみれば良い、きっとまた別の意見が出ることであろう。それでも結局正解がわからないというのが、湖上なりの真理ではあるが。


「……私、余程のことがない限り。今後も長く生きると思うから。それこそきっと、最後の一人になるまで。だから」


 彼女自身、それが正解であるとはとは思っていないのだろうけど。それでも、すっきりした顔をしていた。


「それまで、考えてみることにするわ。希がどう思っていたのか、私は間違っていたのか。それと──希が、生きる意味が無いって言っていたのが本当なのかも。最後まで見届けてから、自分なりの答えを出してみるわ」


 丸眼鏡の奥で。少女らしい大きな瞳が決意を抱いていた。



 ……ところで。と湖上はすっかりいつも通りに戻ったI配属の面々と、夕食の時間を指し示す時計を眺めながら思う。夢貌希という少女は、初曰くパンドラの幻想生命化らしいが。そのようなものも存在していたのか、と。

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