死をゆるされぬものたちよ-20
「あ~……疲れた。寝たい」
「でもお前、今飲んでんのコーヒーじゃね?それじゃ寝れないだろ」
「えっ」
あの部屋から逃走し、ラウンジで飲み物を飲んでいたのだが。どうやらあまりの疲れに癖で、樹懸の指摘通り湖上麗はコーヒーを入れていたようだ。
「うっわやらかした。あーでもいいや、どうせまだなんか……あった気がするし」
脳内でやるべき事を並べ立てる。大丈夫だ、カフェインを摂ったところで、どうせ今日もそこまで早くに眠れる訳では無いから問題は無い。
「そんなやる事とかあんのか。なんか実験か?」
「うん、そんなとこ」
「つか、逃げて来ていいのかよ」
「うぐっ……いやだってさ、あれはその、針のむしろもいい所というか」
「いや知らねえけど、そういうのって逃げたら悪化しねえか?」
「なんか今日の樹懸やけに辛辣じゃない!?」
わかっている。向こうに存在を認知されてしまった以上、どこかで接触しようとしてくることぐらい。それでも嫌なことは嫌なのである。出来うる限り先延ばしにしたいものなのである。
『れーいー?^^』
「うわあ!?」
「言わんこっちゃねえ」
湖上の目の前に、端末が差し込まれる。わざとらしく笑顔の顔文字を使っているあたり、理由を聞き出してやるという強い覚悟を感じる。そんなもの、まるで感じ取りたくなど無かったのだが!
「なんか静が言ってたけど、麗が逃げたとか何とか」
「いや、単純に居心地が悪かっただけだって……場違い感半端なかったし」
『そんなことないと思うけど』
「ええ。それにそんなことを言ってしまったら、死人が出ていないという意味でI配属みんな場違いってなっちゃうもの」
「そうかなあ」
松太郎と初も加わって、追及と慰めが一気にやってきた。実際初の言い分が最もそれらしいだろう。唯一被害者になりかけた初が言っているという意味ではアレだが。……珍しく暗之雲も何故かラウンジのソファーに身を沈めているというのに。
「……あれ、そういえば桐子ちゃんは?後あげはも……」
「いやあたしはいるけど」
「うわあっ!?」
突然背後から声がして、振り向けばあげはがいた。右手にはジュースを持ち、完全にくつろぎモードである。
『桐子、なんか用事があるのー!って出かけてたよ』
「あーそっか、だからか」
「桐子ちゃん、みんながいる所に何だかんだ一緒にいたがるものね」
「もしくは女装野郎にべったりだな」
「そんなに?」
「気づいて無かったのかよ」
湖上の知らないところで周知の事実になっているのだが。当事者である湖上はまるで知らない。そんなに彼女は湖上にくっついていただろうか?たしかに振り返ってみるとそれなりに一緒にいた気もしなくもないが……。
「あっ!みんないるー!」
噂をすれば何とやら。とことこと桐子がラウンジへと歩いてきた。そして、当然のごとく桐子は湖上の隣に座る。……確かに、この行動だけ客観的に眺める分には、好かれているかもしれない。
「あんた何してたの?」
「自殺屋さんの異能?みたいなのを破壊してきたのー!黒くて箱っぽくて面白かったんだー」
「黒くて箱っぽい……?なんだそれ」
「んー桐子ちゃんもよくわかんない」
「え……」
湖上も思い至り、神構が目的としたもの。桐子の異能で対処できるという読みは、正しかったようだ。黒くて箱っぽいもの、とやらは自殺屋さん継承時の道具か何かだろうと湖上は予想を付ける。しかし、初の肩がびくっと跳ねたのは気のせいだろうか?
ひとまずこれで一件落着と言えるだろう、と湖上が考えていた時。桐子が口を開く。
「なんかねー、自殺屋さんをやってた子から、伝言?を頼まれたのー!」
それは伝言ではなく、遺言なのでは?と湖上は喉まででかかったが思いとどまる。他の面々がどう思っていたかまではわからないが。生じた静寂を、桐子は了承と受け取ったらしい。いつも通りの表情で、いつも通りの調子で口を開く。
「えっと、I配属で一番年上の人に伝えてって言われたの!」
まどろっこしく、初を指す言葉を口にして。
「それは、貴女への手向けだ、って」
湖上にとっては意味の通らない、遺言だった。が、これはきっと彼女だけが理解できるものなのだと次の瞬間わかってしまった。
「ちょっと待って、待ってよ……」
初を中心に、目に見えない重圧がラウンジ全体に広がる。それは、湖上の語彙の中から近しいものを宛がうとしたら、まさしく威光と呼べるもので。その場にいる大半を、地べたに這い蹲らせた。
当の初は、今までに湖上が見たことない程わかりやすく焦っているようだった。桐子が口にした遺言が十中八九原因だろうが、わかることはそれだけである。そして。
ぺたん、と腰を抜かしたように初が座り込む。いつも身につけているワインレッドの外套の留め具が、衝撃によってぷちりと外れ外套が肩から滑り落ちる。理由は、火を見るより明らかであった。
初の背からは、純白の翼が一対生えていた。ばさりと舞った羽は、床に落ちると直ぐに消えていく。頭上では光輪が浮かび。常ならばくすんだ黄色であるはずのその瞳は、黄金に輝いていた。
ここに来てから、聞いたことがある。最初は何の言葉かわからなかったが、今なら意味が分かる。この場所がつけた、異能の分類名のひとつ──幻想生命化。この世にそんなものは存在しないと、大衆が判断した存在と化す異能。
今の二ッ葉初はまさしく幻想の生命であり、さしずめ【天使】と言った所だろうか。
「希……?」
焦燥と歓喜を綯い交ぜにして、初が誰かの名前らしきそれを呼ぶ様を。湖上達はただ、見ていることしか出来なかった。




