死をゆるされぬものたちよ-19
何故か逃げるように去っていた、例のIrregularの新人を皮切りに。ぽつりぽつりと人が立ち去っていき、最終的に残ったのは沢谷鏡香と彗嵐、神構、そして件の自殺屋さんである義寺だけであった。
「……すまねえが、この後はウチの管轄だ。実験体は関わらせられねえ」
「だよねー。だから解散って言ったんでしょ?仕方ないよ」
「すまん」
「わかってるって」
ぽんぽん、と彗嵐が鏡香の肩を叩いてから部屋を後にする。そして、これを聞いた上で立ち去ろうとしない神構に、鏡香は半眼を向けた。
「帰れ」
「あ、もしかしたらって思ってましたけど、やっぱ俺関係者枠じゃないんですねえ」
「白々しい。早くどっか行け」
「手厳しいですねー。まあ構いませんけど。では、円」
立ち上がって、振り向きもせずに。ひらひらと、後ろ手に手を振って。
「程々の所で口を割った方が賢明だと思いますよ?では、また後ほど」
「っ、ええ、また後ほど」
未だに義寺が生き残れるとでも思っている能天気なのか、それとも──どうせ、自分も直ぐに地獄に堕ちるとでも言いたいのか。彼が出ていった扉を、ぼうっと眺めながらきっと後者であろうと鏡香は思う。しかし、そんなことは鏡香には関係の無いことだ。
「ねえ、沢谷様。私、少し不思議なことがありますの」
「は?知らねえよ葬義寺、勝手に言ってろ」
「……私にその名を名乗る権利は御座いませんわ」
「戸籍上は葬義寺だろうよ」
葬義寺。上峰の名前を風の噂程度には耳にしていたらしい家。故に、この娘は研究所に売られた。葬義寺と名乗ることを許されていない、というのも歴史ある家ぶっているだけだろうと冷たく判断する。鏡香が手にした端末に記録された彼女のデータは、当主の愛人の子である、と記されていた。
「話の腰を折らないでくださいな。ああですが、勝手に話してよろしいのでしょう?でしたら話させていただきますわ。沢谷様、先程私のことを気が触れている、などと形容してらっしゃたけれど。あなた様だって同じでしょう?」
「てめえみたいなイカれポンチと自分を一緒にすんじゃ無えよ」
「たしかに私は命は娯楽に過ぎないと思っているわ。けれど、あなた様は私達の命を単なる実験に使うひとつの道具と捉えていらっしゃるでしょう?どちらも、同族の命を目的のために消費しているという意味では同じですわ」
「何が言いたい」
拘束されて、立ち上がれない葬義寺を見下ろす。やっとこちらを見てくれた、とばかりに目を細める彼女が憎たらしい。足蹴にしてやろうかとも思ったが、それはそれで面倒くさい。
「あなた様は、自分以外の命はみな実験の道具としてしか見ていらっしゃらないと言うのに。宙溟様とは随分親しげでしたのね。何故かしら」
「彗嵐は自分の友人だ」
自分自身で認識しているより、ずっと低く大きな声がでる。それを、楽しくて仕方がないと少女は見上げていた。
「……ええ!そういう事にしておきますわ!」
「は?」
「だって、とっても楽しそうですもの!私ごときが壊してしまうなんて勿体ないわ!」
「尋問の手筈が整ったからとっとと黙れ」
……ガムテープでもあれば良かったのだが、流石に持ち歩いてはいない。まあ今回の尋問要員はとびっきりの奴らだから、一瞬でどうでも良いことを吐かなくはなるだろう、と鏡香は見下ろしていた。
尋問によって得られた情報は、殆どが神構が語っていた物と変わりない。身体中から血を吹き出す葬義寺に止血措置を施す研究員を眺めながら、鏡香は情報を脳内で反芻する。しかし、一つだけ重要な事があった。
自殺屋さんの継承権とは、とどのつまり何らかの異能によって作られた道具であるらしい。
葬義寺の尋問を行ったうち1人曰く、それは黒い箱状のものらしい。それも、ある程度は物質的な挙動を見せるという。つまりそれは、新たな実験材料なのだ。配属生は自殺不可能になる現象を打ち破った希少な二例目を、手に入れようとしない研究者は存在しないだろう。
しかし、一つ問題と言えるのは。
「どうして私が箱を、あなた様方に渡す義務があるのかしら?」
無理やり奪うことが不可能らしいその箱を、葬義寺本人に渡す気が一切無いということである。
「あなた様方に預けたら、それこそ意味がありませんの。それでしたら、私がこの箱を抱えて死んだ方がいくらかマシですわ。ああ、なんだったら私に花厳様が触れてくださっても構いません」
血まみれになる前の葬義寺は、そのように言い放ったのだ。故に尋問という名の拷問を激化させたのだが、彼女はまるで口を割らない。故にこのまま放置して失血死されても溜まったものでは無いと、こうして応急処置が行われているのである。
「……てめえは、何故そこまでするんだ」
「…………どうか、いたしました?」
鏡香の独り言に、葬義寺が反応する。包帯塗れの体を引きずり、朦朧とした意識で発声しているようだった。
「てめえの行動基準が1ミリも理解出来ねえんだよ。何故そこまでする?死なない方が、命を守る方が余程大事だろう」
「ああ……こういう所では、命よりも……大切なものがないだなんて、お可哀想……とでも、言うべきなのでしょうけど……私、先程申し上げたように……命は、娯楽だと思っていますの。だから……私自身の命も、飛び切りの娯楽に、過ぎ、無いでしょう?」
「……致命的な馬鹿か?死んだら、娯楽もクソも無いだろ」
「…………?そう、いうもの、ですわ?」
何故か彼女は不思議そうにしている。鏡香は、至極真っ当なことを言っただけなのだが?
「だって……私の命は、単なる道具……ですの。ここに、いるのも。……道具だから、ですわ。道具を、使って、なくなる瞬間まで、楽しくいられたら……幸せ、ですわ。道具は、使うためにある、のだから」
「……」
「ああ、でも……どこの、馬の骨とも知れぬ、輩に。道具として、汚される、くらいな、ら。……大誠と、一緒に……楽しいことを、たくさんできて。……道具、ではないのに。幸せ、なのかしら……?」
「…………黙れ」
気分が悪い。なるほどこれが騒動の中心に居たのなら、自身が私怨混じりで動くのも納得だ。
──なにせ自分と似た境遇の奴が、抗うことすらせず、言いなりになった末路なのだから。鏡香だってもし何か一つでも間違えていたとしたら、方向性は違えどこうなっていたのだ。必死に勉強して己の価値を釣り上げて、周囲に自分の別の利用価値を認めさせて。それでも最大の理由が「鏡香の代わりができた」なのは今でもまるで腑に落ちていないが。
「……似てる……わね」
「やめろ」
「逃げられた、なら……羨ましい、わ。私、は。……そんな、隙も、無かったから」
「やめろ!」
認めたくない。自分が目の前のクズになるかもしれなかった存在などと。そんなクズに、羨まれるなど。それが、生まれて初めての、同類からの羨望と哀れみだと。そんなもの。
「そんなに、嫌、なら。私を……殺せば、いいのに。そう、したら……否定、できる、か、もしれ……ない、わ」
「それこそ、今の自分の否定なんだっつーの!沢谷鏡香は異能者の実験を、化学を最優先に行動する人間なんだよ、感情論でそんな機会を奪わねえんだよ!」
ありったけの力を持って叫ぶ。酷使された喉の悲鳴が聞こえる気がする。感情のままに喚き散らかすなど、無様だ、情けない。理性はそう判断しているというのに、鏡香の断片が、理性とはかけはなれた部分が否定する。自己を主張しろ、無様でも構わない、それだけの理由がある、と。
「ええ……あなた様、は。そういう人、なの、ね……それ、は……とても」
肝心なところで、円は気を失う。いや、ある意味よかったのではないか?この握りしめた数々の薬品を叩き込まずに済んで。情動のまま実力行使に至る自分を、現実とせずに。
……というか。結局肝心の、円から箱を得ていない。意識を失わせたまま正式な拷問部屋にでも連れていってしまおうか。鏡香は1人そのようなことを考えていた、のだが。
「──え 」
現れるはずのない人だった。それは、鏡香ですら初めてお目にかかった人だった。無論、鏡香如きでは逆らえるはずがない。そんな、立場の人。それが何故か、この部屋に入って来た。
「起きなさい、葬義寺円。私、あなたが持ってるその箱が欲しいの。勿論あなたにとっても悪い話にはさせない。きっと、あなたは気に入ってくれると思うから」
連れていた従者が、無理やり円を起こす。その様子を、至って平静な眼差しでそれは眺めていた。そして、鏡香へと視線を向ける。
「そこの沢谷の……えっと、人柱候補だった子。この件は私が介入するから、あなた達はもう関わらなくて大丈夫だよ」
「は、い……」
さらりと、鏡香が最も言われたくない形容詞で自身を表現したそれ。しかし、ここで鏡香が文句を言えば無意味に首が飛ぶだけだ。何も言わず、従うしかない。
意識を取り戻したらしい円を他所に、鏡香は部屋を立ち去った。




