死をゆるされぬものたちよ-15
「だから!わたしは死にたいんです!」
だん!と勢いよく放課後のラウンジの机が叩かれる。接待用に用意していたティーカップがガチャンと不快な音を立てた。羽を模した髪飾りを身につけて、夕顔葉澪と名乗った少女は自分をいっそ笑えるほど睨みつけている。その顔にはありありと不満が描かれていた。しかし、教える訳にはいかないのだ。
「あなたのとこの始番号も言ってたでしょ?監獄が自殺屋さんに目をつけちゃったのよ。そんな状況で自殺屋さんに接触しても、監獄に捕まって死ねに死ねなくなるのがオチ」
そうなのだ。死にたいと願う彼女の為にも、教える訳にはいかないのだ。生き地獄ほど、この世に恐ろしいものは無いのだから。自らの手でさらなる地獄へ他人を誘うような真似を、秋ヶ瀬鳴は進んでやる気にはなれない。
「……でも!わたしは、今すぐ死ななきゃいけないんです!」
見事なまでの堂々巡りだった。その黒い目には、きっと正気なんて欠片程度にしか残っていないのだろう。N37だというから、大して精神を壊してはいないと思っていたのだが。秋ヶ瀬の見積もりは甘かったようだ。これでは、交渉もクソもない。
「今すぐ死にたいという気持ちはわかるけど。でも、本当に今はやらない方が良い。普段より成功確率が圧倒的に落ちてるんだから。あなただって生き地獄は嫌でしょう?」
「そうですけど!それでもわたしは、死ななくちゃいけなくて」
そもそも、自殺屋さんという噂が本格的に広まったこの任務通達後に、秋ヶ瀬の下を訪れている時点で。長期的に死について調べていないことは明白なのだ。ちょっと漁れば、自殺屋さんなど一瞬でたどり着ける。実際に会えるかは置いておいて、単に情報を得るだけならさして難しくなどない。そんなことすらしていない時点で、彼女の自殺願望は突発的なものであると断じざるを得ないのだ。
「今やらない、という条件付きなら私の異能を使った上で教えるけど」
「それだと何も変わりません!わたしは今!すぐ死にたいんです!」
「とにかく、この条件を飲めないなら私からは教えられない。それと、私以外のツテを使っても多分無駄よ。流石の自殺屋さんも、今回ばかりはある程度自分の保身を優先してるらしいから。噂として出回ってる接触手段には応じる気は無いらしいわ」
「うぐっ……!」
バツが悪そうに彼女は顔を背ける。図星なのだろう。秋ヶ瀬としてはこのように語るしかないのだ、大事な仲間の意思を尊重するためには。
「私から言えることはこれぐらいしかないの、ごめんなさい」
「何でなんですか!?わたしは」
夕顔が秋ヶ瀬に掴みかかろうとする。流石にこれはマズいかもしれない、さてどうしようかと秋ヶ瀬が思考を巡らたところで。夕顔が誰かによって、後ろから羽交い締めにされた。
「すみません秋ヶ瀬先輩!うちの葉澪がご迷惑を」
「縁ちゃん!?どうしてここに!?」
縁と呼ばれた三つ編みの少女に、夕顔が目をむく。どうやら彼女にとっても、縁の介入は予想外であったらしい。保護者のような物言いで、開口一番謝罪の意を表明した彼女は、更に言葉を続けていく。
「多分葉澪にめちゃくちゃ迫られてたと思いますけど、取り合わなくていいですから!」
「縁ちゃん、どうしてそんなひどいこと言うの!」
「あのねえ!私いっつも言ってるでしょ!?葉澪には死んで欲しくないって!」
「でも!わたしは死ななくちゃ」
秋ヶ瀬を置いてけぼりにして、少女たちの口論はヒートアップしていく。内容を掻い摘んでみれば、夕顔が死にたいと述べることはどうやら日常茶飯事のようだった。それを、縁が引き止めるところまで含めて。つまり秋ヶ瀬は彼女達の日常に巻き込まれたもいえなくもないが──それこそ、秋ヶ瀬鳴の日常茶飯事である。
「縁さん、であってる?安心して、私は自殺屋さんについて夕顔さんに教えるつもりは無いから。それに、現在の状況下では自殺屋さんも動くに動けないだろうし」
ほとぼりが冷めるまで、暫く活動を縮小すると聞いている。自殺屋さんの業務を行うのは、余程の例外だけだとも。秋ヶ瀬の発言に、露骨に安堵のため息を縁がこぼす。対照的に、夕顔の顔は曇っていった。
「そうですか……ありがとうございます。秋ヶ瀬先輩」
「礼なんていらないから。私の立ち位置から言うべきことを言って、取るべき対応を取ってるだけなんだし」
「……ほら、葉澪。帰るよ」
「なんで!なんで教えてくれないんですか!?どうしてみんな、わたしを死なせてくれないの!?」
縁に腕を引っ張られた葉澪は、必死にこちらへと手を伸ばしてくる。が、無論秋ヶ瀬はその手を取ることはしない。……これは、もしかしたら言うべきでは無いかもしれないけれど。それでも、と秋ヶ瀬はダメ押しの一言として言葉を口にした。
「あなたのお友達は、あんなにもあなたの事を思って、死んで欲しくないみたいだけど。あなたはお友達の思いを裏切ってまで、死にたいの?それとも、お友達の方が大事かしら?」
「……っ」
泣きそうに、夕顔の顔が歪む。と、同時にそれ以上にひどい顔をした縁がこちらを睨みつけた。──そんな残酷な真実を突きつけるな、余計なお世話だと。しかし、いつまでもなあなあで誤魔化していては何も変わらないだろう。ある程度は現実を認識しなくては。夕顔を無理やり引き摺って、縁が秋ヶ瀬から離れていく。そのタイミングを見計らったかのように。事実、見計らっていたのだろうけど。異能由来ではない、一見して異能由来だと判断できるメッシュの入った少女がこちらへ向かって歩いてくる。
「ああ、やっと?遅いね」
随分と無駄なあがきを続けていたようだ、と秋ヶ瀬は少女に──宙溟彗嵐に、声をかけた。




