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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
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死をゆるされぬものたちよ-12

「これで大丈夫だと思うのだけど……」


 購買で購入したルーズリーフに、初が自分の名前を書き入れたものを。円に言われた通りに、M44実験室の扉の隙間へと滑り込ませて。初がぽつりと呟いた。


「……それ、どっちの意味?」

「?……ちゃんと自殺屋さんに届けられたかしらってことよ。作法を間違っていなければいいのだけど」


 初は自殺屋さんで自分が死ねるとは、思っていないようだが。湖上麗からすればそれは、自殺屋さんの原理について憶測でしか物を語れない以上、確定した話では無いのだ。気にかけることは不自然ではないと思うのだが。


「あら、もうこんな時間。麗ちゃん、食堂に行きましょう?」

「そうだね」


 初が端末に視線を向ける。つられて湖上も端末を取り出してみれば、形式上の時間割において昼休みと定められている時間の後半を示している。おそらくI配属の面々は昼食を摂り終わっているだろうが、もしかしたら誰かしらまだ残っているかもしれない。湖上としても特に異存はなかった。

 2人で連れ立って食堂へと足を向けようとしたその時、不意に湖上の肩が強く叩かれる。


「えっ、どうし──」


 振り返れば、そこにいたのは暗之雲だった。湖上の肩を叩いたのとは反対の手で、一枚の絵画を握りしめている。ラウンジが描かれたその絵画を、ぐりぐりと湖上の手へと押し付けていた。


「麗ちゃん、拒まないであげて?お話したいことがあるみたいだから」

「わ、わかったけっ、どっ!?」


 初の、湖上の骨ばった手より余程小さく細い手が湖上の手に重ねられる。存外低い体温に戸惑う間もなく、ぐるりと世界が歪んだ。


「ねえ二ッ葉さん!湖上!さっきの自殺屋さんへの接触方法なの!?」

「ひえっ」

「あら」


 暗之雲の異能によって、絵画の中へ引き込まれたのだと理解するまもなく、ルナサンにがっしりと肩を掴まれる。何時になく真剣なその目が、暗之雲本人の態度からは考えられない程真っ直ぐにこちらを覗き込んでいた。


「ちょ、あの、ル、ルナサン?あの、は、離して!?」

「……あっ、ごめんごめーん!ちょっと焦っちゃったー!」


 湖上の動揺しきった言葉は届いてくれたらしい、わざとらしく取り繕いながらもルナサンは湖上と初を解放してくれた。


「いや~、創造主さまったら、聞いたことない方法だから気になっちゃったみたいでさ」

「……その言い方だと、他に方法を知ってるみたいだけど。もしかして、何か知っているの?良ければ、教えて欲しいのだけど」

「あ~、そういえば任務が~とかなんとか言ってたねー。忘れてたや」


 どうやら暗之雲は、任務とは関係なく自殺屋さんの情報を得ていたらしい。それも、接触手段を。……やはり、暗之雲は自殺願望があるのだろうか?あそこまで、他人を拒絶し、絵に逃避するように生きているのだから。何もおかしくないと言われればそうかもしれないが。


「もう、ルナサンちゃんったら。忘れちゃだめじゃないの。I配属に任務が通達されることなんてめったにないんだから」


 初が柔らかくルナサンを嗜める。しかしルナサンは──いや、暗之雲にとっては、それは腹立たしい行為だったのだろう。明らかに表情を歪め、非難する言葉を口にする。


「……従う義理も無いのに、覚えてるわけないじゃん?そんなの。ていうかむしろ、アタシたちから全てを奪ったような奴にさ、なんで二ッ葉さんは協力してるわけ?」

「────」


 見間違え、だろうか。一瞬だけ、初の顔から表情というものが完全に抜け落ちたように、見えたのだが。しかし瞬きもしないうちに、初はいつも通りの朗らかな笑みへと戻っていた。何がそこまで彼女の感情を揺さぶったのかは、まるでわからないが。


「ていうか、湖上もだよ。なんで?」


 どうやらルナサンは、こちらにも矛先を向けたいらしい。たしかに一般的な感性で思考するならば、この場所の運営者に従う義理などない。むしろ、反抗する方が一般的であろう。


「俺は、単に流されてるだけだよ。俺が松太郎とかに引きずられずに、逃げられると思う?」

「……まあ、それは、わかるけど」


 嘘は言っていない。本意が含まれてるとも言っていないが。会話相手を納得させることができたのならそれで良いだろう。


「それで、ルナサンは俺たちの知ってる自殺屋さんとの接触手段を知りたいんでしょ?だったらさ、ルナサンの知ってる方法も教えてよ。それで平等じゃない?」

「……ええ。私からも、頼めるかしら?」

「う~ん、まあ、そうなるよねえ。うん、いいよ!」


 少々の逡巡の後、ルナサンが了承の返事をする。そうして、ルナサンとの情報交換会が始まった。









「たしかに、情報は大事だ。だけどな!自分の!命を!大切にしろ!」


 初と湖上の報告を聞いた松太郎の第一声である。湖上が直接彼女に言えなかったことを、松太郎が綺麗に代弁してくれた。うっ、と初が怯みつつも、弁明を口にする。


「わ、私がそう簡単に死ねるとは思えないもの!むしろ私が自殺屋さんで死ねてしまったら、それこそ松太郎ちゃんどころか、監獄にだって手に負えない事態だと思うけれど!?」

「確かにそれはそうだけど、それについては俺はなんも言ってねえよ!ほんの少しでも死ぬ可能性がある手段を取るなって話!俺は初に死んで欲しいとは思ってない!」

『松太郎も初も、とりあえず落ち着いて』


 慌てて静が間に入るものの、松太郎も初も譲る気は無いらしい。睨み合ったままである。その様子をあわあわと湖上が眺めていたところに、桐子がやって来た。


「初だって、死んじゃう時は、死んじゃうでしょ?……それこそ、桐子ちゃんが初に触って、例えば拳銃で撃たれちゃったりしたら、さ?」

「……そう、ね。私が死ねないのは、異能のせいだもの」


 包帯越しの小さな手は、空を切る。その手を、初が複雑そうな眼差しで見つめていた。きっと触れることを、この場所から禁止されているのだろう。


「だ、か、ら!とにかく自殺屋さんに自分から会いに行くするようなことはするなって言ってんだよ!」

「そうね……でも」


 不意に、I配属の教室のドアが開く。その場にいる全員からの注目を浴び、不可解そうに眉をしかめる樹懸の手には、一通の封筒が握られていた。


「なんか、教室の前に落ちてたぞ?……フタツバハツさまへ、って」

「熱烈ねえ。それだけ、私を殺したいのかしら」


 冗談か本気か判断のつかない言葉を、初がいつもの調子で口にした。

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