死をゆるされぬものたちよ-10
デジャブと言う言葉は、現状に対する形容詞で正しかっただろうか。そんなくだらない事を考えながら、有栖美鈴奈は半眼で不審者を見やる。相変わらずモッズコートにガスマスク、ジャージという意味不明ファッションをキメたそいつは、暗之雲というどう考えても偽名としか思えない名を名乗っている上、あのI配属所属だという。
「……また迷子になったのです?」
なお有栖は食堂にいたわけではなく、時間を潰すためにラウンジでぼーっと端末を弄っていた。その点だけは先日の焼き直しとは言えない。そしてまた暗之雲が有栖に地図を表示した端末を突きつけてくるのかと思えば、今日は違ったようだ。
「え?ちょ、なんなのです?」
モッズコートの内側から、もぞもぞと暗之雲が何かを取り出す。出てきたのは、小さなキャンバスだった。写実的にラウンジが描かれている。特に詳しくない有栖から見ても、見事な絵画と評せるだろう。そして暗之雲はそれを、何故か有栖の手に押し付けてくる。そして何故だか、執拗に首を縦に振っていた。何がしたいのだろう。
「えっと……す、すごく上手な絵、なのですね?」
暗之雲は執拗に首を振っている。
「えぇ……絵を受け取って欲しいのです?」
暗之雲は執拗に首を振っている。
「もう、何がしたいのですよー!?」
意味不明さにムカついたので、雑に煽ろうとこちらも首を縦に振ってみる。
ぐらり、と視界が歪んだ。
「は!?な、なななんなのですよ!?」
一瞬浮遊感が襲ったかと思えば、視界が正常に戻る。しかし、有栖の目に映る世界は、先程までとは明らかに違っていた。余程の深夜では無い限り、いつも誰かしらが寛いでいるラウンジに、人が全く見当たらないのだ。……有栖の目の前に座る、エプロン姿の少女を除けば。
「いや~ごめんね~!創造主さま、やっぱりおしゃべりは無理だ~ってなっちゃったみたいで」
「……あ、はい。そうなのですか。それよりこの状況に説明を求めても?」
少女はお気楽に紅茶をかたむけている。一周まわって冷静になってきた有栖は、ひとまず説明を求めた。
「そっか!きみは知らないもんな~。えっとね、創造主さまの異能は簡単に言うと自分で描いた絵の中に入れるんだ!それで、絵の中ではアタシみたいな代理人?を作ったり色々なことなできるんだって!」
「うっわI配属理不尽なのですよ~なんですかその雑に強い異能、やっぱI配属バグってるのですよ」
若干の現実逃避も込めて、ふざけた返答を行う。こういうのを聞く度に思うのだ、世界とは理不尽であると。絵の中に入れるとのことだが、それ実質的に世界創世だと思うのだが。こんなふざけた格好でそんなすごいことをしないで欲しい。軽率にこの世に絶望したくなるので。
「ばぐ?はよくわからないけど、創造主さまの異能はすっごいよね!」
「あー……そうなのですねー」
「それでそれで!創造主さまはきみに聞きたいことがあるんだって!」
「はあ……なんなのです?」
雑に流されたというのに、特に気にした様子も見せない少女。先日沈黙を決め込んでいたのも、会話が苦手だからなのだろう。どうしても会話をしなくてはならないとなったら、異能を通して眼前の少女を使うということか。……彼女がどこまで、自律しているかは知らないが。もしかしたら明確に暗之雲が中の人をやっているのかもしれないし。
「きみって、自殺屋さんにどうやったら会えるか、知ってたりする?」
随分と、タイムリーな話題だった。そういえば、I配属にも今回に限れば任務通達の対象になっていたのだっけ。しかし、この全身全霊でコミュニケーションを拒絶しているような不審者が、そんな任務に協力しているとは思えないのだが。あり得るとしたら。
「あんたのご主人サマ、死にたいのです?」
任務通達によって、自殺屋さんのことを知ったパターンだ。有栖の問いかけに、少女は話が早いとでも言わんばかりに、にいと口の端を釣り上げる。その姿は随分と、幻想生命化の異能者とはまた違った形で人間味に欠けていた。被創造物であるが故の、模造の限界と言うべきか。それとも、一周まわって不気味の谷でも越えて、人間に近しいが故に中身の動きによって人間に見えなくなってしまったか。
「う~ん、厳密には死にたいって言うより、なんだろ……?ぶっちゃけ、アタシも創造主さまから詳細は伝えられてなくて。でも多分、死ぬ気はあんまりないと思うよ?」
「そうなのですか」
「それでそれで、結局きみは知ってるの?」
興味津々と言った眼差しで、少女がこちらに詰め寄る。それに対して有栖は、淡々とした返答をするだけだ。
「知ってるっちゃあ知ってるのですよ」
「ほんとに!?教えて教えて!」
「どれを?」
自殺屋さんへの接触パターンは、有栖が把握しているだけでも3つほどある。あくまで有栖の把握範囲は始番号としてのものと、N配属内の噂、イントラネット内の諸々程度だ。それでもこの程度集まっている辺り、一つ一つの信ぴょう性は下がる。
「全部!」
「わかったのですよ。んじゃ、一気に言っちゃうからなんかこうメモとか取りやがれなのです。1つ目は、自分の名前と、自殺したい理由を血文字で便箋に書いて、宛名をN-2-1にして黒い封筒に入れるのです。それでたしか、封筒をN2棟のK24室のポストに入れる……はずなのです。N-2-1は現在欠番になってるから、とかなんとか理屈を聞いたのです。
2つ目はイントラネット内の掲示板の特定スレッドにbotで投下されるURLからマッチングサイトにアクセスできるのですけど。そこのプロフィール欄に」
「あ~……話してもらってる最中に悪いんだけど、創造主さまには2つ目の方法はちょっと厳しそうだから、飛ばしてもらって大丈夫だよ」
「そんな気はしたのですよ」
実は有栖が最も詳しいのは2つ目の方法についてなのだが。何せ始番号会議の前に上に脅されて、botの駆除を行ったのは他でもない有栖自身なのだから。なのでぶっちゃけマッチングサイトのURLを握っていたりするのだが……流石に上が動いていないとも思えない。有栖以外にもインターネットに強い者などいくらでもいるだろうし、既に閉鎖に追い込まれていてもおかしくないのだ。つまり高確率で既に使用不可能な手段である。
「3つ目はテディベアから綿を出してお米と、後自分の人差し指を切り落として詰め込んだ後に元通り縫って、テディベアの首に赤い糸を巻き付けとくらしいのです。それでごみ捨てに出せばよかったはずなのです」
「……えっぐ~」
「それに関しては同意なのですよ。でも自殺屋さんへの接触手段なんて、大体こんなもんなのですよ」
あからさまに表情を歪めた少女に、有栖も同意を示す。その点、奴はよほど趣味の悪い人間なのだろうと有栖は考えている。もしくは、何か悪趣味にしなくてはならない制約でもあるのかもしれないが。
ところで先程から少女がメモを取っているつもりなのか、空中に絵筆で文字を描くという何気にとんでもない事をやっている。これで本当に記録できているのだろうか?
「うーん、創造主さまができそうなの、1つ目ぐらいだなあ」
「マジでやるのですかね」
「マジでやるなら、アタシには止めらんないなあ。あくまでアタシは創造主さまのモノだから、創造主さまには逆らえないもん」
「ま、それはあんたが悔いることでもないのですよ。それこそあんたの作者の責任なのですよ」
「……アタシのこと、慰めてくれるんだ」
何故だか意外そうに少女がこちらを見てくる。心外である。
「わたしのことなんだと思ってんのです?一応血が通ってる一般人類のつもりなのですけど」
「だって、ここの人達って、あんまりそういう人いないでしょ?」
「否定は出来ないのですよ。でもわたしは、わたしだったらきっと後悔するだろうと思ったからちょっと言ってみただけなのですよ……」
何となく決まりが悪くて視線を逸らす。少女は変わらずニコニコと笑っている。
「教えてくれてありがと。アタシの用事はこれだけだよ」
「……じゃあ、ちょっと聞いてみたいことがあるのですけど」
「何?」
「あんたの名前、まだ聞いてなかったのですよ」
「あ!そういえば名乗ってなかったや。アタシはルナサンだよ!」
「いやあんたの作者の方なのですよ」
「そっち?創造主さまはね~暗之雲ってお名前だよ」
ルナサンが先程のように空中に絵筆で暗之雲と記す。音しか聞いた事がなかったが、なるほど暗之雲ということか。あまりにもふざけた偽名である。どうせ答えてはくれないのだろうけど、一応聞いてみようじゃないか。
「いやそれどう考えても本名じゃないのですよ?常識的に考えて名前を聞かれたら、本名を言うものでしょ?」
少女は笑っている。作り物の、空虚な笑みを。
「アタシも、知らない。教えてもらってないから」
「……知りたいと思わないのです?自分の製作者の名前」
「多分、こればっかりは思わないように設定されてるんじゃないかな?さすがに自分でも不自然なのはわかるから」
そこまでして、何故暗之雲という人物はパーソナルデータをひた隠しにしたいのだろうか。有栖には全く理解できない類の感情と、事情である。
「ていうか、アタシは名乗ったのに、きみの名前は教えてくれないの?」
「有栖」
「……苗字?下の名前?」
「苗字なのですよ。わたしもあんたの作者と同じように……ではないのですけど。まあ、ぶっちゃけあんま自分の下の名前が好きじゃないのですよ」
「ふーん。ま、アタシも完全に名乗ったわけじゃないし、おあいこだよねー!」
美鈴奈を名乗り、呼称され、それを受け入れる資格など、出来損ないの有栖には無いのだから。本来なら有栖という苗字すら、名乗ることをおこがましいと考えてしまうというのに。名を名乗るという行為は、有栖にとっては妥協でしかないのだ。
「あっ、一応この場所での時間の流れを現実よりそこそこゆっくりにしておいたから、多分大丈夫だと思うけど……今更だけど、なんか急ぎの用事とか無いよね?」
「マジで今更なのですよ。まあ、用事は特に無いので大丈夫なのです」
露骨に慌てている。彼女の人柄と暗之雲の人柄にどれだけの関係性があるのかはわからないが。少なくとも彼女に限っては、そこまで悪い系統でもないのかもしれない。というか、さらりと時間の流れを変えないでほしい。やはりI配属にいると、驚きの基準すら変わってくるのだろうか。
「そっか。でも長く引き止めちゃうのもあれだし、外に返してあげる。じゃあ、また今度!」
「ばいばいなのですよー」
有栖がそう告げれば、また視界がぐるりと歪み、周囲に人の気配が戻る。暗之雲は変わらず、有栖の眼前に突っ立っていた。有栖が絵画から手を離せば、暗之雲が絵画を元通りにコートの内側にしまい込んだ。有栖が会釈をしても、変わらずの無反応である。ルナサンとして応対していたのだから構わないだろう、と言わんばかりの対応だ。きっと、暗之雲にそのようなことを気にしても無駄なだけなのだろうと片付け、そろそろ実験に向かうかと思案したところで。
「やめてください!」
有栖がよく知る少女の、悲鳴が聞こえた。




