死をゆるされぬものたちよ-9
「それこそ、単なる噂のようなものでして。ですから気になって気になって!私自身、試してみようと思いましたの。けれど大誠に止められてしまって……」
「流石に俺だって、親しい友人が単なる好奇心で自殺しようとしてたら普通に止めますよ」
「……親しく、なければ?」
N6の犠牲者数と合わせて、なんとなく引っかかる物言いをする神構に、湖上が問いかける。なんてことも無いように、それこそ世間話の延長線といった様子で彼は語った。
「そりゃあ放置ですよ。どうせ俺と知り合うようなやつなんて、遅かれ早かれ死が迫ってることには違いないのですから。止めたところで、何かが変わる訳でもないでしょうし」
きっと、神構の意見は少数派という訳でもないのだろう。先程から湖上の隣で黙りを決め込んでいる初を見る限り。湖上としては思うところがない訳でもないが、一々突っかかっていては話が進まない。
「まあ、現実的な落とし所はそうなっちゃうかもしれないわね。取り敢えず、噂は調べてみたいけど……噂を元に接触しようとするだけなら、大丈夫なのかしら?」
「そうなんですよねー。だって自殺なんだから、故意なのか事故なのか、そもそも本当に死にたいという意思があったのかすらわかりませんし。死人に語らせられれば話は早いのでしょうけど」
精神干渉という異能がこの世に存在している限り、操って自殺させることが不可能とは誰も言いきれないのだろう。それこそが自殺屋さんの手法だとしても、何もおかしくない。ならば。
「……あっ」
自殺不可能という異能じみた縛りそのものが、正しく異能と同じものであるというのなら。それは桐子にはまるで意味の無い縛りなのではないか?
「どうしましたの?」
「い、いやなんでもない」
義寺に穏やかに問われ、慌てて誤魔化す。もし湖上の仮説が正しければ、異能を打ち消すものもまた異能、もしくは異能封じのようなものと言える。それならば、桐子が自殺屋さんに接触すれば大丈夫なのではないか、と。
「──総括すると、何らかの継承可能な異能、もしくは似た何かが自殺屋さんの正体と言えなくは無いですけど。現実的に誰がそうなのか、どこにいるのかまではまるでわかりませんね」
「それに関しては、地道に調査するしかないもの。仕方ないわ」
「ええ勿論、調査を怠る気はございません。本日はご協力ありがとうございました」
定型文によって締めくくられる。湖上は大分上の空だったが、どうにか終わってくれた。神構と義寺が席を立つのに合わせ、湖上と初も立ち上がり、空き部屋を後にしたのだが。
「おー?どうしたんだーそんな不思議なメンツで。つか、義寺までいるし」
たまたま通りがかったらしい珠雀が、こちらに声をかけてきた。先日の露骨なまでの警戒は無く、随分と気軽である。……まあ湖上が気がついていないだけで、多少の警戒はしているのかもしれないが。
「N6とIで情報交換会を行っていたんですよ」
「相変わらずおべっかかくのに必死だな。めんどくさくねーの?」
「いえ、特には。労力に見合った対価は得られていると、俺自身は認識しておりますので」
……訂正、やり取りは大分不穏である。変わらず珠雀は人好きのする笑みを浮かべてはいるが、発言内容で帳消しだ。
「湖上と、あとそこのお嬢さんも運悪いなー。こんなのに絡まれるなんて」
「はは……」
乾いた笑みを浮かべるしかない。実際あの場で珠雀が去らなかったからと言って、現在の状況を回避できたとも思えないのだから。こちらとしては何も言えない。
「こんなのなんて酷くないですか?俺は至極真面目に任務を全うしているだけですよ?だというのに、先日は不必要な警戒心を招くようなことまでおっしゃられて」
「オレなんも変なこと言った覚えねーけど?」
わざとらしくすっとぼける珠雀に対し、神構がこれまたわざとらしく落ち込んだ素振りで口を開く。
「精神干渉系の異能者が自殺屋さんの正体ではないか、なんて推論を述べた口で俺の異能がそうであることをわざわざ言うなんて。警戒しろと言っているようなものでしょう?」
「間違ってないぜ?オレは元々そのつもりで言ったんだからよ」
「あなたには言われたくないんですけどね。あなただって、俺と同じ精神干渉系でしょう?」
湖上たちに語り掛けるように、いっそわざとらしいほどはっきりと告げる。反射的に初と共に湖上は珠雀へと視線を向ける。しかし彼女は至って普通の表情を浮かべている。
「いやあ?俺はせいぜい真似事程度しかできやしねえさ。マジモンの精神干渉系には敵わない」
「それを俺相手に言うから説得力が無くなるんですよ」
珠雀の言い分については、湖上としては嘘か本当かの判断はつかない。たしかに彼女には不可解な点が存在しているが、精神干渉系の異能云々には直接的に関係は無さそうなのだ。その時点で、湖上からすれば真剣に考える対象ではなくなる。
「まっ、せいぜい気をつけろよ?湖上。こいつぜってー手柄取るから!」
「ははは、そんなことするわけないじゃないですか。ねえ、円」
「ええ勿論。そんな真似はいたしませんよ」
交わされる、これまたわざとらしいやり取りに若干眉を顰めつつも、珠雀は去っていく。
「湖上様、二ッ葉様。私達はここで失礼させていただきますわ」
「ええ。今日はありがとうね」
義寺の形式的な言葉に、初が穏やかに返す。そうして神構と義寺は、湖上たちとは別方向に向けて歩き出した。湖上と初もI配属の教室に向けて歩いていく。
「ねえ、初。さっき話してる時にずっと考えてたんだけどさ。自殺屋さん、桐子ちゃんは無効化できないのかなって。そしたらほら、自殺屋さんに接触できるかもしれないじゃん?」
「…………そうねえ。できなくは、無いかもしれないけれど。多分、不可能だと思うわ。それに仮に無効化できたとしても、それこそ自殺屋さんは隠蔽の為に桐子ちゃんを殺しちゃうわよ。桐子ちゃんぐらいなら、殺すのなんて簡単だもの」
少しの沈黙を挟み、初がゆったりと返答する。なるほど真っ当である。不可能なのはあくまで自殺であって、他殺では無いのだから。
「多分?」
「……ごめんなさいね。確証が無いことだし、話していいことかもわからないから言えないの」
肝心なところははぐらかされてしまった。謝罪の言葉を告げる初が、あまりにも悲しそうで。それ以上の追及は憚られる。しかしそれなりの距離を歩く教室までの道のりを、完全なる沈黙で耐えられる程湖上の精神は強靭では無かった。
「ね、ねえ!初は、自殺屋さんについてどう思ってるの!?」
言い終わってから、これってもしかして話題の選択ミスでは?と湖上は気がついた。いくら沈黙が気まずいからと言ってこれは無い。そう湖上が内省し、口を開こうとするよりも早く、初が話始めた。
「……私は別に、自殺はだめなことではないと思っているの。こんな場所では猶更、死も救済って、言えてしまうだろうから。自殺屋さん自体、善いこと、とは思わないけれど特別悪いこと、とも感じていないもの。でも……」
「……」
「苦手、ではあるのかもしれないわ」
不老ではある、と彼女は以前明言していたが。長らく実験に晒されながらも生き残っているという時点で、不死に近い、もしくは類似の何かと言えるだろう。決して、死ぬ手段が無いというわけではないにしても。望まなければ、死ねないような。それこそ──自殺、でしか。
「私は異能者としても、I配属としてもちょっとだけ違うのよ。だから多分……」
自殺屋さんですら死ねないかもしれない、と告げられるのだろうと予測していたのだが。言葉が途切れた瞬間に、初が何を考えていたのかまではわからない。だが、初がこの言葉を口にした時、湖上はたしかに見たのだ。
「そうね、なんだったらいっそ試してみようかしら。私が、自殺屋さんで死ねるかどうか」
外見年齢相応の、少女らしく無責任で、夢想的な笑顔を。




