死をゆるされぬものたちよ-8
「俺のクラスに招こうかとも思ったのですが、流石にあの惨状を客人にお見せするのは酷なものかと思いまして。空き部屋を始番号権限で借りてあります、そちらでよろしいでしょうか?」
「うん」
「ええ、大丈夫よ」
さらりと酷い発言があったが、流される。どうやら初も、特別突っ込むつもりは無いらしい。湖上麗としても、榊から聞かされた噂の時点で聞きたくなかったので別にいいのだが。どのような形で精神に干渉する異能なのかはさっぱりわからないが、相変わらずその瞳はピンクに染まっている。
桐子も着いてきてくれず、初と二人だけで神構との情報交換に挑むという現状に繋がっているのだが。一応あの後行われた作戦会議のようなもので、手札として使えそうな情報を整理していた。が、静が提示した犠牲者のグラフぐらいしかN配属が入手していそうなものは無いという結論に達していた。初がN17から聞き出してくれた自殺屋さんとの接触方法とやらも、おそらく彼は知っているだろうし、と。
「花厳さんはお連れではないんですね」
「花厳……?」
聞き覚えのない名前を神構が口にする。誰のことだろう。湖上が一人首をひねっていると、初がこっそり教えてくれた。
「桐子ちゃんのことよ」
そう言えば湖上は、彼女の口から彼女の苗字を聞いたことがなかった。誰かに名乗る時、言われてみればいつも下の名前だけを名乗っていたように思える。もしかして、花厳という苗字を名乗りたくない理由が何かあるのだろうか。
「先日名前を出していらっしゃったので、てっきり」
「あー……なんか、用事があったみたいで」
「おや、それは残念。では、どうぞこちらに」
さすがに本来の理由を述べるのははばかられた為、適当な理由をでっちあげる。その隙に、一瞬だけそっぽを向いて、左目の変色を隠しつつ異能を使って部屋の中を伺ってみた。単なる警戒のつもりだったのだが、予想に反しそこには、礼儀正しく椅子に腰かけた少女がいた。指定制服の肩にはNの文字を戴いている。一見して深窓の令嬢にしか見えない彼女を、もう少し観察したかったのだが、神構が既に自動扉を開けている。少女について思考をめぐらせる暇もなく、湖上は入室した。
「お待ちしておりました」
「……彼女は?」
「あれ?伝えていませんでしたっけ。こちらからももう1人、人員を出させていただくと」
わざとらしいその言葉は、伝えられていないという真実を隠す気が全く感じられない。優雅に、愛想良く微笑んだ少女は立ち上がり、指定制服の裾をつまんで一礼する。
「初めまして。私は義寺円、N6所属でございます。以降お見知り置きを。湖上様と二ッ葉様については、大誠から伺っておりました。ぜひお話を聞かせて欲しいと、無理を言ってこの場に参じることを大誠から許されたのですが……ご不快でしたか?」
その様子は正しく、高貴な家の令嬢のそれだった。彼女の言い分に嘘がないという前提の上で解釈するのならば、義寺は神構によってこの場にいる訳では無い、ということになるが。どこまで信用できたものか。
「構わないわ。私達だって、少しでも多くの情報を得たいもの。麗ちゃんもそうでしょう?」
「……うん」
「ありがとうございます」
「話、まとまりました?でしたら早速本題に参りましょう。お二人とも椅子に腰かけてくださって構いませんよ」
黙って話を聞いていた神構が、着席を促す。それに従い彼らN6の面々と向かい合うように座れば、まるで気が進まないが──交渉、開始だ。
「さて、情報開示ですが。とりあえず俺達の側からひとつ情報を提示させてもらいましょう。まあ簡単な話なんですが、自殺屋さんへの接触方法、という噂がありまして」
なるほど、随分と直接的な情報だ。しかし。
「それで本当に接触、できるの?自殺屋さんだって、探されてること知ってると思うし。それに、そもそも──」
「断言しますが、自殺屋さんはよほどのことが無い限り人間ですよ」
「えっ」
「自殺屋さんを名乗る人物を見たことがある人、はいくらでも存在していますからね」
「ああ……あれ、怪談の類じゃなかったの。どうりで長らく語られていると」
「えっ」
神構の発言に、謎の納得を初が見せている。どういうことなのだろう。湖上を置いていかないでほしいのだが。
「怪談、なのですか。それは私も初耳ですわ」
「たしかに、ここ最近はあまり聞いたことがないわね。定期的に流行るのよ、自殺できないはずなのに、自殺した人の怪談話とか、自殺させてくれるお化けとか」
「初、なんで今までそのこと話してくれなかったのさ……」
明らかな重要情報である。脱力した表情で、湖上は机に突っ伏したくなる衝動を抑えながら初に問う。すると、少しだけ決まりが悪そうにそっぽを向いて、初が口を開く。
「しょうがないじゃない。実害が出てる、任務にもなっているようなことから、たかが怪談話を連想なんてできないわよ……名前だって、違うんだし」
「ならしょうがない、のかなあ」
「しょ、しょうがないわよ、うん」
十二分に関連性を見い出せそうなものだが。初は難しいという方向性で行くらしい。
「その噂は、具体的にいつ頃から存在していたのですか?」
「そうねえ……だいたい、4、50年前ぐらいからかしら」
「おやまあ、これまた随分と。こうなると、自殺屋さんというものは、継承されてると考える方が自然ですかね」
「そうだね」
とりあえず相槌を打っているが。4,50年前から存在していたらしいそれが、どうして今になって露呈したのか……いや、それは集団自殺が原因なのか?そもそも異能由来らしいそれを、継承することはできるのだろうか。遺伝すらしないというのに。と、容疑者候補と言えなくもない神構を眺めながら、湖上は思う。
「さっき話の腰を折っちゃって申し訳ないけど、自殺屋さんへの接触方法って結局何なの?」
「ああ、そういえばそんな話でした。先程湖上さんが述べられたように、任務が通達されてしまった現状の効力まではお約束できませんが。円、お願いします」
「簡単な物ですわ。中央棟、M44実験室という部屋の扉に、自殺したい人物の名前を書いた紙を滑り込ませれば良いそうです。そうすれば近いうちに、お返事が届くのですって」
「お返事……?それは、どんな風に」
「それについては私も、存じ上げませんわ」
おまじないを語る、単なる無邪気な女学生のように。監獄における自殺の方法を、少女は不自然に微笑みながら告げた。




