死をゆるされぬものたちよ-7
「鏡香ちゃん……なんで僕たち、こんなに情報知らなかったのかな……」
始番号会議の翌日、沢谷鏡香が私物化している仮眠室にて。ぐったりとした様子の彗嵐が半眼で鏡香を見ていた。
「言うな、彗嵐」
「だってさ、瑠衣ちゃんが僕のことをなんで何も知らないの?って目で見てくるんだよ?いっそのこと馬鹿にしてくれた方がまだダメージ少なかったよ。あの瑠衣ちゃんに心の底から哀れまれたんだよ?やばくない?」
「あの女いつかシメる」
「うん鏡香ちゃん、シメなくていいからね?鏡香ちゃんのその手のやつはシャレにならないから」
「そうか」
既にあの気に食わない女の殺し方は何百通りか考えてあることは口にしないでおこう。それよりも今は大事なことがあるのだから。
「瑠衣ちゃん曰く、多分秋ヶ瀬さんがせき止めてたんじゃないかって」
「あいつのやりそうなことだな」
「どうせ鏡香ちゃんがいるから、別経由で情報を得られるのにね」
「まあアホだし、あいつ」
表層的な部分に反抗してやりきった感出している低脳の思考回路など、理解する必要は無い。そもそも鏡香を敵視している時点で終わっているのだ、どうせなら上層部に楯突くぐらいのガッツを見せてくれないと話にならない。それに情報をせき止められているという現状には、思うところはあるが。彗嵐の言う通り、こちらにだって伝手はいくらでもある。
「にしても、鏡香ちゃんマメだよねー。こんなグラフまで作って」
「そうか?情報の整理はするべきだろうよ」
「まあそうだけどさ。僕だったらめんどくさがっちゃうよ」
彗嵐の手元には、鏡香が作成した自殺屋さん犠牲者の予測グラフがある。一応ある程度死因は洗ったとはいえ、いつ頃から自殺屋さんというものが存在していたのかすら定かではない。故にどこまで行っても予測でしかものを語れないのは、歯がゆいものがある。もう少し死因について記録をつけるべきだと提案してみようか。
「ていうか、僕たちのところからも犠牲者出てるんだ……」
「全員秋ヶ瀬についてる同レベルのアホだぞ、お前が気にする必要も無い」
「あー……いや、アホって言っちゃだめだよ?」
何かを考える素振りを見せるも、さらりと流される。それに、今日は別に本題があるのだから。
「案外、アポ取れるもんだね。N34の始番号さんに」
「今回自分がお上の権限代行ってのも大きいがな。流石に素の自分の権力だけじゃ、ここまで強引な招集は厳しいさ」
「一番配属生と距離が近いっていう選出理由なんだろうけど、未成年に任せられるんだって」
「実績があるからな。そもそも自分はそれで上黙らせてここにいる訳だしよ」
自殺屋さんによる集団自殺が発生したクラス、Normal-34の始番号に事情聴取を行うのだ。
「はあ……なんか期待してもらってるとこ申し訳ないけどさあ。俺、マージでなんも知らねえのよ」
べし、と異能によって羽と化した腕で会議室の机を叩く男。N-34-1、榛文掟はそう軽薄にほざいた。
「知らねえみたいだから、まずこっちの事情を説明させてもらうけどさ。はっきりいって俺は、お飾りもいいとこなんだよ」
「……飾りで、始番号が務まるとは思えませんけど」
「あまっちょろい嬢ちゃんだなあ。務まるんだよ、これが。うちのクラスはな、反監獄派と静観派でもう見事なまでにまっぷたつな訳。んでどっちの頭が始番号やっても、揉めんのは目に見えてるだろ?そこで俺、ってわけさ。大した思想もない上に、両腕が使い物にならねえんだから。ほら、ちょうど良いだろ?」
おどけたように羽を動かす。なるほどこの男は、中立を口頭で謳えども、人並みには反抗心を持っているらしい。まあ大半の者がそんなものではあろうが。正直、期待外れ感は否めない。
「なるほど、そういう始番号もいるのか。上に伝えておこう」
「……お前、年上に敬語使うってことすらできねーの?」
「今の自分は上峰の権限代行としてここに来ている。むしろ使うのはてめえだろ?上位者に這い蹲ることすらできねえアホウドリを、見逃してやってる自分に感謝でもしたらどうだ」
「はっ。口が達者なことで。まあでも、貴重な参考人が喋ってくれねえとか考えてねえってことは、口だけか」
「そんなに尋問にかけられたいなら早く言ってくれ。この時間が無駄になっちまうだろ」
「ちょっ、鏡香ちゃん!」
小声でつつかれる。たしかに初っ端から喧嘩腰で行き過ぎたかもしれない。咳払いをひとつ挟んで記録用の端末を構えつつ、鏡香は続ける。
「……質問を始める」
「ちょっと待ってくれ。もしかしてこの尋問、報酬とかねーの?」
「は?あるわけがないだろ。まだてめえがどんだけの情報を握ってんのかもわかんねえのによ。仮に支給されるにしても、この任務が解決してからだ」
「じゃあこう考えられねえか?報酬をチラつかせれば、ある程度正確なことをペラペラ喋ってくれるんじゃねってな」
変わらず軽薄に話す榛文の口をぬいつけたい衝動に駆られた。が、一理あると言わざるを得ないだろう。だがそれはそれとして。
「それこそ報酬次第だ。自分の一存で用意できねえもんも多いからよ」
「……簡易異能封じ。まあ量は精々丸一日持てば御の字って言ってやるよ」
「ああ、そんなもんでいいのか。ちょっと待て」
「…………は?」
「あー……」
榛文が間抜けな声をあげる中、彗嵐が微妙なトーンで呻く。渦中の人物こと鏡香は、スカートの中をがさごそと漁っていた。漫画のように意味不明なガラクタや蛍光色の錠剤が飛び交う中、鏡香は目的の小瓶を見つけ、榛文に押し付ける。
「ほらよ。これでいいだろ?」
「……いや、なんで持ってんの?」
「前作ったのをスカートの中に放置してたんだよ」
単なる趣味で作ったものということは一応伏せておく。信用度が落ちそうなので。
「あ、ああ」
「……榛文さん。鏡香ちゃん異能薬物の調合はめちゃくちゃ上手いから、下手な研究員から貰うより信頼できると思いますよ」
「いやでも、俺のデータ知らねえだ」
「?N-34-1、榛文掟。異能【有翼】、干渉強度は──」
「鏡香ちゃん、こういう子なので」
「うっわキモ」
「は?」
当たり前のことを述べただけだというのに、榛文が一気に冷たい視線を向けてきた。なんだったら彗嵐も一気に生ぬるい視線を向けている。どうしてと疑問が浮かんだが、それ以上に尋問の方が大事だろうと鏡香は場を仕切り直す。
「……報酬を前払いしたんだから、ちゃんと答えろよ?N-34-1、集団自殺が起きた時、なにか兆候のようなものはあったか?」
「流石にこれで答えなかったら俺の身が危ねえからな、答えるに決まってんだろ?兆候みたいなもんは何もなかった。どいつもこいつも、笑えるぐらいいつも通りだったよ。俺が気がついてないだけって言われたらそれまでだけどな。」
「集団自殺に気がついたのはいつだ?」
「第一発見者のやつに声かけられて見に行った時だ。だからそいつが見つけてから30分後ぐらいじゃね?」
「なるほど。集団自殺で死んだヤツらは、もしかしなくても全員反監獄派だな?」
「よくわかってるじゃねえかよ。そうだ、それであってる」
まあここまでは概ね予想通りと言えるだろう。自分自身に被害が行かなければ、口を閉ざす気もないタイプだ。なるほど始番号には向いていないが、監獄で生き抜くことには向いている。
「てめえの言う反監獄派の頭ってのは誰だ?それと、そいつは既に自殺済みだな?」
「嘉納礼籭。もちろん、自殺してっからこの世にもういない」
「……明らかに怪しいな?そいつ。口寄せとか死体のサイコメトリーとかできるやつがいりゃ、一発だってのに」
「できねえからこうして聞いてんだろ?いやーいなくて良かったわ、居たら人権なんつー幻想が、さらに儚くなるとこだしよ」
「そんなもん信じてるなんておめでたい頭してんな?こっちにS-1-3が居るってのも忘れちまったらしい」
鏡香としては、できる限り取りたくない手である。ぶっちゃけ面識が無い上、悪評が凄まじいので。
「権限代行ってのは便利だな、あの反骨精神の塊みたいな幻想生命を引っ張り出すまでできんかよ」
「勿論」
「あの、質問してもいいですか?榛文さん」
「それがお前の仕事だろ?だんまり決め込んでる配属総代さんよ」
おずおずと彗嵐が口を開く。相変わらず、このような場は慣れないらしい。隣に座る鏡香がギリギリ気がつく程度の呼吸を挟んで、彗嵐が質問側に回る。
「あなたから見て、嘉納さんはどんな人でしたか?」
「典型的な外に未練があるやつ。その中でも、執着の分騒げるタイプだな。それこそリーダーやれるレベル」
「反監獄派の人達の精神状態は通常、どんな感じでしたか?」
「まあ、普通だったと思うぞ?一概にそうとは言えねえけど、それなりに病んでてそれなりに平常心保ってた」
「反監獄派の人たちの中で、嘉納さんはどのように受け取られてましたか?」
「リーダーとして信頼されてたんじゃねえの?まっ、俺は派閥に所属してねえから詳しことはわかんねえけどな」
「あなたは、今現在死にたいと思っていますか?」
「なわけねえじゃん」
「わかりました。僕からは以上です。鏡香ちゃん、まだある?」
「いや、無い」
質問と回答を端末にまとめ終わり、顔を上げて返事をする。それを確認した彗嵐は、配属総代らしく告げる。
「N-34-1、これで尋問は終了です。退室してもらって構いません……これ、やっぱ疲れるよ」
「だろうな。ま、これで終わりなら楽なもんだ」
榛文が立ち上がり、足早に退室していく。その様子を見つめていた彗嵐が、鏡香に問いをなげかけた。
「……ねえ、鏡香ちゃん。嘉納さんって多分、結構長く監獄にいたんだよね?」
「……だな。5年ぐらいはいたんじゃないか?」
「だろうね」
暫くの間。その間に彼女が何を考えていたのかは、鏡香には全く分からない。こういう時の彗嵐は、鏡香には脳内議題にあげることすらしないようなことを思考しているのだから。
「自殺屋さん、相当性格が悪いか、かなりの無神経みたいだね」
「は?」
ある意味予想通りの予想外として、彗嵐が言葉を口にする。鏡香をおいてけぼりに、彼女は続けた。
「外に未練があるのなら、死のうとなんてしないでしょ。気が付かれないぐらいには何も無かったというのなら、なにか唐突な、自殺のきっかけがあるはず。それこそ、外に未練がある人が、即座に死を選べるくらい。例えば」
「自分が監獄にいるべき存在だと、突きつけられるとか」
その言葉は、妙な現実感を帯びていた。異能由来の色に染まらぬ黒い瞳に、底知れぬものが覗いていて。まるで、鏡香が彗嵐を監獄に縛り付けた、あの日のようなことを言う。
「ま、そんなこと言ってもそもそも自殺屋さんが自殺させてるだけであって、相互同意は必要ないのかもしれないし?僕の仮説は自殺屋さんには相互同意が無いと自殺させられないってのを前提にしてるからね!穴だらけっちゃあ穴だらけだし」
「そう、だな」
思い出してしまったからか、返事が少し不自然になってしまった。が、隣に座る鏡香の友人は、都合よく気が付かない。それが良い事なのかまでは、鏡香にはわからないが。




