死をゆるされぬものたちよ-5
ほどいたら床に着いてしまうのではないか、と思うほど長い黒髪をポニーテールにした少年だった。異能を発動しているのだろう、ビビッドなピンク色の瞳を歪めて、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
「……神構か。珍しいな、1人でいるなんて。いっつも女侍らせてるくせに」
「人聞きが悪いですねぇ。俺は単に友人と共にいるだけですよ?」
「友人ねぇ……まあいい。要件は何だ?俺はうちのが連れてきた奴らと、楽しく話してただけだってのに」
一転して珠雀が厳しい対応を、彼女自身が神構と呼んだ少年に向ける。対する神構は、変わらず笑みを浮かべていた。が、纏う雰囲気はどことなく胡散臭い。そしてどうやら榊は彼のことを知っていたらしい、菫色を庇うように前に立っていた。……菫色当人は、首をひねっているが。
まあ、湖上自身は初対面だからというなんとも情けない理由で身構えているのだが。樹懸はそうでは無かったらしい。
「うさんくせえやつだな、ガキのくせに」
「みなさん心外ですねえ。俺は本当に、単なる通りすがりにすぎないんですよ?それに、あなた方に用事がなければ話しかけるようなこともありません。……ああ、申し遅れました。俺は──」
「……神構、大誠。あのクソみたいな地獄の、始番号だろ」
榊が絞り出すように言葉を口にする。それを聞いた神構は、さらに笑みを深めた。
「おや、知られていましたか。どうもご丁寧に、わざわざ説明までしてくれるなんて。それで大体は正解ですよ。ですが中身の詳細より、表層的な説明が欲しいところです。湖上さんと海漣さんはN6のことについて、何も知らないでしょうし」
「──!?」
さらりと自分達の名前を認識していることを告げられる。I配属とは他配属との関わりがかなり少ないと評判であると言うのに。一体どこから情報を入手したというのか。湖上の中の認識は、珠雀と榊の露骨な対応もあり警戒判定になっていく。
「N、6?……ああ、あのなんかやべえって有名なとこの始番号かお前。どうりでうさんくせえと」
「あらら、I配属の方からもそのように思われていたのですか?お恥ずかしい、身内の恥がここまで広まっているとは。N6の面々にもよく言っておきますよ」
「言っておく、ねえ……本当に、それで済んでんのか?」
「やだなぁ、俺はこの通り非力な子供ですよ?何を考えていらっしゃるのか。そのような野蛮なこと、できるわけないじゃないですか」
「よく言うよ、怪物が」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
珠雀と神構、二人の間でバチバチと見えない火花が飛び交う。特に珠雀の方は露骨に顔をしかめているというのに、神構は笑顔を全く崩していない辺りが一層恐ろしい。
「どうやら瑪瑙さんは俺と話したいそうですが──」
「は?んなわけねえだろクソガキ」
「俺が用があるのは湖上さんと海漣さんなんですよ。少し待っていて貰えます?」
「っち、誰が待つかっての。俺はもう授業に戻るからな。湖上も海漣も、悪いこと言わないからそいつと関わんない方がいいぞー?そいつ、精神干渉系だから」
「捨て台詞がお上手ですね。さすが人生の先輩です、俺にはこんなこと、できませんよ」
最後まで嫌味たっぷりに神構が珠雀に言葉をかけ、振り返らずに珠雀が教室へと戻っていく。……ところで、珠雀が今爆弾発言をした気がするのだが。先程話題になっていた精神干渉系が、どうとか。目の前の少年は依然として、いっそ毒々しいピンク色に瞳を染めている。もしかしなくても既に異能は使われているのだろう。そんな状況でどう交渉しろと?
「さて、瑪瑙さんもいなくなったところですし。本題に入りましょうか」
「俺らがいてもいいのかよ?神構」
「別に構いませんよ。あなた方の耳に入ったとしても、どうせ話が流れるとしたら瑪瑙さんぐらいでしょうし。そちらのS配属の方に知られてしまうのは……まあ、この件についてはS配属は関係ないようですし、菫色さんですから構いませんよ」
菫色が極端に無口であることを指しているのだろう。名指しされた彼女は一瞬びくりと肩を浮かせたものの、またすぐコソコソと榊の後ろに隠れた。……常用しているローラースケートも相まって、榊よりも高い上背では全く隠れられていないが。
「既にお聞きになっているかもしれませんが、我々N配属にも自殺屋さん捕獲任務が通達されておりまして。そこで、是非ともI配属の方と情報共有を行いたいのです。配属の違いから得られる情報は異なるでしょうし」
申し出自体は至極真っ当である。ここまでこちらの情報を彼が知っているというのに、大した情報を持っていないということを知らないことを除けば。少し考えればわかることだろう、他配属との関わりが薄いI配属が、N配属の情報をまるで持っていないことぐらい。
「ですので、どこかでじっくり話したいのですが。良ければこちらにいらっしゃいませんか?」
ニコリ、とわざとらしく神構が笑みを浮かべる。情報共有以外にも何か目的があることは、火を見るより明らかだった。これは確実に断らなければ、と湖上が口を開きかけたその時。
「は?まあ別にいいけど」
「樹懸ーーーっ!?」
特に何も考えていなそうな樹懸が裏切った。まさか味方から退路を塞がれるとは。思わず彼の胸ぐらを掴みかけたが、すんでのところで手を宙にさまよわせる。きっ、と思い切り樹懸の目を見て睨みつけながら、湖上はこそこそと樹懸に耳打ちした。
「ちょっと樹懸!?なんでオッケーしちゃうの!?」
「なんか問題でもあんのか?」
「問題しかないに決まってんでしょあれ十中八九なんか別のがあるよ!?」
「そうなのか」
「そうなのかじゃないんだって!てか本当にどうしよう桐子ちゃん連れてったら何とかなったりしないかな?!」
「ああ、何か用事があるのなら別に後日でも構いませんよ?」
そして善意を装ってまた退路が塞がれる。どうやら湖上と樹懸は、N6に出向く運命らしい。こんな明らかに手強そうな相手の本拠地になど全く行きたくないのだが。とりあえず桐子は道連れにしよう、湖上は固く誓った。
「そうでなければ今このまま……」
「ぜ、ぜひ後日にさせてもらいますッ!」
「わかりました。でしたらこちらに連絡をお願いします」
都合よく出てきた手帳にさらさらとペンで連絡先を記し、ちぎってこちらに渡される。
「連絡が無いようでしたら、こちらからI配属の教室に出向かせていただきますので。そのつもりでご検討なさってくださいね」
「ひえっ」
「……つか、ずっと気になってたんだけどさ。お前なんで真面目に任務こなしてんの?わざわざ監獄に素直に従うとかバカだろ」
榊がぽつりとこぼす。なるほど、たしかに大多数の意見はそうだろう。I配属は松太郎が完全に任務という概念そのものにノリノリなので、I配属の面々は特に誰も気にしてはいなかったが。普通、軟禁だとか誘拐だとか人身売買だとかしてくる連中に従いたくはない。
「自分より上の立場に売って損する媚びはありませんからね。売れる時に売っておくべきものでは?」
「うわあ……」
いっそ清々しいまでの笑顔で発されたそれに、湖上が呻き声を上げる。本当に外見に似合わない少年である。……もしかして、松太郎の逆バージョンだったりするのだろうか?この場所では見た目年齢は意味をなさないということを、湖上は散々実感したばかりである。
「では、それでは俺はここで失礼させていただきますね。この後実験があるので」
あくまで表面上は礼儀正しく神構は去っていく。……あまりにも退路を断つのが上手すぎないだろうか、この少年。湖上と交渉に向いてなさそうな樹懸では無理があるのだが。
「もう大丈夫だよ、ネム。……あの、災難っしたねセンパイ方。その、よければN6って具体的にどうやばいのか、話しましょうか?」
「お願い……」
恐る恐ると言った様子で榊の後ろから顔を出す菫色を横目に、憔悴しきった声で湖上は榊に返事をした。




