死をゆるされぬものたちよ-4
「えっ、そんな大事になってたんすか!?初耳なんすけど……」
「……」
榊皇彦が驚きの声を上げ、菫色音無がそれにこくこくと頷いた。湖上と樹懸から自殺屋さんの任務概要を伝えた際の反応である。……やはり、N配属とI配属とでは随分と認識が違うらしい。一クラスの半分以上が死んでいると言うのに、その時点では大事という判定を下されないようだ。
「だよねネムもそう思うよな!?……でも、ここまで来てくれて申し訳ないっすけど、俺らも大して知らないんすよね、自殺屋さんのこと。N4では流行ってないし」
「まあだろうな。お前らんとこ平和な方だしよ」
現在地はNormal-4の教室前である。便宜上の授業中だろうが、任務という名目だけで回避できるのだから。その点やはりこの場所は異常なのだろう。……ところで、授業中なのにどうして別配属のはずの菫色が一緒にいるのだろうか。
「うーん、あっでも知り合いに詳しそうな人がいますよ。自殺の専門家なんすけど」
「は?」
「えっなんでそんなの専門にしてるの」
斜め上になんかとんでもない人が出てきた。どうして自殺を専門にしてるのか、というか自殺専門家って何なのだ、おかしいだろう。何をどう自殺に詳しいのだ。ここ自殺禁止じゃないのか。自殺禁止なのになぜ自殺に詳しいのか。どうなってるんだ。
「いや、俺らもなんでその人が自殺好きなのかはわかんないんですけど……でも、俺よりは自殺屋さんにも遥かに詳しいと思います、なんだったら始番号だし」
「えっそんなんが始番号やってんのかよ。N配属終わってんな」
「いやすごい真面目な人なんすよ!?ちょっと自殺が好きなだけで」
「自殺が好きって何……?趣味自殺ってこと?」
菫色が榊の後ろに隠れつつもこくりと頷く。もうだめかもしれない。湖上が知っている始番号はその自殺専門家以外には松太郎しかいないが、始番号とはみな変わり者にしかなれないものなのだろうか。
「俺Sが1番やべーと思ってたけどよ、Nも似たようなもんじゃね?」
「I配属のセンパイにだけは言われたくないんですけどー!?まあいいです、とりあえず自殺専門家の人呼んでくるんで。スーさーん!ちょっとこっち来てー!」
「いやお前んとこの始番号かよ!」
榊が教室の扉を開け、中に呼びかける。と、すぐにロングワンピース風の指定制服を身に纏った小柄な少女が出てきた。
「んお?どうしたんだ皇彦。音無以外のダチも連れてきて」
「俺にだってネム以外にも友達いっぱいいるからな!?」
「いやわかってるって!……って、うっひょー!I配属のお人じゃねえか。めっずらしいなあ?」
「センパイたち、この人が俺の言ってた自殺専門家っす」
パッと見では明るいどこにでもいそうな少女にしか見えず、到底自殺を趣味にしているような狂人とは思えない。が。
「き~み~ひ~こ~?オレのこと、この子達になんて説明したんだ?」
「だって事実だろ!?いっつもなんか首吊ってるじゃん!」
「オレは自殺が好きなんじゃなくて、手っ取り早くスリルを味わいてえだけだって何回言ったらわかるんだよ!?」
「ネムだってわかんないって言ってるけど!?」
「いやそんなことはねえから!なあそこのおふたりさん、君たちだってそう思うよな!?」
榊の発言によって反射的に彼女の首元に視線が向かう。そこには、何やら痛々しい線状の痕が残っていた。もしかしなくても彼女が首を吊った形跡だろう。どうやら榊の言い分は何も間違っていないらしい。
そして少女がこちらに判断を委ねてくる……が。当然湖上も樹懸も常識的な価値観で物事を判断するのだから。
「いやー……思わないかなぁ」
「おかしいだろ、スリルを味わいたいならなんか過激な実験に立候補してこいよ」
「それだとマジで死んじまうだろ!?オレは死にたくないから自殺してんの!」
「い、一瞬で矛盾するね!?」
この場所では通常自殺は行えない、ということを考えれば矛盾した発言ではないのかもしれないが……いや、やはりおかしいのでは?自ら殺すと書いて自殺なのだから、それは己の死に他ならないのでは?それでは死んでしまうことになるのでは?湖上は考えすぎて、思考がドツボにはまっていた。
そしてそんな最中、菫色がぽん、と気の狂った発言をする少女の肩を叩く。相変わらず無言を貫いているが、それ以上に目が雄弁に語っていた。──本題に入れ、と。
「あーすまんねえ音無。ちょっと絶対に解かなきゃいけねえ誤解だったからさ?」
「……!」
「すまんかったって言ってるじゃねえか……。あーおふたりさん、オレは瑪瑙珠雀って言ってな。N4の始番号をやらしてもらってる。名前聞いてもいいか?あ、オレのことはスーさんとでも呼んでくれ。結構気にいってんだ」
先日一緒にゲームをやった時も薄々感じていたが、菫色は親しい相手には無口無表情なりに言いたいことが態度に出るらしい。珠雀と名乗った少女は、少々決まりの悪そうに湖上と樹懸に名前を問いかけた。
「俺は湖上麗。よろしく」
「海漣樹懸。後そこの赤リボンは男だぞ」
「マジ?すげーなー!」
「俺も初めて見た時はびっくりしたからな」
純粋な賞賛の眼差しで、珠雀が湖上を見上げている。そんな珠雀に榊が同意を示していた。
「それで、湖上と海漣だったか。要件はなんだ?」
「……榊くんに、あなたが自殺に詳しいって聞いて。話を聞きたいなーって」
「あー、もしかして自殺屋さん絡みか?」
さらりと本題を言い当てられる。……が、静はS配属はこの任務はほぼ適用外だと言っていたが、N配属については特に何も言っていない。それに当事者である彼らに任務が通達されていないとも思えない。その上彼女は始番号だ、このような対応をそこまでおかしなことでは無いだろう。
「いやー、別にオレも大した情報は握ってねえんだよ、ごめんなー!自殺屋さんに関係ありそうなので、オレが話せるのは何をどうしたら自殺って判定されて行動不能になるかぐらいなんだ。どうだ、聞いてくか?」
「やっぱそういうの知ってたか……そんなんだから自殺専門家って言われるんだよスーさん」
「……!」
「ほらネムもそういうとこだよって言ってるし!」
「そ、そんなことねえし!?」
「んで、その自殺判定ってのは具体的に何なんだ?」
本題からズレかけたそれを樹懸が軌道修正にかかる。ごほん、とわざとらしく咳払いした珠雀が口を開いた。
「基本的にな、自殺しようとして行動不能になんのは死にたいっつー意思が原因だ。死のうとして自殺すると例の自殺できない、ってやつが発動するらしい」
「ん……?」
「つまり逆に言えば、自殺したいと思わなければ自殺できるんだよ」
「……それって、精神干渉系の異能じゃ」
「ま、だろうな。異能で意思関係なく自殺させれば、おそらく自殺できちまう」
榊の言う、精神干渉系の異能、とやらは。額面通りに受け取っていいのなら、異能由来の洗脳・催眠に近い、もしくはそれそのものなのだろう。たしかにそれなら、理論上は自殺可能なのかもしれない。
「お前は、それを疑っていると?」
「つか、オレの頭じゃこれ以上の良案は出なかったんだ。うちでは自殺屋さんは眉唾程度にしか話してなかったしよ」
「まあ、たしかに有り得そうではある……のかな」
あいにく湖上はこの場所においてそのような異能者がいるかどうかはよくわからない。だが何故か自殺できない、という不可思議現象を打ち消すのがこれまた不可思議現象である異能なのだ、という点では納得できなくは無いだろう。まあ、全て推測に過ぎないと言ってしまえばそれまでなのだが。
「すまんなあ、大したこと話せなくて。せっかく来てもらったのに」
「いや、これだけでも十分な収穫だよ。ありがとう」
「ま、これならあのリーダー気取りのガキンチョも黙らせられるだろうよ」
「ちょ、樹懸……」
「任務なんて面倒にきまってんだからよ、最低限結果出してりゃいいだろ」
「まぁめんどっちいって意味ではオレも同意だな!」
「そ、それでいいんだ……」
「本音なんてそんなもんっすよ?湖上センパイ」
この場にたまたま研究員が通りがかる、などがなければいいのだが。菫色まで榊の発言に頷いている。……それでいいのだろうか。というか、研究員がいなくても監視カメラぐらいあってもおかしくは無さそうだ。しばらくそのまま雑談に話題が移り変わっていったのだが。
「……スーさん、さっきの話をまとめると、それ自殺未遂をしたいって気持ちでうっかり自殺しちゃうとかあるんじゃねーの?」
「おお!皇彦よく気がついたな!でも始番号になるとその辺厳しくなるからうっかりもなくなって便利でなあ」
「お前そんなんが理由で始番号やってんのかよ!?」
「やっぱうちの始番号やばい奴かもしれない」
「ちょ、皇彦も音無もなんでオレから離れてくんだよ!?」
通りがかったのであろう誰かが、立ち止まる。そして
「へえ、なんだか、ずいぶんと楽しそうな話してますねぇ」
まだ声変わりも終えていない少年の声が、場に割り込んで来た。
本編に入りきらなかった補足
×珠雀→スーさん
〇スーサイドさん→スーさん
なお珠雀本人は前者だと思っている




