死をゆるされぬものたちよ-2
「鏡香ぢゃああああん!ごわ、怖かっだよー!」
「ちょ、抱きつくな彗嵐!」
「だっでえ!めっちゃみんな僕のごど睨んでぐるじぃ!」
会議終了後、残されたのは半泣きで鏡香に抱きつく彗嵐と、抱きつかれた鏡香だけであった。既に上峰の監視カメラも止まっていることだろうから、このような醜態を捕捉される恐れはない。そういう意味では別に構わないのだが。
「なんで僕が進行役なんかやんなきゃいけないのさー!」
「そりゃお前が配属総代だからだろ」
「僕なんで配属総代なの!?」
「契約」
「うっぐう……真面目に答えないでよ鏡香ちゃん……ちょっとぐらいボケに乗ってくれたっていいじゃんか……」
そうは言っても、会議の度に同じやり取りを繰り返しているのだから。いい加減慣れて欲しいものである。
「ほら、彗嵐。帰るぞ」
「ふわぁい……ぐすん……うわっちょ、置いてかないでよ!」
わざとらしく落ち込んだ素振りを見せる彗嵐を他所に、鏡香はすたすたと会議室を出ていく。その後ろを慌てて彗嵐が追った。
「ねえ鏡香ちゃん、自殺屋さんについての通達義務って、あくまで始番号までだよね?」
「ん?ああそうだが」
「ならN1には知らせない方がいいし、教室戻んないでどっか別の場所に行かない?」
「まあ、別に上の意思に背いている訳じゃねえし別にいいだろうが……何でだ?」
「いや単純に、自殺屋さんを庇う子の方が多そうじゃん?だったら情報は少ない方がいいでしょ」
「なるほど」
このような場面においては、鏡香より彗嵐の方が圧倒的に頭が回る。鏡香はあくまで研究者なのだ、人間関係やら駆け引きやらは門外漢だ。
「なら仮眠室来るか?」
「……まだ仮眠室私物化してるの?鏡香ちゃん」
「面倒なんだよ、実家帰んの。個室だから誰も来ねえしちょうどいいだろ?」
「まあそうだけど……」
腑に落ちない、という表情を隠しもせずに、視線を向けてくるが無視する。そして鏡香がさりげなく先導し、彗嵐を連れて仮眠室へと向かった。
仮眠室とは、夜勤の者が主に利用している部屋である。が、極小数ではあるが鏡香のように、自宅に戻ることが面倒になったタイプが住み着いているのだ。実家からは暫くは家に帰れという圧力がかかっていたが、最近はどうやら諦めてくれたらしく、そのような小言も減っている。都合が良い。
「……あ、すまん。だいぶ汚いが許してくれ」
「僕もあんま人のこと言えないけどさ、掃除しようよ。これじゃ掃除機も動かせないよ」
鏡香が占領している仮眠室は、はっきり言って足の踏み場がほとんど無かった。ベッドの上にさえ何か怪しい書物やら錠剤やらが散乱している。鏡香の言い分としては、精密機器やガラス器具を持ち込んでいないから許されるだろう、だ。
「大丈夫だ、前見たらきのこが生えていた」
「は!?わかった僕この仕事終わったら鏡香ちゃんの部屋掃除するから!何だったら瑠衣ちゃんも呼ぶから!」
「おいやめろ自分が悪かった掃除する、するからアイツだけは呼ぶな!」
脳裏に量産型気取った意味不明眼帯女が過ぎる。あんなやつと、プライベートでまで鏡香は一緒にいたくない。言動に胃を痛ませるのは平日のみで十分だ。
「これ、もうベッドに座るしかないと思うけど……座っていい?」
「ああ」
器用に床に散らばった実験用のあれやこれやを避けて、彗嵐がベッドの上にたどり着く。鏡香も同じようにベッドの上に座り、靴を床に置いた。
「自殺屋さんを捕まえろーって、具体的にどうすればいいのさー」
「いきなり弱音か」
「だって、僕別にこういうの得意ってわけじゃないんだよ!?仕方なくでやってるんだよ!?」
「はいはいそうだなー」
「僕の扱い雑じゃない!?……というか本当に、僕自殺屋さんなんて噂程度にしか聞いたことないよ。多分鏡香ちゃんの方が詳しいんじゃないの?」
「噂程度でもいいさ。知ってることは全部口にしろ」
「うーん……」
彗嵐が視線を宙にさまよわせ、思考する。その間に鏡香も、得ている情報とそこから考えた推論とを整理した。
「自殺屋さん、ってのは文字通り配属生にかけられてる制限を解除して、自殺できるようにする人?だよね。なんか、会うには特殊な方法が必要とか聞いたけど……なんか、子供がやってそうなおまじないじみたやつ」
「ほう?その特殊な方法とやら、彗嵐は知ってんのか?」
「いや、そもそもこの話もたまたまN1の子が話してたのが聞こえてきたぐらいなんだよね。だからなんとなくの印象しか覚えてないや」
「そうか。ならそれを調べるか?」
「うーん……調べるだけ無駄じゃない?全始番号には通達済みだし、全員が全員自分のクラスの人に情報を隠してるとは思えないし。多分自殺屋さんだって保身を考えて、たとえ正規ルートを発見出来ても接触してくれないと思うよ?」
「自分らだしな」
宙溟彗嵐も沢谷鏡香も、悪名高いと言われてしまえばあまり否定できない立ち位置にいるのだ。彗嵐はN配属総代になるまでにそれなりに騒動が発生しているし、なんだったら鏡香は彗嵐をけしかけた張本人な上、監獄の運営側に属する人間である。今回の案件においては、信用などまるで無いに等しいだろう。
「鏡香ちゃんは他に何か知らない?」
「……彗嵐の知ってたことと大差ねえっちゃあねえんだが、多少は。後ちと気になることがあってな」
「お?」
「自殺屋さんって噂な。あれS、I配属には全然知られてねえんだよ」
「あー……たしかにあの辺の人たち、そういうの興味あるイメージないよなぁ」
「後、これも又聞きレベルの話だが、自殺者はNに集中しているらしい。んで少なくとも、S1とIは犠牲者無しだ」
S1とIについては、信頼できる情報源からのものなので間違いは無いと言って良いだろう。鏡香の言葉を聞いた彗嵐ら、しばらく考える素振りを見せてから口を開く。
「鏡香ちゃん、自殺しちゃった人の一覧表とか、できる限り詳しく入手出来る?」
「やれなくはないな」
「じゃあ、お願い。聞き込みとかは僕がちょっとずつ進めるから。鏡香ちゃんはそっち優先で。ていうかしないで」
「?まあいいが。何で自分は聞き込みしちゃだめなんだ」
「だって鏡香ちゃん、絶対今日の会議みたいな態度になるじゃん。それじゃ聞き出せる情報も聞き出せないし、無駄に警戒させるだけだよ」
もー、と彗嵐が口をふくらませる。……たしかに、今回の件は鏡香からすればとても気に入らないものであり、いささか私怨が出ていた気もするが。そんなに、だろうか?
「いやわかるよ?だって鏡香ちゃん、自殺とかの安直な手段に逃げるのが許せないというか、見てられないんでしょ」
「……そう、だが」
決まりが悪い。公的な場で私情を丸出しにしてしまうなど。……鏡香は、常々考えているのだ。
実質的な余命宣告が出ようとも。その時点で生を、諦めるなど。愚か者もいい所だ、何故生きようと足掻かない。一分一秒でも長く、己が生を謳歌しようとしないのだ。たった一度きりしかない人生を、どうしてそう簡単に自分の手で打ち切れる。
この世に産まれたその時から余命宣告が出ていたような、鏡香からすれば。死ぬことすら、許されていなかった彼女にとって。それはあまりにも贅沢で、傲慢で、許し難い。
「ほら、鏡香ちゃんはデータ収集頑張って!僕はこのままちょっとN1に顔出してくるから」
「ああ、わかった」
相変わらず、こういうところだけは敏い。彗嵐の気遣いに感謝しつつ、鏡香は彗嵐と共に仮眠室を後にした。




