傍観
「いやあ」
遠目に水伐と夜宮の言い争いを眺めながら。優雅にカップを傾けて彼女は言う。
「彼女たちも難儀だよねえ」
現実ではあまり見かけない大きなピンクのリボンを身に着けて、呑気にいつも通りの気味の悪い笑顔を浮かべている。刺川レンという少女に対して、悠堂游の異能はさして効能を果たさない。基本的に、特に深いことは考えていないオチなのだから。
「先代始番号の絶対的なカリスマも大分脆かったってのに、それ以上に危うい夜宮じゃあやってられないよ。まあ水伐はそれより別のことが琴線に触れたんだろうけど」
「あいつが死んだときから、そんなことなんてわかりきってただろ。つか、うちの始番号は一応水伐だ」
「そうだけどさ。でも水伐、配属総代としての役割はある程度こなしてるけど、始番号としては何もできてないじゃん。その分夜宮が統率しているようなもんだし。というか、それについては上ももう気がついてるでしょ」
「だろうな。じゃなきゃ聖棺を転属させる意味が無え。あいつがここにいる理由なんぞ、夜宮のメンタルケア以上の理由はないだろ」
「ほら。游だってそう思ってるんじゃん」
「……つってもな、うだうだ言ったって何も始まらないんだ。どうせあいつはいない。それに、ぼちぼち俺たちも一抜けだろうよ」
そう愚痴っぽくこぼしながら、悠堂はコーヒーを口にした。食堂には他配属者もいるというのに。相変わらず呑気なものだ、と水伐と夜宮を眺める。
「言われてみれば……そっか、そうだよね。そうなると、私は案外生き残ってるってことになるのかな。たしかに、なんだかんだ最古参になっちゃったしなあ。游よりも長くここにいるのに、まだ死んでないや」
「マジでお前長生きだよな。この調子でいけば次に死ぬの、多分俺だぜ?水伐も大分やばそうではあるが、目に見えてガタが来てるのは俺の方だ」
「まあ、どっからどう見てもやばいもんね。うーん、游が死んだら荒れそう。どうせそのうち水伐も脱落だしなあ」
「待て、お前何歳まで生きるつもりだ」
「少なくともゆっきーの卒業までは見届けるつもりだけど。じゃなきゃ死んでも死にきれないよ」
「ぶれないなドルオタ」
さらりと交わされる、生と死についての会話。監獄内においてそれは、単なる世間話として扱われる。その異常さにもだいぶ慣れてしまった、と未だ細く小さい自身の体を見下ろしてため息をつく。まだまだ水伐が収まりきらないらしく、夜宮と言い合いをしている声が耳に入り、相手に対する恨みが目に飛び込んだ。
「なんだかんだ水伐も大人げないよなあ。私まだ未成年だけど、あんなに子供っぽくはないよ」
「お前と比べちゃ水伐がかわいそうだ」
「そういう扱いするあなたも、大概だと思うけどね」
「一応これでも、水伐に次いでS1内では二番目に最年長なんでね」
そうは言っても、水伐は悠堂よりも三つほど年上なのだが。それに、最古参と言う意味では刺川が圧倒的なのだ。悠堂は立場的な理由で、それなりに生き残っているだけであり、ほぼほぼ運で生き残っている刺川には敵わない。
「でもまあ、ここでは年齢なんていつ死ぬかの目安程度にしか機能してないでしょ。外見年齢と実年齢が一致しないのなんて日常茶飯事だし」
「お前俺に喧嘩売ってんのか」
「別に、游のことって限定してないけど。他配属にもっとやばい子がいるよ?なんかIに、見た目子供で中身私と同い年の子がいるらしいから」
「I配属なんていう厄ネタの塊を引き合いに出されても困るんだが。今のIは大半厄ネタだってここ数年言われてるだろ。全くもって近づきたくない」
「まあなんか面倒な争いに巻き込まれそう、って意味では同意かな」
ちらりと異能を開き、どこかの名探偵じみたI配属とやらを見てみる。……どうやら刺川は、実物を見たことがあるわけでは無いらしい。特にこれといって情報は得られなかった。これなら不特定多数に適当に異能を使った方が楽そうだが、そんなことをしてまで厄ネタの情報を求めたいわけでもない為、やる気はない。
「年齢って意味だと、私ももう17……いやあ感慨深いねえ。ずいぶんと長く生きたなあ」
「お前に感じる概も何も無いだろう」
「それを言っちゃあおしまいだけどさ。こう、せめて素振りぐらいは取り繕おうかなと。ここ食堂だし」
「後、あくまで長く生きた基準はここでのもんだからな。本来ならまだまだ俺たちは子供だ。人生の半分も生きてない未成熟な若輩者だろうよ」
「適用されない基準を、気にする意味なんて無いよ」
「……そうだな」
刺川という人間は、やはりこういうことを普通に言い切ってしまうあたりに人間味があると思う。所謂ヒューマンエラーこそが彼女を辛うじて人間にしているのだろう。本人は取り繕っているつもりらしいが、そううまくいくものではない。無いものをあるかのように振舞うのも、その逆もまた簡単なものではないのだから。
「あ、終わったみたいだね。私はたしか……うん、実験は無いから普通に座学だ」
「俺も。あ、今日は珍しく凪仁も来るらしいぞ」
「えっ珍し。あの子ほっとんど座学出れて無いのに」
どうやら通りすがりの景山に喧嘩を仲裁されたらしい。自覚的なのか無自覚なのかはわからないが、景山がこういった役をすることも珍しくはない。
食器の片づけをしながら、悠堂はぼんやりと次の授業に思考を巡らせた。




