体育-3
『ごめんね、松太郎。負けちゃった(´;ω;`)』
「だーっ!仕方ないだろ!相手に有利な状況だったし!そんな落ち込むなって」
『。゜(゜´Д`゜)゜。』
松太郎が落ち込む静の頭をよしよしと撫でている。が、例によっていくら端末上の顔文字が悲しそうにしていようとも本体は完全なる無表情なのである。そんな無表情の巨人がしゃがんで落ち込みアピールをして、尚且つ中身も実年齢も年下の相手に頭を撫でられているのだ、絵面がちょっと大分アレである。
「あのさあ、そんな露骨に落ち込までくれます?こっちはかなり有利な状況で、しかも最後のとどめは運だったんですけどー?勝ってもあんまり嬉しくないっての!」
「まあまあほおずき。勝てたのは事実でしょ?素直に喜んでおきなよ」
「そ、そう?ま、まあ勝利は勝利だもの!」
こちらはこちらで、割と適当に流されている。……ところで、今更ながらにあげはの発言を思い出したのだが。彼が夜宮の恋するお相手、イカレ王子とやらなのか。今のところ、若干天然気味かもしれないがそれなりの好青年に見えるのだが。
「静、おつかれー!」
「お疲れ様、静」
『。゜(゜´Д`゜)゜。』
「あーもうだめだ今の静、このまま戻んなくなってる」
『だ、だめじゃないよ俺!』
がば、と端末をお腹に抱えて静が起き上がる。そのまま松太郎に宥められていた。
「楽しかったねー!」
「そうだね」
桐子にのんびりと返答しつつ、湖上は周囲を見渡す。……どうやら研究員は殆ど去っており、暗之雲も片付けが終わったのか帰ろうとしているようだ。この屋内運動場のようなところに残っているのは、自分達だけらしい。
「おねーちゃん、異能使ってるー!めずらしー!」
「ちょっと周りが気になったから、使った方が早いし」
異能【望遠】。身体機能の一部を強化する、ありふれた異能。湖上の場合は多少の視力強化だ、大したものでは無い。きっと青く染まっているだろう右目を、面白そうに桐子が見上げていた。
「てか静、あと夜宮も怪我大丈夫かー?」
『大丈夫だよ。暗之雲が頑張ってくれたのか現実にほとんど反映されてないから。後でちょっと救護室に行けばどうにかなるぐらい』
「ええ。それに私はほとんど怪我してないもの。山嶺さん以上に大丈夫よ」
「そっか!んなら静は後で忘れずに救護室行けよー!」
『わかってるって』
……流石に死者蘇生は厳しいものがあるが、多少の怪我なら無かったことにできると。これが本来のI配属だと言うのなら、なるほど確かにそれは異質だ。
『この時限は既に終了しております。前時限受講者は速やかに退室してください』
流石に残りすぎだと言いたいらしい。研究員のアナウンスが響いた。
「あー、そろそろ帰るかー」
『そうだね。お疲れ様、夜宮さん』
「お疲れ様です、山嶺さん」
「またなー!」
「そうだねえ。また会おうね、松太郎くん。勿論山嶺さんと桐子ちゃん、麗ちゃんも」
「……麗ちゃん?」
そのまま解散の雰囲気だったそこで、夜宮がドスの効いた声を出す。変わらず紅い瞳が、キッとこちらを睨みつける。ズカズカとこちらに近づいてきて、至近距離で口を開く
「……あんた、随分勇希と仲良くなったのね?ただの間抜けのくせに」
「んえっ」
「とぼけないで。勇希に近づかないでくれる?」
「……いっ!いや、あの」
「どいつもこいつも勇希に色目使いやがって。いい気にならないでくれる?クソ女」
「ほおずき」
至近距離で美少女に睨まれるという拷問から、聖棺が湖上を助け出す。助かった。とても怖かった。
「だめだよ、そんなこと言っちゃ」
「だって、こいつ!」
「おねーちゃんは桐子ちゃんのおねーちゃんなのー!」
「うわっ!?」
桐子が湖上に飛びつく。頼むからこれ以上状況をカオスにしないで欲しい。そして嫌な予感がしていたが、こんなところで的中しないでもらいたい。
「は?すっこんでなさいよガキが」
「桐子ちゃん夜宮ちゃんと多分年齢同じくらいだよー!ガキじゃなーいー!」
「実年齢がどうだろうと、その外見でその態度とってる時点であんたはガキだっつーの!」
「あ、あの……」
「は!?何!?」
完全にキレている。女子同士の戦いなど、湖上からすれば全くもって手を出したくないものなのだが。それでも、誤解は正さねばならないだろう。内心びくびくとしながらも、湖上は言葉を口にする。
「お、俺!お、男なんだけどっ!?」
「……は?」
「えっ」
夜宮と、聖棺までもがフリーズする。この場所に来てから、驚かれることが増えた気がするのは湖上の気のせいだろうか。そして湖上に張り付いた桐子が、心做しか自慢げなのも気のせいだろうか。
「だ、だって校則?でも女装しちゃいけないってのは多分ない……ないよね?」
「無いと思うよー」
「……だからといって、なんでそんなややこしい格好してんのよ!?」
「色々あるの!」
「ほおずき、落ち着きなよ。ごめんね、麗ちゃん。ほおずき、ちょっとかっとなりやすくて」
「えっ……あ、うん」
聖棺に宥められて、途端に夜宮が静かになる。……もしかして、二人は恋人とか、その類なのだろうか。それで夜宮が、聖棺に近づく女を牽制している、と?そして男だと理解されても扱いは変わらないらしい。
「その……こっちこそ、ごめん。もしかして、付き合ってるの?だとしたら勘違いさせちゃって」
「おねーちゃん、しーっ!」
『麗、それ言っちゃ』
「付き合えてたら苦労しないのよ!」
桐子と静の忠告も虚しく、夜宮の絶叫が響き渡った。
「あのねえ!私だってアプローチ色々してんのよ!その上でこれなのよ!?」
「……ごめん!本当にごめんなさい!」
あまりにも悲痛なそれに、反射的に謝罪の言葉が飛び出る。一般的な男子なら余裕でたじろぐ程の美少女によるその叫びは、悲しいぐらい重かった。
「別になんもせずに彼女面してるんじゃないのよ!?むしろそれでこれぐらいの立ち位置にいるの、褒めてくれていいぐらいんだけど!?」
「そ、そうだね!」
「なのにどいつもこいつも、私の苦労なんて──」
「ほおずき、その辺で止めてあげて。かわいそうだよ」
ある種の元凶……元凶か?が夜宮を宥める。そして、さりげなく夜宮を出口へと誘っていく。その手腕は実に見事だった。まあ慣れるほど今日のような出来事が起きているという証左にしかならないのだけど。
「それじゃあまた。楽しかったよ」
「……勇希」
「何度も言ってるでしょ。俺、生きてる人間には興味無いんだって」
退出していく瞬間に、何だかとんでもない発言が聞こえた気がするのだが。気のせいだろうか?
「みんな、おかえりなさい」
「珍しいな、包帯女までこういうの見に行くなんて」
「だっておねーちゃんがとっても行きたそうだったから。桐子ちゃんも一緒に行こうかなあって」
「えっそうなの?」
4人で教室に戻ると、初と樹懸に声をかけられ雑談程度に会話を交わす。どうやら現在教室にいるのは他はあげはだけであり、暗之雲はまだ戻ってきていないらしい。
「そういえば。静くん、お届けものよ」
『俺?』
「鏡香ちゃんって子が、静くんを探していたの。不在を伝えたら、これを渡して欲しいって」
はい、と初が静に封筒を手渡す。それを受け取った静は、何かを考え込むようにした後、開封せず手に持つことを選んだようだ。
「……鏡香ちゃん?」
『うーん……なんて言えばいいんだろう。親戚って言うのも微妙だし。しいて言うなら幼馴染とか、腐れ縁とか……』
湖上の問いかけに、妙に歯切れが悪そうに答える。わかることは、随分と付き合いが長そうだということぐらいだろうか。
『でもこの手紙、多分ろくな事じゃないよなあって』
さりげなく表示されたその言葉は、不穏な響きを伴っていた。
聖棺勇希考えてる時に脳裏に過ったもの:白雪姫の王子様




