体育-1
画面を指ですーっとスクロールしていく。ずらりと並んだ細かい文字は、全てこの場所で履修可能な科目であると言う。まあ履修と言っても、教師などおらず完全なる自習のみなのだが。利点をしいて上げるとするならば、自身に与えられたお金を全く消費せずに、それなりの専門書を手に入れられる事ぐらいだろうか。まあそのような需要は、この場所においてはあまり高くは無いのだろうけど。
湖上が何をしていたのかと言えば、履修科目の選択である。特に急かされもしていない為忘れていたのだが、そういえば体裁上、ここは学校のはずなのだ。例え実態が人体実験所であろうとも、内部の人間からの通称が監獄であろうとも。と言うわけで、こうして端末を眺めているわけである。なお、現在は普通に授業中であることを追記しておく。
「……ん?」
湖上の手が止まる。その指先に触れていたのは、『体育』という文字だった。
湖上は少なくともこの場所に十日以上いるのだが。そのような科目らしきものを、湖上は一度も経験していない。というか、実技自体やった覚えがない。流石に体育は座学では無いと思うのだが……。そう思いタップしてみると、受講不可能の文字が表示された。
「おねーちゃん、どうしたのー?」
「あ、桐子ちゃん。えっとね、体育は選択できないって出てるんだけど……」
ひょっこりと隣から覗き込んできた桐子に聞いてみる。すると桐子は、えっとねー、と言いながら自身の端末を開いていた。大した時間もかからずに、桐子は湖上の端末と同じ画面を出す。そこでも、受講不可能の文字が表示されていた。
「桐子ちゃんもできないんだ」
「体育って、異能が戦闘系の子向けの教科なんだよねー。なんか、モギセン?をやるんだって」
「あー……」
それはたしかに、湖上も桐子も受講不可能だろう。湖上の異能では、戦闘もクソもないのだから。そう考えると、先日購買で遭遇した夜宮や赤神は選択しているのかもしれない。
「I配属だと、静だけなんだってー」
「強いらしいね、静」
「うん!静ってすっごく強いんだよー!I配属の中では1番!」
異能もだが、身体能力もずば抜けているのだろうし。そう考えれば妥当なものである。しかし、体育という名目で戦闘訓練を行っているとは。異能者同士の戦いなど、早々見れるものでは無い。できることなら、見てみたいものだ。
「そうだぞ!静はすげーんだからな!」
前の席に座っていた松太郎が会話に参加してくる。
「そうなんだねー」
「ああ!なんなら見に来るか?静、今日体育あるって言ってたぞ!」
「ほ、本当に!?」
思わず露骨に喜色を浮かべる。が、すぐに当の静は大丈夫なのだろうかと思い至る。しかし静もすぐに振り返り、端末に文字を表示した。
『大丈夫だよー(。-`∀・)b゛あーでも、直接は見れないかなあ。暗之雲の異能の中でやるから』
「……たしかに、色んな状況でやれるし、合理的だね」
『多分そうなんだろうね。まあ直接見れないだけで、どうせドローンとかで撮影してるはずだから』
「行こうぜ麗!」
「うん!」
「桐子ちゃんも行くー!」
その場の勢いで返事をしてしまったが、よくよく考えると松太郎と桐子という面子は、かなりやりづらいのでは?気がついた時には、既に話がまとまっていた。
桐子、松太郎、静と共に訪れた部屋は、一見すると単なる屋内運動場のような場所だった。しかし要所要所に取り付けられた用途不明の機械によって、異質な場所として成り立っている。既に来ていたらしい暗之雲が、部屋の中央で絵画を抱えて突っ立っていた。
「そういば静、誰と戦うんだー?」
『えっとねー、たしかS-1-4……夜宮さん、かな?』
脳裏にあの、点滴台を連れて歩く金髪の少女が思い浮かぶ。そういえば彼女は、静について話していた。戦ったことがあるような口ぶりだったし、今日のようなこともよくあるのかもしれない。
「あーあいつかーなんかすっげー強いやつだよなー!」
『そうだね。俺、模擬戦はあんまり勝率高くないからなあ(´・ω・`)』
「仕方ねーだろ、静が本気出したらマジで人死ぬし」
『でも、その条件だけなら彼女も一緒でしょ?だから俺ももうちょっと手加減を覚えなきゃなあって』
「あーうん。それは覚えろ、静」
『えっ』
なお、先程からちょくちょく静の端末に顔文字が表示されているが、本体の方はいつも通りの無表情である。ギャップが凄まじい。
「静、たまに松太郎を捕まえる時ぎゅーってしすぎて、松太郎がぐえーってなってるよね」
『そ、そうなの松太郎!?』
「あー……まあ、そうだな」
『……お、俺頑張って手加減覚えるね!!!!!』
「……できるのかなあ」
「と、桐子ちゃんそれ言っちゃ」
『大丈夫!!!!!頑張るから!!!!』
尚更無理そうである。どうやら、松太郎の苦労はまだまだ続くらしい。そうしてI配属の面々と話していると、部屋のドアが開いた。
「あら、もしかして私が最後?時間、大丈夫かしら」
「……大丈夫。予定通りだよ」
「そう、ならいいわ」
入ってきたたのは先日とは違い点滴台を連れ歩いていない夜宮とあともう1人、湖上には見覚えのない少年だった。銀や鋼と比喩表現で表されそうな髪と瞳を持ち……ものすごく、整った顔立ちをしていた。あまりにも語彙力のない言葉だが、実際そうなのである。まさしく、童話に出てくる王子さまの様だった。
二人が入室した直後に、別のドアから研究員が出てくる。
「これよりI-1-4とS-1-4の戦闘実験を開始します。実験はI-1-6の異能空間内にて行います。I-1-1、I-1-2、I-1-8、S-1-5は観覧希望ということでよろしいでしょうか」
「あってるぞ」
「そうですよ」
「了解しました。あなた方は観覧室へ移動してください」
松太郎と銀髪の少年が研究員に応じる。研究員は更にまた別のドアを指さした。どうやらここから、観覧室とやらに行けるらしい。
「行くぞー!」
「おー!」
松太郎と桐子が元気よくドアへと向かっていく。その後ろを、少年と湖上が歩いていった。
観覧室には、たくさんのモニターが取り付けられていた。現在は様々な角度から先程の部屋の様子がうつされている。何脚かパイプ椅子が用意されており、どうやらそれを使っていいらしい。真っ先にパイプ椅子を手にした松太郎の横に、湖上も同じようにして座る。と、当然のように反対側の隣に桐子が座った。見れば少し離れたところに、少年が座っている。
「お前もこっち来ないのか?」
「うーん、松太郎くん、今日は友達と一緒でしょ?悪いかなあって」
「別に気にしないぜ?」
えっ俺と松太郎って友達なの?と素で聞き返しかけたがなんとか口を閉じる。正直まともな友達という存在を、湖上は正しく理解しているとは到底思えないので。そんなこと、バレたくないに決まっている。
「桐子ちゃんは気にしないよー!」
「お、俺は大丈夫だよ」
「そっか。ならお邪魔させてもらおうかな」
「おう!」
「桐子ちゃんはねー、桐子ちゃんって言うんだよー!よろしくねー聖棺くん!」
「ふふ、よろしくね」
聖棺と呼ばれた少年が、パイプ椅子ごとこちらに寄ってきた辺りで湖上は察した。
あっこれ自分以外は彼のこと知ってるんだな、と。
もしかしたら有名人なのかもしれないが、あいにく湖上は何も知らない。I配属は他配属との関わりが少ない、と散々言われていたが。このような所に影響が出るとは。やはりもう少し積極的に情報を収集すべきだったか。
「えっと、あの……名前、聞いても、いい?」
「?……オレは聖棺勇希だけど。もしかして、君はここに来てからまだ日が浅いのかな」
「う、うん。あ、俺は湖上麗」
「よろしくね、麗ちゃん」
「よ、よろしく」
王子様フェイスがにっこりと微笑む。……ところで、もしかして聖棺に湖上は女として認識されていたりするのだろうか。何となく嫌な予感がする。主に、このイケメンが女性に対して取る行動という意味で。
「お、始まるみたいだぜ!」
松太郎の声で、湖上は再びモニターに視線を戻した。




