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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
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14/551

観数

「お・ね・え・ちゃ・ん!」

「うわあっ!?」


 突然背後から抱き着かれる。振り返れば、きらきらと輝く紅玉と目が合った。そこまで?と問いかけたくなるほど、その瞳は楽し気である。


「おねーちゃん、どこ行くのー?」

「普通に実験だけど……」

「そっかー!ねーねー、桐子ちゃんもついていって良いー?」

「えっ」


 桐子のおねだりに、湖上は固まった。これは、桐子と一緒に行ってもいいのだろうかと。この場所に来てから日の浅い湖上には、その判断はつかない。何だったら、桐子の方が詳しいまであるのだ。


「逆に聞くけど、その、ついてきて大丈夫なの?」

「だって行先、七世(ななせ)さんのところでしょ?だったら絶対だいじょーぶ!」

「……七世さん?」


 湖上が聞き返すと、桐子が口を開く。


「ここの職員さんでねー、かっこいい女の人なの。桐子ちゃん、七世さんとは仲良しだからむしろ喜んでくれると思うの!」

「そうかなー」


 七世、という人物が湖上の予測通りの人物ならば喜びはしないと思うのだが。十中八九普通の社会人なのだろうし、職務を妨害されるのはあまり喜ばしいことでは無いと感じるのが普通だ。しかし、桐子はやけに自信にあふれている。たしかに実験体なんて存在と仲が良い職員、という時点で変わり者もいいところだろう。それならば、受け入れてもらえるだろう。というか。


「……なんで俺の実験を担当する人が、七世さんって人だってわかるの?」

「七世さんが教えてくれたのー!今日、I配属の子の実験やるんだよーって!」


 大丈夫そうである。いや情報漏洩という意味では若干どうかと思わざるをえないが、大丈夫だろう、多分。監獄とか呼ばれているこの場所のことを、湖上はまだ詳しくは知り得ないのだから。もしかしたら何か特別な事情があるのかもしれない。


「じゃあ、一緒に行こうか」

「わーい!ありがとう、おねーちゃん!」


 ぎゅーっと額を背中に押し付けられる。そういった仕草はまるきり幼子なのだが、実年齢は湖上よりも年上の少女であることを考えると……微妙な気持ちになる為、考えないことにする。

 そのまま湖上と桐子は、二人で話しながら指定された実験室へと向かった。最初の頃に比べれば、まだ桐子と会話が続くようになった気がする。ただし女子であるという時点で、湖上からすれば会話相手としては中々厳しいものがあるということは、目を瞑ることとする。





「……それで、桐子もここに来ちゃったと」

「うん!」

「ははは……」


 生え際が黒くなってしまっている傷んだ茶髪を、無造作に結った女性が苦笑いで桐子を見ている。当の桐子は特に気にする様子も見せず、むしろえっへん!と胸を張っているようにすら見える。

 観数七世(みそくななせ)、と名乗った彼女は、湖上を見て目を見開き、桐子を見て顔をしかめた。どうやら、湖上の最初の予測の方が的を射ていたようだ。そして湖上と桐子に事情説明を求め、現在に至るというわけである。


「いや本当に、すみません。俺が止めておくべきでしたね」

「あー……もういいよ、別に。来ちゃったものはしょうがない。I-1-8……湖上麗、って名前だっけ。今回は投薬と経過観察だけだから。ほら、はやく飲んじゃって」


 七世が一瞬だけ視線を空中にさまよわせた後、乱雑に湖上へと手渡されたカプセルは、一見してそこまでおかしなものには見えない。しかしここで処方される薬物が、見た目など関係なくロクなものではないことを湖上は既に体感している。覚悟を決めて、同じく握らされた紙コップを呷り、薬を口内に放り込んで一気に飲み込んだ。


「ん。じゃあ後は、しばらく桐子は湖上君をさわらないこと」

「えーっ」

「当たり前でしょ。君が触ったら薬効もクソもないからね」


 不満げに口をとがらせる桐子を、七世が一蹴する。強い。


「おねーちゃんの膝の上、座りたかったのにー!」

「俺、椅子じゃないからね?」

「そうだよ?」

「好かれてるねえ」


 完全なる他人事として、七世が呟く。そしてふと目を離した隙に、七世は煙草を手にしている。副流煙という言葉を知らないのだろうか。この場には未成年者が二人もいるというのに。というか、一応職務中だろうに。喫煙をするのはどうかと思う。


「桐子ちゃん、本当に観数さんと仲が良いんだね」

「そうだよー!仲良しなのー!」

「……まあ、間違っちゃあいないか。職員と仲良しってのも、微妙だけど」


 無邪気な桐子と対照的に、複雑そうな表情を浮かべる七世。確かに、実験体と実験を行う人間の仲が良いというのは、微妙な話だろう。それこそ、空想上でしかありえない話だ。


「厳密には、私は研究員じゃないからギリセーフってだけだからね?桐子」

「わかってるよー」

「やっぱり、違うんですか」

「バレちゃったか―。そうでーす。私は本当に、職員でしかないのさ。ちょっと特殊なお仕事をしててねー?だからたまーにしか、実験には関わんないんだよ」


 いたずらっぽく笑いながら、七世が話す。……それを考えると、湖上の実験を今日担当していること自体、何か作為的な物を感じてしまうのだが。気のせいだろうか。


「特殊な、仕事?」

「あっそこ聞いちゃう?」

「え、き、聞かない方が良かったんですかね」

「?七世さんは、異能者を探してるんだよー!」

「言っちゃったかー」


 苦笑いを浮かべる七世の忠告もむなしく、桐子が口にした内容は。確かに、大多数の者が聞けばその場で怒り狂う無いようなのだろう。大抵の者が、望まずこの場所に連れてこられているのだから。しかし、湖上麗は違う。だからこそ、何も思わないのだ。


「別に、俺は気にしませんよ」

「……だろうね。そんな、奇怪(きっかい)なことになってんだから」

「何のことですか?」


 すっとぼける。きっとこの場でボロが出ても、実際大した問題は無いのだろうけど。流石に、この段階で手札を晒す必要などない。


「おねーちゃん、何かだめなことでもあるの?」


 心配そうに、こちらを見上げてくる純真そうな瞳が。何となく、綺麗な物に見えたから。


「……無いよ」


 思わず、彼女の頭を撫でてしまったのだ。


「ちょ、だめだよ」

「あっすみません」

「えへへ~」

「桐子、わかってたんなら避けなよ」

「やだよーだっておねーちゃんになでなでしてもらえるの、初めてなんだよー?」


 七世や湖上をよそに、桐子はとても嬉しそうに笑っている。それ程だろうか?湖上には幼子の心はさしてわからない。


「えーと、あの。観数さん。埋め合わせは、どうすれば」

「……え知らね。私困んないし。困るのお上でしょ。私雇われの身だから~」

「はあ」


 それでいいのだろうか。

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