迷子
有栖美鈴奈は、目の前にいる見事なまでの不審者に半眼を向けていた。不審者の手には、監獄が配布している端末が。開かれたプリインストールの地図アプリには、中央棟の第一購買が目的地として示されている。えっどうして?という気持ちを押し殺し、有栖は渋々口を開いたのだ。
発端としては単に、普段一緒にいる面々が軒並み実験やらなんやらで不在だったのだ。他のクラスメートに声をかけるという選択肢もあったが、たまには一人でランチというものも良いだろうと一人で食堂に来ていた。そのままのんびりと端末をいじりながら食堂で食事を摂っていただけだというのに、気がついたら目の前に不審者がいたのだから、世の中理不尽である。
不審者は、どこからどう見ても指定制服を着ているようには見えない。もしかしたら内側に着ているのかもしれないが、少なくとも一見してわかる範囲ではモッズコートにガスマスク、ジャージというコーデもへったくれもないファッションだ。
「……もしかして、迷子なのです?」
有栖がそう口にすれば、不審者は端末を指差す。なるほど?ここに自分を案内してくれと言いたいのか。というか、何故口を開かない。菫色のようなタイプがそうゴロゴロと転がっているとは思えないのだが。たまたま直近の実験で喉をやったのだろうか?
しかしそれよりも、有栖は不審者に聞きたいことがあった。
「あの、申し訳ないのですけど。一体どんなアクロバティック迷子してるのです?」
「……」
「ここ、中央棟じゃなくてN3棟なのですよ?なんだったら購買と階数すら違うのですけど」
「……」
不審者は黙りこくっている。口を開く気は無いらしい。……この不審者らしき存在の目撃情報を、有栖は入手していない。ここまで悪目立ちする外見をしておいて、有栖が全く情報を得ていないとも思えないのだ。となると有り得るのは新参者か自分の居住棟に引きこもっているS配属か、I配属だ。更に目的地が第一購買であることを考えれば、S配属やI配属の確率の方が高いだろう。しかし聞いても教えてくれなさそうだし、仮に伝手として確保したとしても大して役にはたたなさそうである。
「……まあ、いいのですけど。暇だし、連れてってあげるのですよ。でもその前にお昼片付けるのです」
ついでに購買の用事でも済ませればいい、と有栖は不審者に了承を返した。特に用事も無いのだから、恩は売れる時に売っておこうという算段である。親しくもない相手に打算無しで動く女では無いので。
既に食べ終わっていた昼食を所定の場所に片付ける。その間も、のそのそと不審者は有栖のあとを着いてきていた。そこまでしないとはぐれてしまうのかもしれない。だったら複数人で行動しとけよ、と有栖は思う。
片付け終わると、有栖は不審者を連れてN3棟の食堂を後にした。ここから購買までは少し歩く。エレベーター待ちも入れば、それなりの時間がかかるだろう。
……この監獄と呼ばれる場所では、外では奇異の目を向けられそうな格好でも、さして目立たない。実験の副作用で毛髪が変色し、派手髪もいい所な地毛を持つ者も少なくないし、常時発動型の異能者であれば、常に虹彩が変色していることになる。その上指定制服と呼ばれる軍服じみたものはあれど、服装規定が無いに等しい故にアレンジし放題なのだから。更にこの場所に来たということはもう後がないこと、つまり吹っ切れたファッションの者も多く結果的に混沌としているのだ。とはいえ。
「……」
今隣にいる不審者程、奇天烈な格好は見た事が無いが。特に、ガスマスクが目立つ。顔を被り物で覆ってはいけないという校則はなかったはずだが、目元が完全に隠れている時点でアウトな気がする。
「気になってたのですけど。なんでわたしに声掛けたのです?わたし、そんなに声掛けやすい外見してるとも思えないのですけど」
有栖は派手髪だったり常時発動型異能者だったりはしないが、外で着ていたら少々奇異の目を向けられるタイプのファッションである。コスプレとまではいかないが、それに近いものではあるだろう。その有栖の問いかけに、不審者はやはりまた沈黙を決め込むのだろうかと考えていたのだが、予測は外れ不審者はしまっていた端末を有栖に見せつけた。
「ええ、と。もしかして……端末に詳しそうとか、そういう理由なのです?」
「……」
それでいいらしい。端末を見せつけるのをやめて、不審者は再び端末をしまう。たしかに間違ってはいない。有栖はそれらに詳しいと言えるだろう。が、この程度なら正直誰でも出来る。別に端末に詳しいという条件はいらないだろうに。……それすらわからないほど、疎いのだろうか。
ところで、少女としては平均身長程度の有栖よりも10センチ程度は高そうな上背で、不審者ルックをかまして少女の後をつける年齢性別不詳の人物という絵面はかなりの事案である。現に有栖は、多方面から視線を感じていた。当然だろう、有栖だって第三者であったのなら同じことをする。ついでに掲示板にでも書き込むだろう。S配属とI配属と奇人の人権など、内部ネットにおいてはあってないようなものなのだから。……そうなると、不審者を送り届けた後に確認した方がいいだろう。
少し歩けば、エレベーターにたどり着く。中央棟からエレベーターに乗るよりも、居住棟から乗った方が空いているだろうという判断だ。しかしそれでも少しは待つことになる。
「あなたがどこの配属かしらないのですけど、居住棟なんてだいたいどこも似たような作りなのですから。覚えていて損は無いと思うのですよ?」
「……」
相変わらず不審者は、有栖の発言に答える気は無いようだ。先程答えてくれたこともそうだが、もしかして見知らぬ他人を頼ることすら、この不審者にとっては珍しいことなのかもしれない。だとしたら、本当に困っていたのだろう。あのようなぶっ飛んだ迷子具合では、到底目的地になどたどり着けないだろうから。
暫くして番が回ってきたエレベーターにふたりで乗り込み、押すまでもなく目的の階に停止ランプが点灯していることを確認する。
エレベーターから降りれば、目的地はすぐそこだ。そのまま不審者を連れて有栖が歩いていると、大声が聞こえた。
「暗之雲ー!!お前こんなとこにいたのか!探したぞー!」
「……」
不審者が振り返る。どうやら不審者には待ち人がいたらしい、それなりの顔面偏差値のイケメンが手を振っていた。……暗之雲、とはなんとも偽名くさい。
「この不審者の知り合いなのです?N3棟で迷子になってたのですよ」
「N3棟!?なんでそんなとこまで?まあいいや、とにかく連れてきてくれてありがとな!」
「どういたしましてなのですよ」
こちらに寄ってきて、にぱ、と人好きのする笑顔をうかべるイケメン。その仕草は外見に似合わず随分と幼かった。まあ、こんな場所ではそんな例も少なからずある。薬で体か精神がおかしくなったのだろう、と適当に当たりをつけて思考を終わりにした。
「それじゃあわたしはこれで、失礼するのですよ」
「またなー!」
去り際に視線を後ろへ向ける。先程話していた少年の他にもう1人、新たに少年が現れていた。大きな端末を抱える彼に、イケメンが話しかけている。
「にしても配属総代会議、なんであんな長引いたんだ?……あー……、いや、俺はその辺は知らされてない。となるとまだ揉めてんじゃねー?」
……配属総代、会議?
S配属とN配属の配属総代は知っている、前者は遠目に眺めたことしかないが穏やかそうな女性で、後者は個人的に有栖が嫌いな奴だ。そうなれば、残されているのは、Irregular配属の配属総代、だけである。思わず、振り返って彼らの指定制服の肩を見る。──『I』の文字が、堂々と戴かれていた。
「えっあれがIの配属総代なのです!?というか多分不審者もI配属……Iってあんなんなのです!?」
もっとちゃんと話しとけばよかったのですよ、わたしあっちの方にコネあんまないのですし。と後の有栖は語った。




