繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-13
「──へえ」
穏やかな笑みはそのままに、鋼色の瞳から、本物の金属みたいに温度が完全に消え失せる。美形の怒る顔は恐ろしい、という言葉を体現したかのような有様だった。
正直、悲鳴を上げなかったことを褒めてもらいたい。あの夜宮ですら、完全に硬直してしまっているほどなのだから。だというのに、N配属達は聖棺の怒りに気がついていないようで。自分が正義だという感覚に酔っているのか、彼らは口々に語りだす。
「ていうか、聖棺って異能すっごいしょぼいらしいよ?ま、私達の同類だしそんなもんよ」
「俺聞いちゃったんだけど、そこの監獄最強に媚び売ってS配属になったらしいぜ?そこまでして生き残ってて恥ずかしくないのかな」
「俺だったらそこまでして生き残るぐらいなら、大人しく首吊るっての!ま、首すら吊れねえからこうなってんだろうけど!」
「まあ、媚びを売ったってのは間違いではないかな」
声のトーンそのものはいつもと変わらない。だと言うのに、正体不明の圧を伴うそれが、恐ろしくて恐ろしくてたまらない。淡々と、いつもの調子で語り続けていることが余計に不気味な恐怖を生み出す。
……まあ、聖棺の言い分は完全な間違いでもないのだが。元々夜宮が聖棺に一目惚れしていた所に、夜宮が当時依存していた先代S配属総代が亡くなり、精神に異常を来したそうで。監獄にとっても重要な存在である監獄最強の精神安定剤として監獄が聖棺を特例でS配属に転属させた、というのが真相らしいのだから。
「でもさ、それで生き残る確率を上げられてんだから、オレの勝ちだよ。生きてなきゃ意味は無いんだから。……君たちは幸せだね、生き残ることに尊厳がどうのこうのなんて言えるなんて。本当に死にかけたことがある人は、そんなことは言えないと思うよ?ねえ、ほおずき」
「……え、えぇ」
聖棺に気圧されて、絞り出すように夜宮が返事をする。それを聞き届け、聖棺は更に続けた。絶対零度の眼差しがN配属達に向けられる。
「ま、そういう意味ではオレは君たちと同類なのかもね。でもほら、オレは君たちよりほおずきの方が好きだから、ほおずきの側につくよ。なんてったってほら、媚売ってるって言われちゃうぐらいだからね?」
そう言って彼は、夜宮の肩を抱き寄せる。勿論そんなことをされた夜宮は先程とは別の意味で硬直していた。常ならばひどく血色が悪いはずの顔が、耳まで赤くなってしまっている。
かわいそうに、そもそも好きって言われた段階で瀕死だったのに、追い打ち食らっちゃったもんね。と。景山は他人事のように眺めていた。
「……狂人が」
「そんな言葉で思考停止しちゃうぐらいの頭じゃ、わかんないよ。仕方ないって」
返す言葉を見つけられなかったらしいN配属が、震えた声で捨て台詞を吐く。それにすら、聖棺は嫌味たっぷりの言葉をぶつけた。しっぽを巻いて逃げ帰る彼らを視界に収め、冷たい鋼色の瞳を薄めた。
そうして、後に残されたのは、未だ悶える夜宮と聖棺の影の中に潜む景山、今回のやらかし犯こと聖棺となった訳だが。この状況で残されてどうしろと?
ひとまず夜宮に殺されない為に、申し訳程度に影の中に持ち込んでいたニットで局部を隠して、胸を床に置くように体を影の中から出す。影の中が嫌いな訳ではないが、やはり長時間潜った後に顔を出すと開放感があるな、と伸びをしていると。聖棺が困惑した様子で話しかけてきた。
「由ちゃん、なんかほおずきが変なんだけど。どうしちゃったの?」
「……ゆっきーが、軽率に好きとか言うからかな」
やはり夜宮の反応の理由をわかっていなかったらしい。しかも景山が伝えた後もきょとんと首をひねっているので、救いようがなかった。
「オレはただ本当のことを言ってるだけなのに?」
「ゆっきーの好きは友達の好きって意味だけど、やみやんの好きは恋愛的な好きだからね~?わかってる?」
「うーん、わかるようなわからないような」
「ゆっきーだって好きな子……好きな子?まあいいやとにかく恋愛対象に好きって言われたら嬉しくない?」
「?死体は喋らないよ」
いやに澄んだ眼差しで言い切られた。どうしようもない。
「……由、私、どうすればいいのかしら……?」
「私、こんな難しい恋愛相談に対応できるほど経験豊富じゃないから、ちょっと……。せめてせーくんとかに聞いてよ」
「青詩は異能があるから、意思疎通できるじゃない」
「あー……まあ、そうだね」
脳裏に妻と呼ぶ人形を愛しげに抱きしめる青詩の姿が思い浮かぶ。たしかに、あれはまた何か違う気がする。主に相手に愛を確かめることができなくはないという意味で。
「なんか大変なんだね?二人とも」
「原因ゆっきーだからね?!」
「そんなこと言われても……」
「そうよ由、勇希は何も悪くないのよ……そう、何も、悪くないのよ」
「いやそこまで肯定しなくてもいいんじゃないかな~?」
ずうんと気落ちした夜宮にフォローを入れる。世間一般的な人間に迎合しろ、なんて無理は言わないが、せめてもう少し歩み寄る姿勢を見せて欲しいものだ、と景山は聖棺に対し常々思っていた。
「……でも、あいつらの言う通り、勇希が私達の側にいることって、私達がいるから、でしかないのよね」
ぼそり、と夜宮が呟く。やはり彼女なりに、N配属達の罵詈雑言に対し思うところはあったらしい。実際元N配属であり、異能そのものはN配属相当でしかない聖棺は夜宮や景山とは、見えている者が違うだろう。しかしその発言に。当事者である聖棺は意外なほどに軽く答えた。
「いや違うよ?だって、監獄に歯向かったら死体もらえなくなっちゃうし」
「……へ?」
「ちょ、ちょっと待っ、待ってくれるかしら。私そんな事聞いた事ないんだけど?!」
場にそぐわない、衝撃の事実を。
「いくら監獄にN配属の死体の利用価値がそんなにないからって、完全にゼロでは無いらしいからね。取引材料として自分の身を差し出すぐらいはしないと無理だって」
「そ……そう、なのかしらって身を差し出す?!勇希何したのよ?!」
「大したことはしてないって。異能が目覚めてすぐ監獄に直談判しに行っただけ」
「大したことあるわよどうやったのよそれ?!」
「いやだから直談判を」
「ゆっきーやみやんが聞きたいのそういうことじゃないと思う!どうやって直談判したのかって話だと思う!」
「?普通に監獄に押しかけたけど」
聖棺はなんてことの無いように話しているが、監獄の所在地なんて誰も知るはずがないのである。少なくとも監獄にいる異能者の九割は知らないはずだ。当の本人が一番事の重大さに気がついていないのは何故なのか。
「勇希。あのね、任務でたまに外に出てる私達ですら監獄がどこにあるのか知らないのよ」
「えっなんで?」
「知らないよ普通!ゆっきーそんなすごいのどこで知ったの?!」
「普通に、学校で……なんか、先生が雑談程度に話してたんだけど」
……たしかに、ただ先生が話していた程度の認識だったら、そのような反応も無理もないのかもしれない。しかし、これだけは言わせて欲しい。
「そんなこと知ってる先生とか、普通じゃないから!」
「そうよ何者なのよそいつ?!」
「ほ、本当に普通の先生だったんだって!」
「なんか特徴ないの?」
「特徴?……いや、本当に何も無いんだけど。特別生徒に好かれてるタイプでもなかったけど、めっちゃ怖かったり厳しかったりするタイプでもなかったし」
「勇希、何か忘れてたりしない?印象的な思い出とか……」
「いや、担任持たれてなかったし、そもそも学年も違ったから正直記憶があんまり」
夜宮と景山、二人がかりで聖棺に問いかけてもただ聖棺は混乱するばかりだった。本当に、彼にとっては関心のない対象だったのだろう。ますます謎が深まってしまった。
「……なんか、疲れたわ」
「私も」
「ご、ごめんね……?でも……死体だけが理由の全てって訳じゃないからね?本当に、ほおずき達の事が好きだから、長く一緒にいたいなあって思ってるだけで」
「~ッ!だ、だからそ、ういうのを」
「ゆっきー!またやみやんが動かなくなっちゃうよ?!」
不意打ちを食らってしまった夜宮は、またもや哀れなほど頬を赤く染めてしまっている。
「だめなの?」
「だめだよ……」
「よくわかんないなあ。って、あ、そろそろ授業始まるみたい」
夜宮の事など何処吹く風で、端末の時刻表示を眺める聖棺に景山は半眼を向ける。相変わらずマイペースというか、ズレているというか。
「ほおずき、置いてっちゃうよ?」
「い、行くわよ!」
聖棺の言葉に、現実に帰ってきた夜宮が点滴台を握って歩き始める。その様子を尻目に、景山はさりげなく聖棺の影から別の影へと移動した。
「あれ、由ちゃん授業行かないの?」
「あ~……。私、次任務なんだよね」
「そう。行ってらっしゃい。死なないようにね。あんたの事だから、そんなヘマはしないでしょうけど」
「もっちろん!」
元気よく返事を返し、二人とは逆の方向の影へと景山は移動していく。──N配属の、区画へと。




