繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-12
その日初めて、景山由は人がキレる音を幻聴とは思えない程明確に聞いた。
そんな不穏な音を聞く羽目になった要因は、第一食堂で発生した。そう、あのS配属とN配属が両方利用するせいか、しょっちゅう何らかの火種の爆発会場と化しているあの場所だ。
「黙って聞いてれば、好き放題言ってんじゃないわよ!」
具体的には、どうして監獄に歯向かわないのか、あなたほどの力があれば可能だろうとねちねちと数日間言われ続けた夜宮が、ついにキレたのだ。正直それについては、景山はよく今まで保ったなと、他人事のように思っていた。実際その認識は間違っていないと思う。
血液が舞い、枷のようにある種の勇者達が拘束される。その時点で巻き込まれたくないほとんどの異能者達がその場からの逃亡を選んだ。かくいう景山もできればそちら側でいたかったのだが──残ることを選んだ者が、火にガソリンを注ぐ存在でしかなかったので、残らざるを得なかったのだ。
「……」
聖棺あるところに夜宮あり、つまりそういうことである。今現在彼はいつも通りの穏やかな笑顔をうかべ沈黙を貫いているが、口を開いたら何を言い出すことか。
当の夜宮にもいまいち自覚がなく、かつ実際気がついている人もあまりいない話なのだが。たしかに彼は夜宮のアプローチを断り続けている。しかしそれはあくまで「恋愛」の話なのだ。
何が言いたいのかって?聖棺は夜宮ことを、友人としては全然嫌いじゃないどころか、むしろかなり好ましく思っているらしい。
「好き放題?何を言っているのやら。私は事実を言っているだけだよ」
「事実?!どこがよ一から十まで全て間違ってるわよ!」
「貴方はとても素晴らしい力を持ってらっしゃる。その力を使えば、監獄から脱出することも容易でしょう?」
随分とまあ、ピンポイントに夜宮の地雷を踏み抜くようで。命が惜しくないのだろうかと、景山は聖棺の影の中で眺める。
「──ええ、そうね。楽よ、楽。監獄の奴らを皆殺しにすることなんて、私からすればとっても簡単よ」
紅い瞳が暗い色をたたえ、歪んだ。十代女子がしてはいけない類の凶相を浮かべ、夜宮は言う。それを直視してしまった彼らのメンタルが心配だが、まあ自業自得だろう。
さしもの勇者達も、夜宮に気圧されたらしい。彼らからすれば好ましいはずのそれにも反応せず、ただ黙っていた。
「でも、仮にそれをやったとして、私は幸せになれるの?」
「……は?」
「い、いやだってそれは」
端的な問い。故に、意図が何一つ伝わらないそれ。N配属たちが夜宮の言葉に疑問を呈すのも無理もない。しかし、だとしても彼らは無能と言わざるを得ないだろう。だって、一度も考えたことは無かったのだろうか?
強力な異能に、代償が存在しないわけがないのだと。
「私が監獄にいるのって、親に無理矢理放り込まれたからなんだけど」
「……家庭に居場所がない?ってことならいくらでも」
愚かなN配属は、自分が理解できる尺度に物事を貶めて解釈する。だがそれは最もS配属らしいS配属、監獄最強の称号を冠する夜宮には通じない。
そんな彼らに、夜宮は不気味なまでに静かに言葉を続けた。
「私の幸せを願って、私の親は私がここで生きてここで死ぬことを望んで、私を監獄に引き渡したのよ」
N配属達が揃って息を飲む。その言葉は、激昂すると思っていた側からすれば予想外もいい所だろう。しかし、これが現実だ。必ずしも親が子を監獄に売る動機が、金銭や親子関係ではないのだから。
「……」
ところで、景山からすれば、静かに淡々と語る夜宮なんかよりずっと、先程から黙りを貫いている聖棺が一番恐ろしいのだが。普段通りの表情を保っていることが、殊更恐ろしい。
「そ、れは貴方が両親にそう思われたと信じたいからで」
「違うわよ。いっそ悲しいぐらいに理由がはっきりしてるから。あんた達にはわからないでしょうけど、私は……もし仮に外に居続けていたとしたら、もうこの世にいないのよ」
異能【血液変化】他者の血液すらも取り込み、己の血液として自在に操れる異能。その副作用は造血能力の極端な衰弱と虚弱体質。現在でも点滴に繋がれなければ日常生活を送ることすらままならないこの少女は、現在の活躍が嘘のように、外にいた時はほとんど寝たきりだったらしい。
「私の身体、本当にどうしようもないのよ。異能薬物やら最先端の医療技術やらで、やっとこさ生きてるレベルに副作用がひどいの。わかる?そうでもしないと近いうちに死ぬって、こんなクソ以下の場所で人殺しをやってないと生き延びれないって診断された私の気持ち!まあわからないからこんなことしてるんでしょうけど!」
夜宮が叫ぶ。その声音には、目を背けたくなるほどの悲痛な感情がたっぷりと込められていて。無謀にも彼女へと浅慮も甚だしい発言をぶつけていた者達は、既に黙りこくっていた。皆、彼女に対する言葉を持ち合わせていなかったのだ。
本来なら、一通り言いたいことを言い終えた夜宮が踵を返すだけで、この話は終わるはずだった。だがあいにく、ここには──聖棺が、いるのだ。
「まあまあほおずき、落ち着きなよ」
いつもより随分と空虚に聞こえる、夜宮を嗜める言葉が彼の口から発せられる。影の中から見上げる聖棺の顔は、表面上は穏やかだがそれだけだ。鋼色の瞳は冷たい。視線を向けられる対象になったわけではないというのに、背筋に寒気が走るほどに。
「ゆっきー、ストップ」
流石にこれはいただけない。S1での付き合いからそう察した景山は、影の中からにゅ、と腕だけを伸ばして、聖棺のズボンのすそをちょいちょいと真顔で引き、制止する。
「どうしたの?由ちゃん」
「え、何。由いたの?」
「そりゃいるよ……二人だけだと心配だし。せめてせーくんがいればまだよかったけど、いないしさ~」
どうやら景山がここにいるとは思っていなかったらしい夜宮が、不思議そうに景山の潜む影に視線を向ける。どうにかこのまま、うやむやにしてしまえないだろうかと、心の底から願う。
「心配?私も勇希も何もしてないけど」
「やみやんは正直もういいよ、全部終わった後だし。でもゆっきーはだめだよ」
「は?勇希、何もしてないでしょ」
「しかけたから止めたんだよ。ゆっきー、怒ると大変なことになるじゃん」
「そうかなあ」
当の本人はのほほんと首をひねっている。まったく、少しぐらいは色々と自覚を持ったっていいと思うのだが。なんて、外野を放置して交わされた会話は、当然だがN配属たちの精神を逆なでるものだったらしい。
「異能で潜んで話を聞いていただなんて、卑怯とは思わないの?」
「そんなに異能の強さをひけらかしたいのか?!」
よくもまあ、ここまでされておいて高圧的な態度が取れるものだ、とむしろ逆に感心してしまう。まあ、こんなことを言われようとも景山は影の中から出る気はないのだが。初対面かつこちらへの好感度が最初から低い人間との会話とか、絶対にやりたくないので
「……出ようにも、ねえ。由、今服って着てる?」
「んえ、服?んー着てないけど」
「は?!」
何故か場違いな質問を投げかけられ、正確に答えただけなのに。今日一彼らが驚愕の態度を示しているように見えるのは気のせいだろうか。
「あんたねえ!裸で勇希の影の中に潜んないでくれる?!というか、そもそも裸で外出るのやめなさいよ!」
「えーいいじゃーん。だって影の中にいれば見えないし。後ゆっきーがその程度でなびいたらやみやんとっくの昔にゆっきーとどうにかなってるって何回も言ってるよね?それに、私は今日たまたまゆっきーの影の中にいただけだよ?」
「ガトーショコラ美味しかったよ、ありがとう由ちゃん」
「どういたしまして!」
「~ああ、もう!」
よくわからないが夜宮が頭を抱えている。これは単に生きてる人間にまるで興味がない聖棺が、景山にガトーショコラをリクエストして、景山がそのお礼としてこうして影の中にいる権利を得ただけなのに。今更何を気にしているのだろうか。
「ああもう、面倒くさくなってきたわ。勇希、もう行きましょう」
「?そうだね」
「やみやん、拘束は解いてあげなよ?面倒くさいから」
「ああ、忘れてた」
「に、逃げるつもり?!」
どうやら景山の願いは届いてくれたようだ。そう、ほっと胸をなでおろしたその時。解放された愚か者たちが、ぎゃーぎゃーと喚いた。
そして、どこまで面倒ごとが好きなのか。びし、と指をさし、誰もが口をつぐんでいた事を口に出してしまったのだ。
「そもそも!そこの聖棺とかいうやつは元々N配属でしょ?!なんで私達側につかないんだよ!」
タブーと言わんばかりに、触れられていなかったそれに。




