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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
3 禍福

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繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-11

 榛文掟は、己こそが正義だと信じて疑わない元クラスメイトを、呆れ半分で眺めていた。ぺしり、と羽と化した腕でラウンジの机を叩く。


「随分と、好き勝手暴れてるらしいな?」


 勿論榛文は、同情心とかいうクソったれな感情で席に着いたわけではない。ありとあらゆる駆け引きやらなんやらの末、義務としてこの場にいる。しかし、申し訳程度に黒髪の残った、特徴的な桃色髪の少女こと霧丘香那にはそんなことは伝わっていないらしい。すまし顔で霧丘は口を開いた。


「暴れる?そんなことした覚えは無いんだけど。私はただ本当のことを言っているだけ」

「本当の事、ねえ」


 騒動の主犯は、そんなことを言う。たしかに、霧丘の言い分は真実だ。監獄は控えめに言って非人道的で、嘘のように残酷で、頭のイカれた場所だろう。それに歯向かうことこそが正常だと言いたくなる気持ちも、榛文は否定するつもりはない。そして、再び青空を拝みたいというその気持ちも。


「あなただってそうでしょ」

「それ、俺のこの腕を見ても言える?」


 再び、わざとらしく羽を机に叩きつける。榛文は外に出たところで、腕がこうなってしまった以上もうどうしようもないのだ。たしかに監獄に素直に従う気など毛頭ない。しかし、積極的に反旗を翻す程の意味もない。故にちくちくと嫌味を吐く程度なのだ。


「……外に出られれば、どうとでもなる。監獄をねじ伏せて、異能封じの作り方を吐かせればいいのよ」

「まっ、それもそうだけどな?知ってるだろ霧丘、それは夢物語ってやつだ」

「夢?これはれっきとした現実的な話よ。馬鹿にしないで」


 ふん、とそっぽを向く。始番号になってから、前にもまして強情になっているような気がする。

 榛文と霧丘の関係は、一言で言えば同期のようなものである。同時期に同クラスに配属され、同時期に霧丘はそのまま、榛文は転属という形で始番号(ナンバー)となった。霧丘は積極的にその立場を求めたのに対し、榛文はN34への人身御供のような形だったという違いはあるが。なんにせよ、共通点が積み重なって榛文は今この場にいる。


「私は、外に出たいのよ。というか、こんな場所に閉じ込められて、勝手に人体実験に参加させられて、大人になる前に殺されるこの現状に甘んじてる方がおかしいでしょ」

「ああ、おかしい。けど、出たところで居場所がねえんだ」

「さっきからそればっかり。だから──」


 ものの見事に堂々巡りだ。普段の榛文ならばこの辺りで投げ出すが、今日はこの場に来ることそのものが榛文の目的なのだ、そうする訳にはいかない。


「で、お前はそれで本当に、自分の側に俺を引き込めるとでも思ってんのか?」

「そうだけど」

「は~相変わらず頭固いし馬鹿だな~お前」

「いきなり何?」


 突然ヘラヘラと霧丘を罵倒し始めた己に、怪訝そうな眼差しを向けられる。驚くほどそのままで、いっそ笑えてきたのだ。


「お前さ、その調子でSとか、下手したらIまで行ったんだろ?無理に決まってんだろ。俺知らねえけど、あいつらの一部は俺みたいに外だともうどうしようもないやつらだろ。そんな奴らが外に出て生き地獄を味わうぐらいなら、ここで束の間の平穏を得ながら死ぬ方がマシって思ってても不思議じゃねえ」

「生き地獄?それは監獄にあてられるべき言葉でしょ」

「はっ、幻想抱きすぎだよお前。人間は優しくない。俺らみたいな異物を許容できるほど、聖人君子じゃねえんだよ」


 羽を机に放りだし、笑いを噛み殺して榛文は語る。度々思っていたが、霧丘は随分と幸せに生きてきたらしい。それこそどこかの悪趣味な少女に唆されて、縄に首を通してしまったあの愚か者のように。本当にろくでもない目に遭ってきた者達に比べれば、榛文は随分と平凡だったが。それでも榛文は、己を含めた人間の醜さを知っている。


「あなたの中の聖人君子は、随分とレベルが低いようで」

「むしろお前の中の聖人君子を語って欲しいぐらいだっての。……ああやめてくれ、気を抜いたら笑っちまう」

「さっきから、私を馬鹿にするのはそんなに楽しいのかしら?」


 おお、これはそろそろ喚き始める所だぞと榛文は他人事のように思う。眉間に寄った皺を随分と深くなったものだと苦笑を浮かべつつ、榛文は現実を突きつけた。


「俺はな、霧丘。お前を哀れに思ったわけでも、考えに賛同するためでも、反論するために来たわけでもねえんだよ。ただ、自分のいるクラスの要望に応えて操り人形に徹してるだけなんだよ」

「……」


 努めて淡々と、告げる。反監獄派が自殺屋さんの一件で図らずも一掃されたN34は、穏健派が実権を握ることになったのだ。始番号は基本的に死亡をもって交代とされるが故に、たかが一N配属の嘆願程度ではどうにもならないからと、お飾りは継続となっている。つまりお飾りこと榛文は、穏健派の「反監獄派がうるさいからお前どうにかしてこいよ」という雑な指令に雑に従っているだけなのだ。榛文と霧丘の接点を、知ってか知らずか指示を出したそいつに。


「……難儀よね、あなたも」


 長い沈黙の後に吐き出されたその言葉は、今までの空虚な勢いだけの言葉に比べれば、余程厚みがあった。ため息を一つついて、霧丘は席を立つ。


「もういい。あなたと話し合うのは時間の無駄ってことがよくわかった」

「わかってもらえて何よりだ。浮いた時間でもっと有効な打開策でも練ってろ──あ、ちょっと待て」

「何?」


 霧丘の鋭い瞳が、榛文を射抜く。それでも榛文は、懲りずに不真面目な態度を取り続ける。


「もう一度聞かせてくれ、お前、何でこんなことしてるんだ?」

「決まってるでしょ、外に出るためよ」


 間を置かず答えた霧丘に、彼は口角を吊り上げる。なるほど、自分の推理は間違っていなかったらしい。誰かと競うつもりはないが、正解というものは気分が良い。


「それだけ聞きたかったんだよ」

「意味わかんないんだけど」


 きつい視線と態度のまま、去っていく霧丘を見送る。まあ、ここで榛文が気がついたところで何も変わらないのだ。榛文がやれることはせいぜい、この騒動は近いうちに解決するだろうから心配せずともよい、とクラスメイトに伝えるぐらいだ。

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