繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-9
「配属総代やめたい」
「契約」
毎度お約束のように弱音を吐く彗嵐に、沢谷鏡香は適当に正論をぶつけた。
「ううううううう……癒しが欲しい、雄っぱいに顔埋めたい。瑠衣ちゃんいい雄っぱい紹介してよ」
「そうねえ。たしかに、知り合いに胸筋が豊かな男性はいないことはないけれど」
「本当?!」
「でも……おすすめはしないわよ?わたしはまだ、彗嵐ちゃんの元気な姿を見ていたいから」
「ちょっと待ってどういうこと?!」
「彗嵐を殺そうとすんな」
「あら、人聞きの悪い。わたしは彗嵐ちゃんを助けようとしたじゃない」
「それは助けって言わねえんだよ。つか、なんでてめえここにいるんだよ」
いつだかのように瑠衣の部屋に押し掛けているというわけでもなく、現在地は適当に借りた空き部屋なのだ。当然、瑠衣がいる必要性はない。というかそもそも呼んだ覚えがない。
「鏡香ちゃん、わたしたち友達でしょう?一緒にいるのは普通よ?」
「は?てめえと友達になった覚えは無えが?」
「ぼ、僕は瑠衣ちゃんのこと友達だって思ってるよ?」
「あら、彗嵐ちゃんったら。ふふ、可愛らしいわ」
「ひょえっ」
「てめえ……」
瑠衣が嗜虐的な視線を彗嵐に向け、悲鳴が上がる。全く、どうしてこいつはこうなのだ。ずご、と持ち込んだ金属製のボトルにストローを突き刺し、中身を吸い込みながら睨みを効かせる。
「鏡香ちゃんったら、彗嵐ちゃんを怖がらせたらだめよ?」
「彗嵐はてめえに怖がってんだよいい加減にしろ」
「ちょ、二人ともストップ!流石にこれ以上は収拾がつかなくなる!」
「ちっ」
「彗嵐ちゃんに怒られちゃったら、仕方ないわね」
この面々の中で最も弱いが故に、庇護されるべき対象という強さを持つ彼女に逆らうのは、鏡香も瑠衣も心理的に難しい。故に、仲裁要員として最適ではあるのだが。それはそれとして一度こいつは痛い目を見るべきだと思う。早く誰か出る杭を叩いてくれ。
「ていうか、鏡香ちゃん何飲んでるの?もしかしてまたやばそうなエナドリ?」
「あれはちゃんと安全性を考慮してっからな?やばくねえよ。飲んでも死にはしない。……これはなんつーか、実験の副産物で生まれたジュースだ。薬品を作ろうとしたんだが、調合してるうちに薬効が消えちまってよ。その中でも薬効を犠牲にでもしたのか妙に美味くなったやつを詰めて持ってきたんだよ」
「……ふーん。それ、僕も飲んで大丈夫なやつ?」
「?別にいいぞ、特になんも起きねえ、マジでただのジュースだからな。ええと、予備のストローはねえから……すまねえが、これでいいか?」
スカートの中をがさごそと漁り、空の試験管を取り出す。とぽとぽと試験管にジュースを注いで移し、差し出された彗嵐の手に渡した。そしてその横に、当たり前みたいな顔をしてもうひとつ伸ばされた手を一瞥し。
「てめえにぴったりのもんがあるから、もう少し待ってろ」
「あら?私、何を飲まされちゃうのかしら」
「鏡香ちゃんちょっと何してるの?!」
「自分は当然の事をしようとしているまでだ。研究員が異能薬物でうっかりN配属を殺しちまう、よくある話だろ?」
「ツッコミしにくいブラックジョークやめて!?そんな軽いノリで薬殺事件起こさないでよ!」
常に携帯している毒薬をうっかりを装って試験管に注ごうとしたのだが、彗嵐に止められてしまった。……我ながら良いアイデアだと思ったのだが、仕方ない。この場では彼女が一番である。
「まあ彗嵐にクソ女の汚ぇ死体見せる訳にはいかねえもんな。彗嵐が居ない時にやるか」
「ふふ、楽しみにしているわ」
「瑠衣ちゃんそんなこと楽しみにしちゃいけないし鏡香ちゃんは色々諦めよ?!」
「何を言っているの彗嵐ちゃん、これは鏡香ちゃんなりの愛情表現なのよ。ねえ、鏡香ちゃん」
「キショいこと言ってんじゃねえよてめえ、喉でも焼いて口をきけなくしてやろうか」
「熱烈な照れ隠しね」
相変わらずこの不可解女は己の言動をどう捉えているのだろうか。頭がイカれているのではないか。という気持ちを乗せて睨みつけるが、瑠衣は微笑み返してきた。殺していいか?
「ま、まあ二人とも落ち着こ?それより僕の現状とかさ、議題はあるでしょ?」
「なんかあったか?」
「何も起きていないと思うのだけど」
「いや反監獄の人たちが思いっきり暴れてるじゃん?!」
そういえば、そんなこともあったかもしれない。とエキサイトする彗嵐とは対照的に鏡香は冷静に考える。おそらくそれは瑠衣も同じであろう。
「別にどうでもよくねーか?馬鹿が吠えてるだけだろ」
「そうねえ、あれぐらいじゃあ毒にも薬にもならないでしょうし」
「み、みんな同じこと言うね?!莉亜禰さんにもそう言われたよ!?」
「Sの配属総代も同意見ってことはそういうことだ、ほっとけ」
「そうは言うけど、でもさ、なんで今なんだろうなって」
「ああ、それはそうだな?……ふむ。記憶に留めておこう」
そこまで重大な案件とは思えないが、彗嵐の言うこと自体は一理ある。後で近況報告程度に静にでも流しておこう。
「……ね、ねえさあもしかしてみんなあれ見て胃とか痛くならないの?!悪化したらどうしようって。鏡香ちゃんの対応もなんかそんな深刻じゃなさそうだし!」
相変わらず彗嵐は妙なところで小心者というか、精神面が弱い。もっと恐れるべきことがあるだろうに、と鏡香は思うが口には出さない。
「そんなことでいちいち病んでたら、堂々と上峰分家の名札を引っ提げてモルモット共の群れに突撃できねーよ」
「流石鏡香ちゃんね」
「てめえは何故そういちいち含みを入れなきゃ発言できねえんだ」
「鏡香ちゃんのそのメンタルの強さ、ちょっとでもいいから僕に分けてほしいぐらいだよ」
「彗嵐はそのままが一番いいんだ、気にすんな」
「鏡香ちゃん……!」
感極まったらしい彗嵐が、鏡香の手を握りぶんぶんと上下に振り回す。それほどだろうか。
「二人ともとっても仲良しねえ、妬いちゃうわぁ。……でもわたし、ちょっと不思議なのよねえ。彗嵐ちゃんが何でこっち側にいるのか」
なんて、感動シーンを一切空気を読まずにぶち壊してきた女を睨みつける。空気を読み切った上で、何故そう空気の読めない言動を意図的に行うのか。地雷原で踊る悪趣味なぞ、鏡香にはまるで理解できない。あくまで本当に疑問に思っている、素朴な疑問であるという体を崩すまいと薄っぺらい笑顔を浮かべる瑠衣に。なんてことの無いように、彗嵐が口を開いた。
「友達と一緒にいるだけだよ?瑠衣ちゃん、急にそんなこと聞いてどうしたの?」
きょとん、と。まるで質問の意図がわからないと目をぱちくりとさせ、彗嵐は言った。拍子抜けするほど、ありきたりな回答を。
「だって、不思議じゃない?彗嵐ちゃんは基本的に良い子だもの。わざわざわかりやすく悪い子な鏡香ちゃんなんかと仲良くする意味はないじゃない?」
瑠衣の発言は、憎たらしい程に正論だ。故に、鏡香は黙っている。なにせ鏡香だって一度は問いかけた疑問なのだ。その時は、状況が状況であったが故の回答だったが。さて、鏡香にすら底が読めない彼女は、一体何と答えるのだろうか?
「鏡香ちゃんは悪い子じゃないよ?いやまあ、人体実験とかやっちゃうって意味ではアレだけど」
「おい」
「それは事実じゃん……。でも、この状況そのものの原因ってわけでもない。というか、申し訳ないけどたかが鏡香ちゃんを攻撃した程度じゃ、どうにもならないでしょ」
それは、理性的と言って流すにはいささか合理に寄り過ぎた思想ではあった。人間が思考する際にどうしても絡んでしまう、私情というものを排斥したかのような。
「もし本当に監獄から解放されたいのなら、戦うべき相手はもっと上だよ。それに敵うかどうかは置いておいて、戦う相手を完全に間違えてる時点で、僕は反監獄派の言う悪を信用できないや」
「……彗嵐ちゃんは、戦いたいと思わないの?」
「無理無理無理!僕にそんなことできるわけないでしょ?!配属総代ですら手一杯なんだよ?!」
そう、全力で否定する彗嵐はいつも通りの、少し頼りない年相応の少女だった。先程までの至って平静な様子で、上峰の上層部を叩けば良いと言っていた人物とは思えない。
「なるほどな。流石だ、彗嵐」
「えっなんかめっちゃ僕褒められてる?なんで?」
「……さあ、なんでかしらね」
鏡香が純粋な称賛をしている横で、どこか遠い目をしながら瑠衣が生返事をする。態度の意味はさっぱりわからない。ほぼ確実に、彼女の立ち位置に関わっている話なので是非とも尋問したいが、彗嵐がいる為流石にそれは行えない。
「てめえ、調子悪いのか?そうだこの鏡香ちゃん印の」
「わたし薬物耐性は大したことないのよ、やめてちょうだいな」
「薬物耐性は、ねえ。んなこと知らねえよ実験台になれ」
「彗嵐ちゃんの手前、つつしもうとしていたのは誰かしら?」
「これぐらいはお遊びの範疇だろ」
なんて、小競り合い程度にやりあってている中。鏡香と瑠衣、二人の意識が及ばない程小さく、何気なく呟かれた言葉は発した一人以外認識することは無かった。
「多分上峰も被害者なんだから、争うだけ無駄なのに」
二人が聞いていたら、間違いなく問い詰められたであろう発言は。




