繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-8
「──申し訳ございませんが、この通り、俺はか弱いN配属ですので。貴方方の期待には沿えないかと」
滅多に訪れない第一食堂で氷下いばらが聞いたその言葉は、いつになく投げやりなものに聞こえた。
「か弱い?御冗談はよしてくださいな。その歳でN6の始番号にたどり着いたお方が、そんなことあるはずがないじゃないですか」
「たしかに俺はN6の始番号ですけどね、そもそもN配属の異能者ですよ?大した力はありません」
よく回る口で自分の望む言葉を引き出そうとしているらしい少女はともかく、あくまで丁寧な言葉で返答をし続ける少年の方は知っている。なにせ、己の所属するクラスの始番号なもので。
しかし、ここは助けに入るべきなのだろうか?N6という場所では、彼は絶対的な支配者である。氷下たちが彼を貶す側に回ることはあれど、彼を擁護する側に回ることは無いのだから。いまいち身の振り方がわからない。
なんて、ことを考えているうちに不意に神構と目が合う。その瞬間に口実を練り上げたらしい彼は、軽やかに口を開いた。
「ああ、すみません。どうやらうちの者が俺に用事があるようでして。俺もこの通り尽力しているのですが、至らぬ点もございますから」
「しかし……」
「貴方だって不本意でしょう?単なる世間話で俺を引き留め、暴れるN6配属者を止められず、甚大な被害を生じさせてしまった、なんて汚名を被るのは」
「……そう、ね」
「物わかりの良い方のようで助かりました。それでは」
強引に話を切りあげた神構が、氷下に近づいてくる。強引に巻き込まれてしまった以上、氷下には拒否権は無いようだった。
「行きますよ、氷下」
「あ、ああ」
嘘を真実に変えるために、神構がそれが当然かのように氷下に声をかける。どうやら、少女の視線から逃れるまでは共に行動するつもりらしい。無論しがないN6所属者に過ぎない氷下が逆らえるはずもなく、逆らう手間を考えれば、従う方が楽でもあり。素直に自分より遥かに小柄で遥かに恐ろしい少年に歩調を合わせた。
「巻き込んでしまい申し訳ございません、氷下」
「わ、我は甘美なる休暇を満喫していたところだからな、気分が良い。そなたのような偉大なる矮小な存在の伴をしてやっても良いぞ」
あっさりと発された謝罪に、表面上のものとはわかってはいるものの氷下はびくりと肩を跳ねさせた。それを誤魔化すように、口を回す。
「讃える気があるなら矮小な、なんて言う必要あります?」
「ふふん、そちらの方が格好良いだろう?」
「貴方の感性は相変わらず理解に苦しみますね」
監獄に収容された異能者たちや研究員たる大人たちは、今隣にいる神構のように、氷下が信奉する美学を基本的に解さない。まあ、いつものことなので氷下は気にしていないのだが。氷下はあくまで自分の思う「格好良さ」を追求しているだけであり、他者の理解は必要としていない。
「にしても、あのような空論で踊る者が実在していたとは。風妖精達の囁きを聞いてはいたが、我がレッドアイズで見るまで真実とは思えなかったぞ」
「なんて?……ああ、噂程度には聞いていたってことですか?N6は会話が成り立たないと避けられているようですからね、目にすることはあまり無いでしょう」
「なるほど、道理で。我が愚弟からは聞き及んでいたばかりに、気になっていたのだ」
「そういえば、弟さんがいらっしゃるんでしたっけ」
「血を共にした同胞では無いがな。それでも寵愛を存分に注いでいる」
血が繋がっていなくとも、弟が弟であることに変わりは無い。むしろ変に血縁関係があった方が、監獄側の対応がありとあらゆる意味で面倒なことになる為、ある意味これで良かったのかもしれないが。現に噂程度に聞いたことがある兄妹で異能者であるという者たちは、中々厄介なことになっているようだし。
「寵愛って……意味がバレたら、怒られてしまいますよ?」
「?我は夜武よりも永く世を生きている、そちらの方が優位であるのはこの世の絶対原則の一つだろう」
「おや、貴方でもそのような考え方とは」
「優位な点が多いということは、我らの闘争においては重要なのだ」
なにせこちらは体格で既に負けているのだ、生きている年数の差から来る知恵ぐらいは勝っていないと、本格的に喧嘩に勝てなくなってしまう。兄弟喧嘩で兄が勝てないのは、結構致命的である。
「しかし、汝があの誘いを断るとは、意外だな?」
「そうですか?誰だって進んで泥船には乗りたくないでしょう」
「汝であれば、反監獄派と監獄と、双つの顔を使い分けることは、赤子の手をひねるよりも容易いだろう?」
氷下の中の神構は、涼しい顔でそれぐらいやってのけるイメージなのだが。そうでなければ、N6の始番号なんて務まらないだろう。そう問いかけると、少しだけ声のトーンを落として、神構は口を開いた。
「リスクに見合うメリットがありません。特に、この状況では」
「ほう?」
「この状況には十中八九、秋ヶ瀬さんが絡んでいません。その時点で反監獄派は、ただ数が多いだけの有象無象ですよ。烏合の衆に手を貸したら、どのような目に合わされるか」
「あの女がこの件に絡んでいない根拠は?」
「秋ヶ瀬さんが絡んでいるなら、こんなに杜撰で、突発的ではありませんよ」
たしかに、それは一理あるだろう。むしろ逆に、そのせいでそもそもの発起人が読めなくなっている、まであるかもしれない。まあ、首謀者なんて別に氷下には関係はないのだが。
「しかし約定の女は何をしているのだ?」
「さあ?本格的にマズくなったら止めよう、ぐらいだと思いますよ。彼女だって不用意な争いごとに巻き込まれたくはないでしょうしね。俺だって、雲行きが怪しくなった時点で止める側に回るつもりですから。それに、その時は秋ヶ瀬さん側から俺に連絡が来るでしょうし」
「随分と、信用されているようだな」
「ええ。だって俺はN配属ですよ?N配属は、監獄を恨むものと相場が決まっています」
白々しい。N配属が一枚岩でないことなど、始番号である彼が知らない筈がないというのに。
「その言い方では、汝はそれに当てはまらないのだと捉えられてもおかしくはないぞ?」
「改善点として覚えておきましょう。ですが、そんな捉え方をする人間はこの場ではごく少数でしょう。それこそ、監獄へ歯向かおうと思っていない人間とか」
彼が、笑う。その目すらも、愉悦に歪ませて。まあそんな反応をされても、氷下に特別隠す気は最初からないのだが。どうせ気が触れたN6の戯言だ、と流されるのだから。
「我は智慧者だ、故に理解るのだ。勇者の存在しない童話が、幸福な結末に至れるわけがないだろう」
監獄、なんて揶揄されるような場所に集められた少し不思議な力を持っているだけの子供ごときが、あの上峰に太刀打ちできるわけがないのだから。それができるのなら……できたのなら、氷下と夜武は今日も外で笑っていられただろう。
「おや?俺の異能は貴方のそれを嘘だと断じているようですが?」
「我の口調に反応しているだけだろう」
わざとらしく嫌味な桃色に染まった瞳を見せつける神構に、氷下は淡々と正論を返した。
本編に入りきらなかった補足
食堂の主な利用者
第零食堂:I配属 第一食堂:S配属+N1~N7 第二食堂:N8~N17
第三食堂:N18~N27 第四食堂:N28~N37
神構はいばらの言っていることはあんまり理解していない為、前後の文脈から適当に話を合わせている




