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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
3 禍福

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繋囚よ、青い鳥の定義を謳え-7

 ねえ阿ヶ野、何で俺にもたれかかってそのまま端末見てるの?そんな一言が言えればどれ程良かったことか。


 綺槍糸の外見が、客観的に見て初対面の相手には怯えられるものである自覚はある。異能薬物のせいでショッキングピンクとかいうイカれた色に染まってしまった己の髪を馴染ませ、生来の陰気な気質を隠す為に割と振り切ったファッションをしているのだから。だが、外見をどれだけいかついものにしたところで、残念ながら生来のチキンやらヘタレやらは治らないのである。


「ねえ、糸。なんか今、色々大変みたいよ?」


 ところで現在地はラウンジであり、それなりに人がいたりするのだが。恋愛は見る専門と宣言しておいて、この体勢は色々とどうなのだろうか?どうぞ噂話をしてくださいと言わんばかりのものだと思うのだが。


「他クラスのお友達から聞いたのだけど、反監獄?の人たちが騒いでるんだって」

「ああ……そうらしいね」


 正直そんなものどうでもいいので、早くこの状況から解放してほしい。周囲の視線が痛い。


「大変そうよね。そんなことして、疲れないのかしら」

「労力とか関係なく、やりたいんでしょ。理解しがたいけどさ」


 とりあえず適当な返事をしておく。多分、反監獄派がS・I配属に過激な勧誘を行っている一件だろう。たしかN配属もそれなりに巻き込まれてはいたはずだ。まあ、あの手のもので狙われるのは、N配属の中でもそこそこ立場と権力がある始番号(ナンバー)なので、単なるN配属でしかない綺槍と阿ヶ野には縁のない話である。


「そうよね、理解できないわ。そんなことより、少しでも延命を図る方がずっと大事だもの」


 そんなこと、で当事者たちは片付けられたくは無いだろうが。一般的な異能者より人間乖離が重いらしい阿ヶ野からすれば、そう見えてしまうのも無理も無いだろう。なにせ、彼女にはきっと外に出たい理由が何ひとつ存在しない。外で長い生き地獄を味わうぐらいならば、短くても人並みの幸福を得たいと思ってしまったのだろう。


「でも、これがNの総意みたいに語られてるらしいの。ちょっと癪に障るわね」

「うーんでも、実質総意じゃね?長生きすることを幸せって認識してるんだろ」

「そう思えるなんて、素直に羨ましいわ」


 テーブルに置いておいたペットボトルを手に取って、こくりと口に含み。彼女は、屈折し過ぎて本音とも嫌味とも取れない言葉を吐いた。

 ちなみにこのやりとりをしている間も、阿ヶ野は綺槍にべったりとくっついたままである。何故?


「ねえこれ、びっくりするほどマズいんだけど」

「だから言ったじゃん、なんかやばそうな予感するから買うのやめろって」

「気になるものは気になるじゃない?糸もどうせなら飲んでみなさいよ」

「それただの残飯処理じゃねえかなあ。言っとくけど俺、一口しか飲まないから」

「えー」


 押し付けられたペットボトルを、しょうがなしに口をつける。そもそも名前からして「ウルトラスーパーハイパーサイダー」となんとも頭の悪そうなものな時点で地雷臭しかしない。


「……っ、まっず!」

「でしょう?」

「これ炭酸で全てを誤魔化そうとした結果だろ。何も誤魔化せてないけど」


 思わず咽せそうになる衝動を堪えて叫ぶ。どうして商品として販売されているのかまるで理解できないレベルの味だった。一体こんなもの、誰が好むのだろう。


「もう諦めて捨てれば?俺もやだよ」

「でも、勿体ないじゃない?」

「じゃあ誰に飲ませるんだよ」

「それもそうね」


 どうやら阿ヶ野は諦めてくれたらしい。 まだそれなりに液体が残っているペットボトルをことりと机の上に置いた。申し訳ないが、これはちょっと厳しい。


「ねえ、糸。どんな人達が監獄から出ることを望んでいるのかしら?」

「聞く相手間違えてるよ、それ」


 先程話していた真面目な話題を、阿ヶ野が掘り返す。しかしこの話題については、阿ヶ野ほどとは言わないが、綺槍も綺槍で大概なのだ。外にはつい順応することができなかった綺槍が、ある程度は順応出来ていた側の考えなど、正しく理解することは出来ないだろう。


「じゃあ誰に聞けばいいの?アリスちゃんとか?」

「有栖は無理じゃね? あいつの事情とか俺全然詳しくねえけど、少なくとも今聞いたら怨嗟しか出てこないってことはわかる」

「そうね。そうなると……豊川とか?」

「あいつも今は有栖側じゃね? 貴重な助っ人として招集されてるだろ」


 ……ところで今更ながらに気がついてしまったのだが、 さっきの行動、世間一般的に間接キスって呼ばれるものではなかったか?努めて表面上は平静を装いながら、綺槍は思う。

 なんで平然としてるんだ? 気がついていないのか?いや経験則から判断すればわかってしまう、正解は両方だ。何せ今回が初めてでは無いのだから。


「どうしたの?糸」

「....い、いやその。 さ、さっきの」

「さっき? 何かあったかしら」


 今に始まったことではないが、普段の恋バナセンサーはどこに置いてきたんだ、と叫びたくなるほどの鈍さである。客観的に見て今の自分が不審人物同然の酷い慌て様をしていることを自覚しながらも、綺槍は言葉を紡ぐ。


「か、かかかかんせ、 つき」

「……ああ、そういえばそうね」


 言えてなかった気がするが、言えていたことにする。 伝わればそれで良いのだ。 まあ伝えたかった相手は、綺槍とは異なり完全に平常心を保っているのだが。


「別にいいじゃない、だって糸相手だもの。他の人相手なら全力で言い訳をするけれど」


 阿ヶ野は笑う。この言葉と、状況だけならば口説かれていると捉えられてもおかしくは無いが。そんな生ぬるいものではないことを綺槍は身をもって知っている。すなわちそこに込められた、感情の重さと、どうしようもなさを。


「糸は、私のことを好きにならないでしょう?私と、友達でいてくれるでしょ?」


 無条件の信頼、なんて美しい言葉に置き換えてしまえば本質が見えなくなってしまうような。あまりにも必死で、追い詰められた、諦観と恐怖を多分に含んだ言葉を。阿ヶ野は日常的に口にする。


 実の所阿ヶ野が、どうしてこうなったのか綺槍はまるで知らないが。少なくとも綺槍の知ってる昔の阿ヶ野は、今みたいに極端な恋バナ愛好家では無く、ただのどこにでもいるようでいない、周囲に馴染めているようで浮いていた少女だ。


「そう、だね」


 そんな少女の信頼に、答えずにいられる男がいるならば教えて欲しい。それに、その対象に綺槍が選ばれた理由はとても簡単なことなのだから。


 ──目を伏せて、異能を使う。恋に恋をしているような、毒々しいピンク色に染まった瞳の視界には、赤い糸が綺槍と阿ヶ野の小指に結ばれている。綺槍が生まれた時から視界に映っていた、浪漫の欠けらも無い現実的なそれは。綺槍に諦念をもたらすには十分なものであったのだから。


「てか、阿ヶ野の言ってた他クラスの友達って子に話を聞いてみればいいんじゃないの?」


 重苦しい空気を消すために、わざとらしく話題の転換を図る。しかし、それは思わぬ方向へと転がることとなった。


「それこそ意味が無いわ」

「ああ、俺らみたいな感じの子なの?」

「いえ、彼女は監獄側の人間だから」

「……は?!」


 想像の遥か上を行く交友関係に、綺槍は空いた口が塞がらなくなった。

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