8 イクス視点
確か……俺はリディア様に恋人のフリの提案を拒否されたのだと、落ち込んでいたはずだよな?
毎日毎日リディア様が他の男から口説かれている様子を見せられて、疲れきっていたはずだよな?
今日はもう予定がないからと訓練場にいたら、害虫男……サイロン様がまたやって来たとメイに呼ばれて、やっと裏庭で2人を見つけたところだったんだよな?
何故、今俺はリディア様に腕を掴まれているんだ?
掴まれているというよりも、腕を抱きしめられているような……。
リディア様の身体に密着していて、色々な感触が伝わってきて、頭が回らなくなっている。
えーーーーと、これは夢ではないんだよな?
リディア様が一生懸命害虫男に何かを説明している。
今、「私はイクスの事が好きだから」という言葉が聞こえた気がするが、空耳か?
突然グイッと腕を引っ張られ、リディア様が顔を近づけてきた。
「そうよね? ねっ? イクス」
申し訳ないが、何を聞かれているのかわからない。
リディア様が少し困ったように再度聞いてくる。
「イクス、私達は愛し合ってるのよね?」
愛? 愛し合ってる?
言っている意味がよく理解できていないのに、上目遣いに見つめてくるリディア様のことは無意識に可愛いと思っている自分がいた。
「……ハイ。愛シアッテイマス」
とりあえず同じ言葉を繰り返してみる。
その言葉を聞いた害虫男が、プルプル震えながらこちらを見据えていた。
…………あ。このアホ面を見ていたらだんだん冷静になってきたぞ。
そうか。これは俺の提案した『恋人のフリ』をしているのか。
夢でも嘘でもなく、ただこの男を追い返すためのリディア様の作戦だ。
ガッカリしたような、拒否されていたのではないとわかって安心したような、複雑な気持ちだ。
とりあえず一瞬でも勘違いをしてしまったのが恥ずかしくて、リディア様から顔をそらした。
その2日後、俺はその時と同じ場所でリディア様から怒られていた。
いつものように庭にシートを広げ、そこに2人並んで座っている。
リディア様は顔だけでなく身体ごとこちらに向けて、可愛い声でキャンキャン言っている。
「イクス! ちゃんと恋人のフリができないと、サイロン様は諦めてくれないわ!
恥ずかしくても恋人っぽいことを言ってくれないと!」
怒られている理由は、先程害虫男に向かって「俺の方がリディア様を愛している」と言い返せなかった事だ。
リディア様と2人きりであれば少しくらい積極的なことも言えたりするんだが、他にも誰かいるとなったら無理だ。
冷静にそんなこと言えるわけない。
これが完全にウソなのであれば、演技として言えたのかもしれないが……。
「次はちゃんと言える? きっとまた来ると思うわ。
大丈夫よ。ちゃんと演技だってわかってるから」
金色の髪が日に当たってキラキラ輝いている。薄いブルーの大きな瞳も同じくらいキラキラしていて、そのあまりにも美しい姿から目をそらせない。
そんなあなたに向かって愛を囁くのが、俺にとってどれだけ大変か全くわかっていない。
「……愛してるなんて言葉、簡単に言えるのはサイロン様くらいですよ」
「あら。そうかしら? まぁ確かにまだ若いイクスには厳しいかもしれないけど、演技だと割り切れば大丈夫じゃない?
きっとルイード様なら言ってくださると思うわ!」
リディア様からルイード皇子の名前が出て、カチンときてしまった。
しかも悔しいことに、ルイード皇子がリディア様に愛を囁く姿も簡単に想像できてしまう。
「リディア、俺が愛しているのは君だけだ」
あの爽やかな笑顔でそう言って、皇子はリディア様の頬に手を伸ばすのだろう。
自分の勝手な妄想だというのに、イライラしてしまう。
「……わかりました。次はがんばります」
「ありがとう。そうしてくれると助かるわ。じゃあ練習してみましょうか!」
「…………はい?」
「練習よ練習! しておけば、本番も言いやすいでしょ?」
「……いえ。練習しなくて大丈夫です」
「さっき大丈夫じゃなかった人が何言ってんのよ! ほら早く!」
リディア様はこちらを向いてちょこんと座り、俺からの言葉を待っている。
……なんだこれ。新たな拷問か?
本人が待っているところに愛の言葉を囁くとか、ただの拷問じゃねーか。
「ほら! 『リディアのことは俺の方がもっと愛している』と言うのよ。
恋人っぽくするために、サイロン様の前ではリディアって呼び捨てでもいいわ!」
……難易度上がってんじゃねーか。
ケロッと言ってくれてますけどね、そんなの簡単に言えたら今ここで怒られてないんですよ。
頼む。それをわかってくれ。
「………………」
「イクス! がんばって!」
頭を抱え込んでうつむいた俺を、リディア様が応援している。
なんだこの状況……誰か助けてくれ。
その時、頭の中にまたルイード皇子が現れた。
そんなことも言えないのか? という勝ち誇った顔をされて、俺の中のなにかがキレた。
顔を上げると、俺の様子を見ようと顔を近づけていたリディア様と至近距離で目が合う。
リディア様は少し頬を赤くして身体を後ろに引こうとしたので、その腕を優しくつかんで離れないようにした。
「……えっ」
小さくつぶやかれた戸惑いの声が可愛い。
赤くなった頬が可愛い。
片手で簡単に折れてしまいそうな華奢な腕が可愛い。
上目遣いでそっと見つめてくる瞳が可愛い。
リディア様を纏っているこの暖かなオーラも、キラキラと眩しいオーラも全てが可愛い。
「……こんなにリディア様のことが好きなのは、きっと俺だけでしょうね」
「……っ!! ……それ、セリフが違うわ」
リディア様の顔がさらに赤くなった。
ダメだ。可愛い。
「そうでしょうね。これ、演技じゃないですから」
「え?」
「本気で言ってるってことです」
ジッと見つめると、リディア様はポカーーンとした顔で俺を見つめ返してきた。
全く理解できてないって顔だ。
「本気? 何が? 演技じゃないって……何が?」
きっと今リディア様の頭の中はパニックになっているのだろう。
相手が困惑していると、不思議とこっちは冷静でいられるものなんだな。
さっきまでは俺の方が慌てていたのに、今は形勢逆転だ。
ここまで言ったなら、いい加減俺の気持ちに気づいてもらおう。
何故かずっと勘違いされていたみたいだからな。
リディア様の頬に手を伸ばすが、思いとどまり耳の横あたりの髪を撫でた。
そのままサラサラな彼女の髪を手に持ち、その髪にキスをする。
リディア様の身体が硬直したのがわかった。
両手を胸の前で握り締めながら、俺を真っ直ぐに見つめている。
「リディア様のことが好きです」
俺の言葉を聞いて、リディア様の視線が俺から離れた。
パッと下を向いて、手で口を隠している。その手が微かに震えている。
「…………うそ……」
「ウソじゃないです」
「……なんで……」
「好きじゃないなら、恋人のフリをしましょうなんて提案してませんよ」
「……え。その時から……?」
「……好きになった時期のこと言ってます? ずっとですよ。
ずっと前からリディア様のことが好きです」
もう一度伝えると、リディア様の白い顔が真っ赤になった。
「ははっ。顔、赤いですよ」
「……からかってる?」
「まさか。可愛いです」
「…………っ!!」
何かの限界がきたのか、リディア様はバッと立ち上がり「部屋に戻るわ!」と言って走って行ってしまった。
その姿すら可愛くて笑ってしまう俺は、本当におかしいのかもしれない。
リディア様がいなくなった後、俺はその場でゴロンと仰向けに倒れた。
心は解放感でスッキリしている。
「はーーーー……。とうとう言っちゃったな……」
リディア様がどんな返事をするかはわからないが、今は考えないことにした。




