7 恋人のフリ
「……イクス?」
「……はい」
「何でそっち向いてるの?」
「……なんでもないです」
少し時間をかけて、やっとイクスがこちらを向いてくれた。
何故か少し困ったような、呆れたような顔をしている。
顔に「まったく……」と書いてあるような感じだ。
「イクスが来てくれて助かったわ。ありがとう!
メイが呼びに行ってくれたの? よくこの場所だってわかったわね」
「……リディア様が部屋から逃げる時はここに来るんじゃないかと思って」
おお! さすが私の護衛騎士様だわ!
私の事をよくわかってくれてる!
イクスはこちらを向いてくれはしたが、まだ目を合わせてはくれない。
めずらしくずっとソワソワしているようだ。
視線を合わせないまま、イクスが聞いてきた。
「さっきの……もしかして、前に言った恋人のフリ……ですか?」
「ああ! そうなの! あんなに効果的なものなのね!
サイロン様ってば全然話が通じないから困ってたのよ。
こんなに効果あるなら、最初からイクスが恋人だと言っておけば良かったわ」
「そうですか……」
私は機転の効いた行動をとれた! と喜んでいるのに、イクスは微妙そうな態度だ。
目も合わせてくれないし、喜んでくれているようにも見えないし……どちらかと言うと、困惑しているように見える。
イクスの提案のおかげでサイロンを追い返すことに成功したのに、嬉しくないのかな?
「そういえば、イクスってば本当に演技が苦手なのね!
あんなに驚いた顔していたら、ウソだってバレちゃうわよ。
もっとちゃんと合わせてくれなきゃ!」
「……こっちにだって心の準備というものが必要なんですよ」
イクスが少し恨めしそうな目で見てきた。
事前の打ち合わせもなく勝手に行動したのが不満なのだろうか?
「それは悪かったわ。
だってあの場で突然閃いたんだもの」
「…………はぁぁぁぁ」
イクスが大きなため息をつく。
ため息というよりは、まるで深呼吸して心を落ち着かせているかのような感じだ。
息を整えたイクスは、困惑していた顔からいつものクールな顔に戻っていた。
うまく切り替えができたらしい。
「……では、部屋に戻りますか?」
「そうね」
そう言うと、イクスはスッと自然に私と手をつないできた。
!?
え!? なななんで!?
「イクス!? 何で手を……」
「お静かに。あっちの木の陰から、害……サイロン様が見ています」
「え!?」
なんですって!?
そろーー……と言われた方向を見てみると、たしかに少し離れた場所にサイロンがいるのが見えた。
本人は隠れているつもりなのかもしれないが、ほぼ顔が全部出た状態でこちらを凝視している。
こっっわ!!! まだいたの!?
もうそのまま帰ったのだと思ってたわ!
「え!? 私達の会話、聞こえていたかしら!?」
「この距離であれば声は聞こえないでしょう」
「そっか……良かった」
「サイロン様の前では恋人のフリでいくんですよね?
なので、このまま手をつないで行きましょう」
「わ、わかったわ」
イクスと手をつないだまま、サイロンには気づいていないフリをして歩き出す。
先程は私が勝手にイクスの腕にくっついているだけなので平気だったが、手をつなぐというのは感覚が全然違う。
手のひらから伝わってくるイクスの温かさが、どんどん私の鼓動を早くしていく。
なんなのこれ。手をつないでいるだけなのに、すっごく恥ずかしいわ。
しかも、つなぎ方がまたアレなのよ!
指と指を絡める恋人つなぎってヤツなのよ!!
イクスってば前にクローゼットの中でもこのつなぎ方をしてきたわよね!?
このつなぎ方が自然にできるってすごくない!?
恋人つなぎのスペシャリストかよ!!
クールそうに見えて、実は慣れた遊び人なの!?
緊張してきて、頭の中はプチパニック状態だ。
正直サイロンの事を考えている余裕はない。
でもサイロンには私達が本物の恋人同士だと伝わったのではないだろうか。
恥ずかしいが、きっと私の顔は真っ赤になっているだろうから……。
屋敷に近づき、後ろをキョロキョロと確認したイクスがパッと手を離した。
「もうサイロン様は見えないので大丈夫そうですね」
「そ、そう……。まだ帰っていなかったとは驚いたわ」
「あの様子ではまた来る可能性が高いですね」
サイロンのしつこさを考えると、イクスの予想は高確率で当たると思った。
今日はショックを受けてすぐに引き下がっていたが、イクスが相手となるとまた噛みついてくる恐れは大いにある。
……本当にめんどくさい男ね。
そして、私とイクスの予想は的中し、その2日後にサイロンがまた屋敷にやって来た。
ちょうど窓の外を見ていたイクスがそれに気づき、心底嫌そうな声を出した。
「……リディア様。サイロン様がいらっしゃったみたいですよ」
「えっ!!」
メイと一緒に私も窓の外を覗いてみると、サイロンが大きな花束を持って馬車から降りてくるのが見えた。
あの花束はきっと私へと用意した物だろう。
真っ赤や濃い紫に彩られた派手な花束に、サイロンの趣味の悪さが窺える。
私の事を天使とか小鳥ちゃんとか呼んでおいて、あんな濃くて派手な花束を用意するなんて……。
私の事を考えて選んだのではなく、自分の好みで選んだわね。
今日はイクスがいてくれてるし、いざとなれば『恋人のフリ』という秘密兵器があるからか心に余裕を持った状態でサイロンを迎えられるわ。
イクスとメイと一緒に玄関ホールに出て行くと、私を見たサイロンが顔を輝かせて近づいて来た。
「おお。俺の女神、リディア様よ。
あなたを一目見ただけで、疲れきった心も全てが浄化されていく。
勝手にあなたの元へ近づこうと動くこの足を許してはくれないだ……」
「サイロン様。本日はどのようなご用事でしょうか?」
いつもダラダラと続くサイロンの挨拶を笑顔で遮り、一定の距離を空けて彼の前に立った。
途中で話を遮られた事など気にする素振りもなく、サイロンはシルバーの瞳を輝かせたまま片膝をつき、私に花束を差し出してくる。
「美しいリディア様。
ぜひ私と結婚してくれませんか」
ネイビーブルーのホストみたいな前髪をサラッと流し、一点の曇りもない瞳でサイロンが言った。
………………は?
え? 今なんて言ったの? 結婚?
あれ? 私、この前イクスと恋人同士なのだとサイロンに伝えたのよね?
そのイクスの前で、何故プロポーズをされているのかしら?
「サ、サイロン様……?
あの……私、この前言いましたよね?
私はイクスと恋人同士なのだと」
「ええ。聞きましたとも。
でも、冷静になってよく考えてみたのです。
こんな男よりも、俺の方が絶対にリディア様を幸せにできると!
目を覚ましてくださいリディア様!」
はぁぁ!?
「よく見てください! 身長だって俺の方が高いし、家柄だって俺の方が良いです!
それに、顔だって俺の方が何倍も格好いいでしょう!?」
サイロンの顔は真剣そのもので、全て本気で言っているのが伝わってくる。
……サイロンって実は目が見えていないのかしら?
顔の勝負でイクスよりも何倍も格好いいですって?
それを本気で言っているのなら、まずは私の所に来る前に眼科に行った方がいいと思う。
必死なサイロンからのアプローチは止まらない。
「あなたへの気持ちだって、俺の方が上です!
世界で1番あなたを愛しているのは俺でしょう」
よく言うわ!!!
サラの事もあっさり忘れたくせに!!
その時、ずっと黙ったまま後ろにいたイクスが前に出て来た。
その顔は冷ややかにサイロンを睨んでいて、ゾッとするようなオーラを醸し出している。
「その言葉には反論させていただきますよ、サイロン様」
「なんだと!?」
おお!? もしかして、『恋人のフリ』発動するのね!
でもイクスの棒読みセリフで大丈夫かしら!?
「リディア様の事を1番愛し……愛……あい……」
がんばれイクス!!!
そこは、「俺の方が愛してる」と言うべきとこだけど……イクスには厳しすぎるかな!? でもがんばれ!!
リディアの恋人の仮面を被るのよ!!
「あ……愛……」
「なんだ!? 何ブツブツ言ってるんだ!?」
「あい…………っ! とにかく!!
リディア様は今は俺の恋人ですから!
勝手にプロポーズされるのは困ります!」
ああっ! 諦めたわ!!
やっぱりイクスにはこのセリフはまだ無理だったみたいね……。
口論している2人を見て、次はスマートに言えるように練習させなくては……と考えていた。




