4 イクス視点
…………あ……あぶなかった!!!
俺はリディア様の部屋を出たあと、自分の部屋へと急いでいた。
今の俺の顔は誰にも見られたくない。
鏡は見ていないが、自分が今どんな顔をしているのかはなんとなくわかる。
すれ違うメイドや使用人達にうまく顔を隠しながら、早歩きで自室へと向かった。
バタン!
部屋に入り少し乱暴に扉を閉めると、俺はそのままベッドに座りこんだ。
「はあああーーーー…………」
大きくて深いため息が出た。
先程のリディア様とのやり取りを思い出すと、恥ずかしくて死にたくなる。
なにやってんだ俺は!!!
あんな事言われたからって1人で舞い上がって……!
危うくリディア様の手にキスをしてしまうところだった!!!
いくら触られるのが嫌じゃないって言われたからって、それはまた別の話だろ!
それに、嫌じゃないっていうのもあのサイロンとかいう害虫男と比べれば……ってだけだ。
特別な何かを期待できるようなことじゃない。
「はあ……」
右手にはまだリディア様の小さい手の感触が残ってる。
見上げた時に見たリディア様の赤くなった顔も、頭から離れてくれない。
ダメだ……。落ち着け。
この後またリディア様の部屋に戻らなければいけないんだ。
それまでにはこの顔をなんとかしておかないと……。
少しだけ横になろうと、ベッドにどさっと倒れ込んだ。
その瞬間、このベッドで寝てしまったリディア様の姿が脳裏をよぎった。
ガバッ!!
ものすごい勢いでベッドから飛び起きる。
「なんで今あの時のことを思い出すんだ……?」
ボソッと呟きながら、頭を抱え込んだ。
サラ元令嬢とカイザ様が会っているのを覗き見していたリディア様は、突然隠れられる場所に連れて行って欲しいと言い出した事がある。
それでこの部屋に入れたのだが、リディア様はこのベッドに座ったまま話し途中で寝てしまったのだ。
あの日はベッドで寝ることができなくて大変だった……。
数ヶ月前のことを思い出し、また長いため息をつく。
これじゃ今夜もベッドで寝られないかもしれない。
「………………」
ダメだ。全然落ち着けない。
何か別のことを考えよう……イラッとして真顔に戻れるような……。
ふと、ウサギの仮面を被った赤い瞳の男が頭に浮かんだ。
もしアイツにこんな話をしたら……そんな想像をしてみる。
ニヤニヤした笑いを我慢できずに、心底楽しそうな調子でクソ兎が俺に言ってくる。
『えっ? 騎士くん、リディの手にキスしようとしたのかい?
なんで途中で止めちゃったのさ! しちゃえば良かったじゃないか〜。
次チャンスがあったら絶対にするんだよ? もういっそのこと手じゃなくて口に……』
ボスッ!!
思わず手元にあった枕を思いっきり殴ってしまった。
想像でなかったなら、直接クソ兎を殴っていたかもしれない。
あの男にだけは絶対に相談してはいけないと心に誓った。
……元々相談なんてするつもりはないが。
クソ兎のことを考えたおかげで、顔の赤みは一切なくなったことだろう。
きっとお茶やデザートを用意していたメイも今は部屋に戻っているはず。
俺もリディア様の部屋へ戻ろう。
廊下を歩いていると、俺を見かけたメイドが「あっ」と慌てて声をかけてきた。
「イクス卿! エリック様が探しておられましたよ」
「エリック様が? 客人はもう帰ったのか?」
「はい。執務室に来るようにとおっしゃってました」
「わかった」
正直、リディア様の部屋に行かなくていい理由ができてホッとしてしまった。
俺は方向を変えて執務室に向かった。
コンコンコン
「失礼します。イクスです」
「入れ」
執務室に入ると、すごく機嫌の悪そうな顔のエリック様がカイザ様と睨み合っていた。
カイザ様の方もエリック様に負けず劣らず……今にも人を殺しに行きそうな顔でエリック様に顔を近づけながら睨んでいる。
なんだ!? この状況。
「カイザ! いい加減にしろ! まともに話す気がないのなら出ていけ!」
「ふん!」
エリック様に喝を入れられたカイザ様は、出て行かずに部屋のソファにドスンと座った。
俺もその前に座ると、エリック様がため息をつきながら話し始めた。
「……サイロン様からリディアと結婚したいという申し出があった」
はああ!? 思わず口に出しそうになったのを、なんとか止めた。
頭の中には、鬱陶しいネイビーブルーの髪色をした鬱陶しい口調の鬱陶しい男が勝手に浮かんできた。
あの寒々しいセリフを思い出すだけで全身に鳥肌が立つ。
カイザ様がすぐに反論した。
「なんでだよ!! リディアの婚約者はルイード様だろ!?」
「だから先程説明しただろ。
この半年間は、婚約者はいないものとして行動して良いという許可を得ているんだ。
あまり知れ渡ってはいないのだが、もう貴族の上層にはある程度広まっているらしい」
「それ、あの皇子様が本当に許してるのか?」
「……ルイード様に遠い地の視察に行かせて、その間に勝手に陛下が決めたんだ。
おそらくルイード様は知らないだろう……」
皇子はこの事を知らないのか。それは……まずいんじゃないのか?
皇子が視察から帰ってきて、リディア様が恋人を探していると知られたら……。
あの温厚そうな皇子がどんな行動に出るかわからないぞ。
「……リディアは本当にルイード様とは結婚したくないと言っているのか?
あの皇子ならリディアを任せてもいいと思えたが、それ以外となると却下だ!
特にあんなダーグリヴィア侯爵子息なんてもってのほかだ!」
「……何か知っているのか?」
今はただエリック様とカイザ様の会話に耳を傾けるだけだ。
俺とほぼ同じ意見をカイザ様が全部言ってくれてるから、特になにも言う事がない。
カイザ様はチッと舌打ちをしながら説明した。
「あのアホの話は騎士団内でよく聞くぜ!
美人を見つけるとすぐに口説いて手当たり次第だってな!
何人か身内が狙われた連中が愚痴ってたぜ」
「……やはりそんな男なのだな。
初対面でいきなりリディアの手にキスをしていたから、まともではないとは思ったが……」
リディアの手にキス
この言葉に異常に反応してしまいそうになった。
ドクン! と跳ねた心臓部分を手で押さえる。
落ち着け落ち着け……。
その時、俺以上に興奮してしまった人物がゆっくりと立ち上がった。
「なんだと……? 誰がリディアにキスしたって?」
カイザ様が鬼の形相でエリック様を見下ろしている。
エリック様はしまった……というような顔をした後、明らかにめんどくさそうな態度になった。
「はぁ……。その件は、本人にその場でしっかり警告したからもう大丈夫だ」
「…………ちょっと一発殴ってくるわ。イクス、行くぞ!」
「喜んで同行します」
あの害虫男が殴られるところが見れるなら、喜んでお供しましょう。
まぁエリック様が許すはずないだろうが。
「おい。やめろ。あれでも一応侯爵家の長男なんだ。面倒を起こすな」
「チッ! おい! いいか! そんな男が新しい婚約者だなんて絶対に認めないからな!
俺がリディアの結婚相手として許せるのは、ルイード様と……あとはイクスだな!
この2人だけだ!」
えっ!? 俺も!?
驚いてカイザ様の方をバッと見ると、カイザ様はニヤッと笑って「お前は信頼できる男だからな」と言ってくれた。
「カイザ様……」
憧れの英雄騎士カイザ様に信頼できる男と言ってもらえるとは……。
胸がじーーんと熱くなる。そして心の中で懺悔した。
……先程リディア様の手にキスをしようとしました。
でも未遂です。安心してください。
次からはちゃんと許可取ってから……。
カイザ様の信頼を裏切らないようにしなければ。そう心に誓った。
「その意見には同意だがな、今はこれからどう対応していくかの話し合いが必要だ」
エリック様にもしれっと同意してもらえて、嬉しい気持ちと同時に罪悪感が湧く。
そして、エリック様の言葉に不安がよぎった。
「今後? そんなの無視しておけばいいだろ」
「もしかして、他にもリディア様に会いたいという打診を受けているのですか?」
カイザ様の言葉の後に、初めて口を出した。
それを聞いてカイザ様がすぐにエリック様を振り返ると、エリック様は少し疲れたようにため息をつきながら答えた。
「ああ。身分の低い者ならその場で断れるのだが、『巫女』である事が影響しているのか侯爵家や力のある伯爵家、それから公爵家からも話がきている」
「はあ!? そんなの関係ねーよ! 全部無視か断ればいいだろ」
「……それが簡単にできるなら、最初からお前に相談などしない」
「なんだと!?」
あの害虫男以外にもリディア様を狙っている男がたくさんいるのか。
半年の間に恋人を作らなければならないリディア様にとったら、いい出会いがあるのかもしれないが……。
そういえば、俺と恋人のフリをしないか? という提案も返事もらえてないままだな。
それだけ出会いがあるのなら、俺が相手のフリをする必要はないよな……というか、俺はあの時点で拒否られたという事じゃないのか……?
エリック様とカイザ様が言い争っている様子を見ながら、俺は1人で落ち込んでいた。




