3 手に残った彼の感覚
お互いに睨み合っているイクスとサイロン。
サイロンは美人にはキザ男全開なんだけど、男に対しては態度がコロッと変わるのよね。
男版サラというか……。
イクスに手を離すよう言われたのが相当頭にきたのか、サイロンがイライラした口調でイクスに噛みついてくる。
「はあぁ!? なんだ、お前。
誰に向かって言ってるのかわかってんのか?」
あらあら。先程のキザ男とは別人ね。
侯爵家の御子息とは思えないほどの態度の悪さだわ!
イクスは全くビビる様子もなく、むしろ更に声を低くして対応している。
「自分はリディア様の護衛騎士です。
主人が困っている時に助けるのが仕事ですから」
「いつ彼女が困ってたんだよ!?」
「最初からずっと困っていましたが」
「なんだと!? ちょっとエリック様! コイツにはもっと礼儀ってやつを叩き込んだ方がいいですよ!」
そう言いながらエリックの方に振り向いたサイロンは、エリックの顔を見てビクッと身体を震わせた。
隣に座っているダーグリヴィア侯爵が真っ青になっているほど、エリックの顔が冷たく凍りついていたからである。
エリックは冷めきった笑顔を浮かべながら、サイロンに向かって口を開いた。
「……サイロン様。
リディアの護衛騎士のイクスには、日頃から妹に近づく危険や害虫から妹を守るようにと伝えてあります。
妹を守るための行動であれば、多少の無礼も許可しております」
「エ、エリック様……? それではまるで俺が害虫だと……」
「そんな事は言っていませんよ。例えば、の話です」
「例えば……」
「ああ。ですが、これだけは言っておきましょう。
今後はリディアの許可を得ることなく、妹の身体には触れないでいただきたい。
私にとっても大事な妹なのでね」
「は、はい……」
エリックは終始笑顔だったが、そのあまりの威圧感にサイロンもすっかり大人しくなってしまった。
父親である侯爵も、エリックが怖いのか見て見ぬフリしている。
こんな所も小説のサイロンそのままだわ!
自分より身分の低い男の前でだけ、あんな偉そうな態度になるのよね。
でもナイスよ! お兄様! よく言ってくれました!!
イクスも助けに来てくれて嬉しかったわ。
……ちょっと守られている感じにドキッとしちゃったし。
「ありがとね」
私は隣に立っているイクスにコソッとお礼を伝える。
イクスは少し不機嫌そうな顔で私をジーーッと見ると、はぁ……と小さくため息をついた。
おい。人の顔見てため息つくなよ!
「リディア。もう戻っていいぞ」
「あっ。は、はい」
突然エリックに名前を呼ばれたので、思わずビクッとしてしまった。
つい今さっきまで怯えてた様子だったサイロンは、またコロッと態度を変えてキラキラした目で私を見つめてきた。
「ええ〜〜行ってしまうの?
せっかく出会えたというのに、運命というものはなんて意地悪なんだろう……。
こんなに想いあっている2人を引き離そうとするなんて。俺には耐えられそうも……」
「では失礼いたしますね! サイロン様、さようなら」
自分に酔いしれているサイロンの話を笑顔でぶった斬り、イクスと一緒に部屋を出た。
あーーほんっと無理だわあの男!!!
ううう。さっきキスされた部分の感触が残ってて最悪!!
部屋に向かっている間、イクスがメイドに何かを持ってくるように頼んでいた。
それが濡らしたタオルだと分かったのは、部屋に戻ってからイクスに左手を出すよう言われたからだ。
「きちんと拭いておきましょう」
ソファに座っている私の左手を持って、さっきサイロンにキスされていた場所を優しく拭いてくれる。
サイロンに触られていた時はあんなに鳥肌が立っていたのに、不思議……。
「全然嫌じゃない……」
「え?」
イクスが驚いて顔を上げる。
「え?」
…………え!? 私、口に出してた!?
やだ! どうしよう! 本人の目の前で……
「サイロン様にキスされたの、嫌じゃなかったんですか?」
…………は? 何でそうなるわけ?
一気に赤くなっていたであろう私の顔は、きっと今エリック並に冷めた顔になっている事でしょう。
「嫌だったに決まってるじゃない。
今だってまだキスされた感触が消えなくてすっごく嫌な気持ちなのに」
「え? でもさっき全然嫌じゃないって……」
イクスは訳がわからないといった顔をしている。
左手はまだ掴まれたままだが、タオルを動かすのを忘れているみたいだ。
「……だから、今の話よ。
今、イクスに触られてても嫌じゃない……って意味で言ったの」
「…………」
恥ずかしくてイクスの顔を見ないで言ったんだけど、なんの反応もないわ!!
ちょっと! 何か言ってよ! 余計に恥ずかしいじゃない!
チラッとイクスを見てみる。
イクスは真顔で口を少し開けたままポカーーンとしていた。
まるで思考がストップしてしまっているみたいな顔だ。
「……イ、イクス? 大丈夫?」
「……あ。いえ……え? ……現実か?」
「え?」
「い、や……その……なんでもないです」
イクスは力が抜けたようにしゃがみ込み、下を向いて手で顔を隠してしまった。
見えている部分の顔が赤くなっている。
………もしかして、照れてる?
え? イクスが? 照れてるの? か、かわいい……!
赤くなっているイクスが可愛くて、少しニヤニヤしながらその様子を見つめてしまう。
すると突然顔を上げて、上目遣いのイクスと目が合った。
頬にはまだ赤みがさしているが、その顔はやはり可愛いというよりはカッコいい。……かなり。
イクスは一度離していた私の左手をもう一度触り、その甲を見つめて何かを考えている。
「さっき……まだ感触が消えなくて……って言ってましたよね……?
まだ……今でもまだ残ってますか?」
「え? ええ、まだ残ってるけど……」
タオルで拭いてもらっても、人の感触というものはなかなか消えない。
すごく不快だが仕方ないだろう。消えるのを待つしかない。
でも、なんで……?
イクスは私から視線をそらしながら、ボソッと呟いた。
「なら……まだ俺の方がいいですか……?」
「え……?」
イクスと一瞬だけ目が合う。
その後彼は視線を私の手に移し、そのまま私の手を自分の顔……口に近づけた。
え!? うそ……!?
口に手が触れそうな瞬間、イクスがピタリと止まった。
「………………」
「………………」
時間が止まったかのように、2人とも動かない……というか動けない。
「イ、イクス……?」
「………………っ」
イクスはスクっと立ち上がり、私の手を離した。
「…………すみません」
そう言って足早に部屋から出て行ってしまった。
え、えええええ!? なに今の!!!
手にキスされるのかと思ったぁぁーーーー!!
心臓がバクバクしていて身体が一気に熱くなる。
顔は絶対に真っ赤になっているに違いない。
私はイクスに触られていた左手を見た。
キスはされなかったけど、あんな近くに顔を近づけられたら同じことだ。
……イクスの顔がすぐ近くにあったという感覚だけで、サイロンの感触なんて消えてしまったわ。
サイロンの感触が消えて良かったが、今度はまた違う感覚が消えそうにない。
不快感は全くないが今日は落ち着いて寝られるかが心配だ。
ドキドキはまだまだおさまりそうになかった。




