26 私達らしく
頭真っ白、放心状態のサイロンを馬車に乗せて帰らせた後、私はイクスと庭を散歩していた。
散歩といっても、向かっているのはいつも私たちがのんびり過ごしている木陰だが……。
久々に来たその場所で、私はいつものようにイクスが敷いてくれたシートの上に座る。
暑すぎない気温、心地良い暖かな風、私の大好きな場所。
いつもと違うのは、イクスが素振りの練習をせずに私の隣に座っていることだろうか。
「もう落ち着いた?」
「……はい」
なぜかサイロンと一緒に膝から崩れ落ちていたイクスは、ここまで歩いている間もずっとソワソワしているようだった。
今日のイクスはやっぱりどこかおかしい。今だって……。
「そう。それは良かった……んだけど、どうしてそんなに離れているの?」
隣に座っているとはいったが、その間には人が3人は入れそうなほど距離がある。
恋人同士が座る場合、もっと近くに座るものではないのか。
「これは……俺の忍耐力を保つための距離なんです」
なんて?
え? 忍耐力? なに言ってんのこの子。
「に、忍耐力って……なにを我慢してるの?」
「……リディア様に触れないための我慢です」
イクスは私の方を見ずに、真っ直ぐ前を向いたまま答えた。
えええ!? 私に触れないってなに!?
触れてくれないの!?
触れてよ!! ……って言ったら変態になっちゃうのか!?
「な……なんで? なんで触れないの?」
「俺がリディア様のこと大切に思ってること、わかって欲しいから……です」
「…………ん?」
「さっき、サイロン様に言っていた言葉……全部嬉しかったです。
でもそのせいで、余計に我慢ができなくなってて……。
このくらい離れていないとダメなんです」
ぎゅっと自分の拳を握っているイクス。
彼なりに本気でなにかをこらえているようではある……が、えーーと、どうしよう?
イクスは一体なにを言ってるの?
私を大切に思ってるとわかって欲しい?
だから私に触れないように我慢してるってこと?
…………なんっだそれ!!!
え。意味わかんない。どうしてそうなる!?
私はむしろもっと触れて欲しいし、はっきり言ってもっと抱きしめて欲しいしキスだってして欲しい!
そんな我慢なんて全く必要ない!
そんなことを考えてる女ですけど!
……でもそんなこと言えるか!
「…………」
「…………」
せっかく両想いになれたというのに、なんなのこの距離感。
なんだか無性に寂しくなってきたぞ。
そして少しイライラしてきたぞ。
「……イクス。私のことを大切に思ってるって言ってたわよね?」
「え? あ、はい。もちろんです」
「じゃあ、今……すごく寂しい思いさせられてるのは、大切にされてないってことになるのかな?」
「え!?」
イクスの顔色が変わった。
私が拗ねたような顔でイクスを見つめると、焦った様子で問いかけてきた。
「さ、寂しい思い?」
「こんなに離れてたら寂しい。
触らない宣言されて寂しい」
「そ、れは……触ってもいいってこと……?」
「私がいつダメだと言った?」
「…………ずっと俺のこと避けてたから、嫌なのかと思った」
私が少し不機嫌そうに言うと、イクスも不満をぶつけるように言ってきた。
突然の脱敬語にはまだ慣れずにドキッとしてしまう。
「それは……恥ずかしかっただけで、嫌だったわけじゃない……」
「恥ずかしかっただけ?」
「うん……」
「何だよそれ……」
はああ……とイクスがため息をつく。
なんだか私達、いつも同じようなこと誤解しあってる気がする……。
「……じゃあ触ってもいいの?」
「どうぞ……」
そう言うと、イクスは私に近づいてぎゅっと優しく抱きしめてきた。
私もイクスの背中に腕をまわす。
「はあーー……。
俺が今日どれだけ我慢していたか……。
あとでクソ兎を殴りに行く。あいつのせいだ」
イクスが私の頭の上に顔をのせて、ジェイクの文句を言っている。
「なんでジェイクのせい……?」
「あいつが、手の早いおと……いや、なんでもない」
「……? というか、重い……」
頭にのせられた重みに文句を言うと、イクスはすっと顔を離した。
軽くなった頭を動かして彼を見上げると、至近距離で深い緑の瞳と目が合う。
「……こんな近い距離で見つめてきたら、手を出されるぞ」
「別に……いいよ」
「じゃあ……手が早いって嫌うなよ?」
「……?」
何を言っているのかわからなかったが、聞き返す前にイクスの顔が近づいてきて、唇が重なった。
寂しさを感じていた分、より幸せな気持ちに包まれる。
イクスも同じように幸せを感じてくれていたらいいな……と思いながら、背中に回していた手で彼の服を握りしめた。
その日の夜、陛下から呼び出されたことをエリックから報告された。
とうとう、陛下に伝える時がきたのか。
*
数日後、私は王宮に来ていた。
前回と同じ部屋に案内されると、そこにはにこやかな顔をした陛下が私を待ってくれていた。
まるでデジャヴね……。
数ヶ月前と全く同じ状況に、少しだけ戸惑う。
挨拶を交わし前回と同じ椅子に腰かけると、陛下が口を開いた。
「まだ約束まで日にちはあるがな……。
ルイードからも報告を受けているので、少し早いが呼び出させてもらった」
「はい」
「ルイードとの婚約だが、今も婚約解消を望んでいるのか?」
「……はい」
「そうか……。私は君とルイードが結婚するのを楽しみにしていたんだがな。
残念だ……」
「申し訳ございません。陛下」
陛下はふう……とため息をついて、椅子に深く寄りかかった。
ショックを受けているのが伝わってきて、申し訳ない気持ちになる。
「前も聞いたが、好いている相手ができたのか?」
「……はい」
「それはこの国の皇子よりも魅力的で大事な相手なのか?」
「……はい」
「そうか……」
はああーーーとさらに大きいため息をついたかと思うと、陛下はまたにこやかに微笑んだ。
その優しい顔は、やはりどこかルイード皇子に似ている。
「よし。わかった。
君とルイードの婚約を、正式に解消するとしよう。
約束は守らないといけないからな」
「陛下……」
私は椅子から立ち上がり、陛下に向かってペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございます」
残念そうな顔で微笑む陛下にお礼を伝え、部屋を出た。
スッキリしたような、どこか寂しいような、複雑な気持ちで長く豪華な王宮の廊下を歩いて行く。
中庭の見える通路に差しかかった時、中庭を挟む反対側の通路にルイード皇子が立っているのが見えた。
大きな柱に寄りかかり、こちらに視線を向けている。
ハッとして思わずその場に立ち止まる。
姿はハッキリと見えるが、話をするには結構大きな声を出さないと聞こえない距離だ。
もしかして、私を待ってた……?
どうしよう……。声をかけてもいいのかな。
でも大きな声で叫ぶように話しかけるのもおかしいし……。
迷っている私に向かって、皇子はにっこりと微笑んだ。
声をかけることもなく、手を振ることもなく、ただ以前のように優しく爽やかな笑顔で……。
最後は顔を合わせないままだった私達。
そんな私の中の苦い思い出を無くすように……笑顔での別れにするために、会いに来てくれたのだろうか。
ルイード皇子の変わらない優しさに、胸が温かくなる。
私が皇子に向かってお辞儀をすると、皇子は何も言わずにその場を去って行った。
「陛下との話は無事に終わったのか?」
馬車に戻るなり、中で待っていたエリックが聞いてきた。
1人で大丈夫だと言ったにもかかわらず、エリックにカイザ、そしてイクスまでもがついて来ていたのだ。
目立たないよう馬車の中で待っていてもらったのだが、このイケメン3人がずっと大人しくここに座っていたのかと想像すると笑ってしまいそうになる。
エリックとカイザが並んで座っているため、私はイクスの隣に座った。
「はい。正式にルイード様との婚約を解消してくださると言ってくれました」
「そうか」
隣に座るイクスから、安心したような小さなため息が出たのがわかった。
目の前にいるカイザは堂々と喜んでくれている。
「良かったな!
何かゴタゴタしそうなら、すぐに出て行く準備はできていたんだけどな」
はははっと大声で笑っているカイザを見て、無事に話し合いが済んで良かったと心から思った。
みんな喜んでくれている。
馬車の中だが、せっかくこの4人でいるのだから改めて報告しておきたい。
私は隣に座るイクスの手をぎゅっと握った。
イクスが一瞬ビクッと反応したのがわかったが、私の視線は前に座る兄たちに向けられている。
「エリックお兄様、カイザお兄様。
私はイクスのことが好きです。
これからも、彼と一緒にいたいと思っております」
カイザが目を丸くして私を見つめた後、イクスに向き直る。
「……イクスはどうなんだ?」
「もちろん俺もです!
俺も……リディア様のことをずっとお慕いしておりました」
「それは知っている」
突然エリックが割り込んできた。
その低く冷たい声に、イクスだけでなく私もギョッとしてエリックを見る。
うわ! 目が据わってる!! こわ!!
睨まれただけで石になってしまいそうなくらい怖いわ!!
「お前はリディアを幸せにできるのか?」
「……はい! 絶対に幸せにしてみせます!」
エリックの恐ろしいオーラにも負けずに、イクスが答えた。
その様子を見て、エリックとカイザがにやっと笑った。
あ……笑顔になった。お許しが出たかな?
「まぁお前なら信用しているから、反対をするつもりはないがな」
「エリック様……」
「あ。だが、今後はリディアの部屋に入るのは禁止にする」
「え……?」
「そうだな! 俺もイクスなら賛成だぞ!
だけどしばらくは2人きりになるなよ!」
「え、えぇ……!?」
…………おいおいおい。
反対しないだの賛成するだの言っておきながら、めっちゃ牽制してるし。
2人がそれを笑顔で言ってるところがまた恐怖だわ。
「お兄様たち……賛成してくれてるのですよね?
なぜそんな事を……」
「賛成するのとこれは別問題だ」
「そうだ! これはイクスだからとかは関係ない。
俺たちがなんとなく気に入らないからダメだ!」
「えええ……!?」
思わずイクスと無言のまま見つめ合うと、カイザが文句を言ってきた。
「あっ! もっと離れろ! 見つめ合うのも禁止だ!」
「…………」
カイザめ……私が幸せならそれでいいって言ってたじゃん……。
お前が邪魔してどうする。
エリックも不気味な笑顔を浮かべたまま言った。
「それから、その手もいい加減離すんだ」
「…………」
イクスとつないでいた手を離すと、兄たちは満足そうな顔をした。
まさかこんな状態になるとは……。
イクスなら反対されずに済むと安心してたのに。
まさか、2人きりで会うのを禁止されるとは。
もう簡単にはくっついたりできないのかな……。
屋敷に到着し、エリックとカイザが外に出ようと背を向けた瞬間、イクスに腕を引かれた。
振り返ると、イクスが私の頬にキスをしてきた。
「!?」
少年のようにニヤッと笑ったイクスに、一瞬で心を掴まれてしまう。
不意打ち……。
しかも見られてないけど、エリック達のすぐ後ろでしてくるなんて……。
なんなの……カッコ良すぎるんですけど……。
兄たちの邪魔が入って前途多難になってしまったが、それでもイクスとの今後を考えるとワクワクしてしまう。
これからも私達らしく、一緒に過ごしていきたい。
……まずはこっそり会う計画からたてるとしますか。
イクスと2人、こっそり笑顔で見つめ合ってから馬車を降りた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
【イクスルート】はここで完結ですが、もう少しこの2人を書きたいので、後日談などをたまに更新できたら……と思っています。
【ルイード皇子ルート】の連載開始しました。
https://ncode.syosetu.com/n2695hb/
そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
感想、ブクマ、評価をくださった方々に、深く感謝いたします。
ありがとうございました。
菜々




